原書で読む世界の名作 312  翻訳修行

「海辺のカフカ」村上春樹 47  神社の茂みで倒れる
「Kafka on the Shore」Translated from the Japanese By Philip Gabriel Vintage

 2024 07 30 (Tue)
 
「あらすじ」
 カフカはどこかの茂みの中に横たわっている。月も星もない暗黒だ。なぜここにいるのか思い出せない。
 リュックがない。パニックになる。あれにはすべてものが入っているのだ。暗くてなにも見えない。手さぐりで探す。

86 When I come to I'm in thick undergrowth, lying there on the damp ground like some log. I can't see a thing, it's so dark.
 My head propped up by prickly brambles, I take a deep breath and smell plants, and earth, and mixed in, a faint whiff of dog shit. I can see the night sky through the tree branches. There's no moon and stars, but sky is strangely bright. The clouds act as a screen, reflecting the light from below. An ambulunce wails off in the distance, growing closer, then fades away. Listening closely, I can just catch the rumble of tyres from trafic. I reclon I must be in some corner of the city.
 I try to pull myself together and pick up the scattered jigsaw-puzzle piece of my lying all around. This is a first I think. Or is it? I had this feeling somewhee before. But when? I search my memory, but that fragile thread snaps. I close my eyes and let time pass by.
 With a jolt of panic I remember my backpack. Where could I have left it? There's no way I can lose it -- everything I own's inside. But how am I going to find it in the dark? I try to get to my feet, but my fingers have lost all their strength.

come to = 意識を取り戻す。

lying there on the damp ground like some log = 湿った地面に丸太のように横になっている。  丸太のような湿って地面? ではない。 like log は、lying like some log.

 a faint whiff of dog shit = ぷんとくる犬の糞の臭い。

* pull myself together = しっかりして。冷静になる。気を取り戻す。

* There's no way I can lose it = あれをなくすわけにはいかない。

No way I’m going to invite him to the party. = あいつをパーティーに招待するなんてありえない。

* That fragile thread snaps. そのもろい糸は切れてしまう。 snap = プッツンと切れる。ポキンと折れる。

 意識が戻ったとき、僕は深い茂みの中にいる。湿った地面の上に丸太のように横になっ ている。あたりは深い闇に包まれていて、なにも見えない。
 ちくちくする潅木の枝に頭をもたせかけたまま、息を吸い込んでみる。夜の植物の匂いが する。土の匂いがする。犬の糞のような匂いもかすかにそこに混じっている。樹木の枝のあいだから夜の空が 見える。月も星もないけれども、それでも空は妙に明るい。夜を覆った雲がスクリーンのようになって、地上のあかりを反映 しているのだ。
 救急車のサイレンの音が聞こえる。それが少しづ近づき、そして遠ざかっていく。耳を澄ませると、通りを行き来する 自動車のタイヤのおともかすかに聞こえる。どうやら都会の一角に僕はいるようだ。
 僕はなんとか自分をもとどおり一つにまとめようとする。そのためにはあちこちに行って、自分の破片を集めてこなければ ならない。ばらばらになったジグソー・パズルのピースを一つひとつ丹念ににひろうみたいに。これははじめて体験することではないな、 と僕は思う。前にもこれと同じような感覚をどこかで味わったことがあった。あれはいつのことだっけ? 僕は記憶を手繰ろうとする。 でもそのもろい糸はすぐに切れてしまう。僕は目を閉じ、時間をやり過ごす。
 時間が経過する。リュックのことをはっと思い出す。そして軽いパニックに襲われる。 リュック・・・リュックはどこにあるんだ? あそこには僕のすべてが詰まっている。あれを なくすわけにはいかない。でもこんな暗闇ではなにも見えない。立ち上がろうとしても、 指に力が入らない。
 
87 I struggle to raise my left hand-- why is it so beavy all of the sudden? -- and bring my wristwatch close to my face, fixing my eyes on it. The digital numbers read 11:26. May 28. I think of my diary. Nay 20... Good -- so I haven't lost a day. I haven't been lying here, out cold, for days. At most my consciousness and I parted company for a few hours. Maybe four hours.
 
* out cold = 意識を失った。酔っぱらった。
 
 at most my consciousness and I parted company for a few hours. Maybe four hours.
 
* part company = 絶交する。別れる。分かれる。意見を異にする。
 
141 僕は苦労して左手を上に持ち上げ(どうして左手がこんなに重いんだろう?)、腕時計を顔の前に持ってくる。目をこらす。 デジタル・ウォッチの文字盤は 11:26 という数字を示している。5月28日。頭の中で日誌のページを繰ってみる。5月28日・・・。 大丈夫、僕はまだその日の中にいる。何日もここで意識を失ったわけではない。僕が僕の意識とはなればなれになった「のはせいぜい 数時間のことだ。たぶん4時間くらいのものだと思う。
 
87 May 28... a day like any other, the exact same routine. Nothing out of the ordinary. I went to the gym, then to the Komura Library. Did my usual workout on the machines, read Soseki on the same sofa. Had dinner near the station. The fish dinner, as I recall. Salmon, with a second helping of rice, some miso soup and salad. After that...after that I don't know what happened.
 
 
 5月28日・・・いつもと同じことがいつもと同じように繰り返された日だった。とくべつなことはなにも起こらなかった。 僕はその日やはり体育館に行き、それから甲村図書館に行った。機械を使っていつもの運動をし、いつものソファーで漱石全集 を読んだ。そして夕方に駅前で食事をした。たしか魚を食べたはずだ。魚の定職。鮭だ。ご飯のおかわりをした。味噌汁を飲み、 サラダも食べた。それから・・・そのあとが思い出せない。 
 
 My left shoulder aches a little. As my senses return, so does the pain. I must have bumped into something pretty solid. I rub that part with my right hand. There's no wound, or swelling. Did I get hit by a car, perhapse? But my clothes aen't torn, and the only place that hurts is that spot in my left shoulder. Probably just a bruise.
 
 
142 左肩に鈍い痛みがある。肉体的な感覚が戻ると、それに合わせて痛みの感覚も戻ってくる。何かに激しくぶつかったときの 痛みだ。シャツの上からその部分を右手で撫でてみる。傷口はないようだし、晴れてもいない。どこか交通事故にでもあったの だろうか? でも服は破れていないし、痛いのは左肩の内部の一点だけだ。たぶんただの打ち身だろう。
 
87 I funble around in the bushes, but I touch are branches, hard and twisted like the hearts of bullied little animals. No backpack. I go through my trouses pockets. My wallet's there, thank God. Some cash is in it, the hotel key card, a phonecard. Besides this I've got a coin purse, a handkerchief, a ballpopint pen. As far as I can tell in the dark, nothing's missing. I'm wearing cream-coloured chinos, a white V-neck T-shirt under a long-sleeved check shirt. Plus my navy-blue Topsiders. My cap's vanished, my New York Yankees baseball cap. I know I had it on when I left the hotel, but not now. I must have dropped it, or left it someplace. No big deal. They're two a penny.
 
142 茂みの中ですこしずつ身体を動かして、ての届く範囲のものをひととおり探ってみる。しかし僕の手は、いじめられた 動物の心みたいに硬くねじれた灌木の枝しか触れない。リュックはない。ズボンのポケットの中を探ってみる。財布がある。中には いくらかの現金と、補綴のカードキーと、テレフォン・カードが入っている。そのほかには、小銭入れと、ハンカチ、ボールペン。 手探りで確認した限りなくなっているものはない。僕が着ているのはクリーム色のチノパンツと、Vネックの白いTシャツ、その 上にながそでのダンガリーシャツをはおっている。そして紺色のトップサイダー(平底靴)。帽子がなくなっている。ニューヨーク ・ヤンキーズのロゴ入りのベース・ボール・キャップ。ホテルを出るときはかぶっていた。いまはかぶっていない。どこかで落とした か、あるいは置いてきたかしたかあ。まあいい。そんなものはどこでだって買える。
 
 two a penny = 簡単に手に入る、二束三文の、ありふれた、平凡な.
 
88 Eventually I locate my backpack, leaning up against the trunk of a pine tree. Why in the world would I leave it there and then scramble into this tihcket, only to collapse? Where the hell am I, anyway? My memory's frozen shut. Anyway, the important thing is I found it. I take out my mini-torch from a pocket and check the contents. Nothing seems to be missing. Thank God the sack with all my cash's there.

 only to collapse = わざわざ・・・する。

 やがて僕はリュックを見つける。それは松の木の幹に立てかけてある。どうして僕はそんな ところに荷物を置き、そのあとわざわざ茂みの中に入り込んで 倒れてしまったのだろう? だいたいここはどこなんだ? 記憶は凍り付いている。でも大事なのは、とにかくそれが見つ かったということだ。リュックのポケットから小型の懐中電灯を取りだし、ざっとリュックの 中身を確かめてみる。なくなっているものはない。現金を入れた袋もチャンとある。 僕はほっと息をつく。
 
◇◇◇ 
 村上春樹の小説では、登場人物はしばしば「意識不明」になる。
 あるいは、意識と無意識の中間状態になる。作者はそれが何を意味するかは明言していない。その解釈を読者に任せている。
 
 

緑の灯火 160 夜明け表現 

2024 07 29 (Mon)
 
 もくじ
 
・ 夜明け表現
・ Creationist: 天地創造説を信奉する人
・ ランダム・ウォーク(株価急落) 
 
 日本には、夜明けのときを表現するだけでも数えきれない多彩な言葉があります。時とともに移ろいゆく自然がインスピレーション をうけ、その美しさや儚さを愛してきた国。私たちは「時を感じる」ことから生まれてきたのかもしれません。 SEIKO HOUSE
 

 表現   読み  意味、使用例
 未明  mi-mei  まだ夜が明けきらない時分。びめい
 残夜  zann-ya  夜明け方。「月入りて後の残夜の如し」
 暁闇  akatsuki-yami  夜明け前、月がなくなり辺りが暗いこと。
★ 誰時  tare-doki  かわたれどき。彼(か)は誰(だれ)の意。朝の薄暗い時刻。夕方は「たそがれとき」
★ 暁  asa-madaki  早朝。夜が明けきらないころ。
★ 払暁  futsu-gyo  明け方。あかつき
 早暁  sou-gyou  明け方。払暁。
 鶏鳴  kei-mei  一番鳥(にわとり)が泣くこる。その鳴き声。夜明け。
 黎明  rei-mei  夜明け。新しい事柄が始まろうとすること。「民主主義の黎明」
☆ 明暗  ake-gure  明るいことと暗いこと。ものごとの明るい面と暗い面。「人生の明暗を分ける」
★ 爽昧  sou-mai  夜明け。「爽昧の気」
★ 昧旦  mai-tan  爽昧
★ 早旦  sou-tan/td>  朝早いこと。早朝。
 晨明  shin-mei/td>  夜明け、明け方。
 引明  hiki-ake  夜明け、明け方。「春の引明の薄紫の空」
 明方  ake-gata  夜明け型。払暁(払暁)、黎明。
★ 朝明  asa-ke  あさけ。夜明け。
 東雲  shino-nome  明け方、あけぼの。「東雲の空」
 曙  akebono  よあけ。「朝ぼらけ」。新しい事態が展開しようとするとき。「日本歴史の曙」
★ 朝朗  asa-borake  夜明け前
 有明  ari-ake  陰暦ー六日以降、月が明るく残りながら夜が明けること。「有明の空」
 早天  sou-ten  早朝。
 早朝  sou-cho  朝早いうち。

 


 意味・使用例は、デジタル大辞林から追加
 
・ 「明暗」は「あけぐれ」とも読むのだ。漱石の「明暗」のために「めいあん」かと思っていた。
・ 「朝朗」は読めなかった。「太朗」の「ろう」は知っていたが。 
・ 「爽昧」「昧旦」は読めなかった。「元旦」は「元日の朝」なのだ。 
 
 昔の人、たぶん電気がなかったころは、朝の明るさの差に敏感だったのだなあ。
 1-2週刊くらい、大停電がつづき、日没とともに寝て、夜明けに起きる生活がつづくと、夜空の星の明るさとともに、 これらの感覚が取り戻せるかも知れない。
 
 
 Creationist: 天地創造説を信奉する人 『日本からは見えないアメリカの真実』 旦英夫 PHP \1,300 
 
 Not surprisingly, 65 % of those who attend church weekly believe in the creationist view, while those who attend church less regularly have less consensus on the question of human origins.
 
 驚くべきことでないが、教会に毎週行く人の65%が天地創造説の考えを信じる。一方、それほど頻繁には教会に行かない人の あいだでは、人間の起源についての合意はそれほど高くない。
 
 テキサス州では、興味深い教科書論争が巻き起こっているそうだ。神による天地創造(Breation)を生命の起源と信じる 人たち(Creationist)が、高校の生物の教科書にその考えを反映させるべきだと主張し、生命は進化の過程を経て生まれた とする進化論(Theory of Evolution)の立場をとる人たち(Evolutionist)と対立しています。
 
 アメリカの世論調査会社ギャラップによると、アメリカ人の約半数が、創造説(Creationism)を科学的事実と信じている そうだ。
 
◇◇◇ 
 日本の多くのマスコミは、トランプがでたらめな主張をして選挙戦を有利に進めていると主張するが、選挙結果を覆す ために議会に乱入したり、イスラエルのガザ虐殺を支持したり、国境に塀を作ったりして支持を集める。
 自由、平等、民主主義の国だと教科書で習ったが、自国優先主義で群衆を煽るポピュリズムはアメリカでもはびこる。
 
 
 ランダム・ウォーク(株価急落) 
 
 この前まで4万2千円を超えていた日経平均は先週には、3万8千円を割り込む。
 ① 一部のハイテク株のバブル化、② 米国の対中半導体規制へ警戒、③ 急激な円高(61円から52円へ)。
 
 ①は、多くの株がテクニカル的にみて過熱感があった。急速に上がりすぎる株価は下がる。
 でも、短期的には上げ下げがあっても、長期にみて半導体、電子部品、防衛関連、DX関連株は有望。
 ②について。米中の覇権争い(地政学リスク、技術競争)は、いまや構造的な問題となっている。与件ととらえるしかない。
 ③の円高。今日明日の日銀の政策(国債購入額の減額、金融緩和)、9月が本命視されているFRBの利下げ。日米金利差 の縮小は市場コンセンサスのようだが、短期的な為替、金利の動きは私には読めない。
 
 私に分かるのは、長期的な流れ。
 定期的(3-4 か月サイクル)に循環物色波が訪れること。食品、化学、素材繊維、不動産、陸運
 日米金利差の縮小で、円高。銀行
 国策に売りなしで、宇宙・防衛 半導体・電子部品
 個人的な好みで、テクニカル株 
 
 今日・明日の金融政策会合での日銀の行動。為替、金利、株価への影響の見極め。
 まあ、株価はランダムウォーク。短期的な動きに一喜一憂しないこと。
 

 

英語 翻訳 日英翻訳 英日翻訳 翻訳修行 海辺のカフカ

原書で読む世界の名作 311  翻訳修行

 「海辺のカフカ」村上春樹 46  ナカタ少年 昏睡から覚醒
「Kafka on the Shore」Translated from the Japanese By Philip Gabriel Vintage

 2024 07 28 (Sat)
 
「あらすじ」
 ナカタ少年は、隔離されていた陸軍病院のベッドの上で2週間の昏睡から覚醒したが、これまでの記憶がすべて消えていた。
 自分の名前も、自分の住所、文字の読み書きもできなかった。
 
85 The practical problem that faced us was how to wke this boy from his coma. and restore him to consciousness. Struggling to find a reverse trigger to undo the hypnosis, we tried everything. We brought his parents there, and had them shout his name. We tried that for several days, but there was no reaction. We tried every trick in the book as fr as hypnosis goes-- clapping our hands in different ways right in front of his face. We played music he knew, read his school books aloud to him, let him catch a whiff of his favorite foods. We even brought in his cat from home, one he was particularly fond of. We used every method we could think of to bring him back to reality, but nothing worked.
 About two weeks into this, though, when we'd run out of ideas and we wre exhausted and discouraged, the boy woke up of his own accord. Not because of anything we'd done. Without warnning, as if the time for this had been decided in advance, he came to.
 
 
 let him catch a whiff of his favorite foods = 好きな料理の匂いをかがせました。
 
 two weeks into this = 二週間後に。
 
 of his own accord = 何の予兆もなく。
 
 he came to = 目覚めました。
 
138 現実的に求められているのは、言うまでもなく、まずその少年を昏睡から覚ますことです。意識を取り戻させることです。 私たちはその催眠作用を解除するための<逆トリガー>を懸命に模索しました。考えつくあらゆることを試してみました。両親を 連れてきて、大きな声で名前を呼ばせました。何に後それを続けました。しかし反応はありません。催眠術で使われるトリックを すべて試みました。さまざまな暗示をかけ、顔の前で様々な手の叩き方をしてみました。聞きなれた音楽を聴かせ、教科書を耳元 で読み上げました。好きな料理の匂いをかがせました。家で飼っていた猫も連れてきました。その少年が可愛がっていた猫でした。 彼をこちらの現実の世界に呼び戻そうと、とにかく手を尽くしました。しかしそれらの効果は文字通りゼロでした。
 しかし私たちがそのような試みを始めてから二週間後に、私たちがもう万策が尽きて、自身を失って、へとへとになっている ころに、その少年は突然覚醒したのです。私たちが何かをしてそれが功を奏したというのではありません。ただ、決められた時間が きたからというみたいに、彼は何の予兆もなく目覚めました。
 
85 Did anything out of the ordinary taka place that day?
 
 その日、何かいつもと違うことがあったのですか?
 
 Nothing wroth mentioning. It was a day like any other. At 10 a.m. the nurse came to draw a blood sample. Righ after that he choked a bit, and some of the blood spilled on the sheets. No much, and they changed the sheets right away. That wa about the only thing different that day. The boy woke un about a half-hour after that. Out of the blue he sat up in bed, stretched and looked around the room. He'd regained consciousness, and medically he was perfectly fine. Soon, though, we rearized he'd lost all his memory. He couldn't evern remember his own name. The place he lived in, his school, his parent's faces-- it was all gone. He couldn't read, and wasn't even aware that this was Japan or the Eatth. He couldn't evern fathom the concept of Japan or the Earth. He'd retuned to this world with his mind wiped clean. The proverbial blank state.
 
 The proverbial blank state. = 文字通り白紙の状態で。 proverbial = よく知られたように。
 
139 特筆するに足るような出来事はなにもありませんした。いつもと同じようにことが行われただけです。御前10時頃に 看護婦が少年の採血をしました。ところがその直後に少年はむせこんでしまい、採血した血液がシーツの上に散るということが ありました。それほど多くの量ではありませんでしたし、シーツはすぐに取り換えられました。あえていつもと違うところといえば、 それくらいです。少年が目を覚ましたのは、そのおよそ30分後のことです。彼は出し抜けにベッドの上に起き上がり、身体を 延し、あたりを見渡しました。意識も戻っていましたし、医学的にみれば文句のちけようのない健康状態にありました。 しかしほどなくして、彼の頭からすべての記憶が失われていることが判明しました。自分の名前さえも思い出すことができないのです。 自分の住んでいた場所も、通っていた学校も、両親顔も、なにほとつ思いだせないのです。字も読めません。ここが日本であり、 地球であるということもわかりません。日本が何であり、地球が何であるかということすら理解できません。彼は文字通り 頭をすっからかんにして、白紙の状態でこの世界に戻ってきたのです。
 
◇◇◇ 
 ナカタ少年は、隔離されていた陸軍病院のベッドの上で2週間の昏睡から覚醒したが、これまでの記憶がすべて消えていた。
 
 ナカタさんについての「直接」の記述は、この状態から、老人になって中野区の草むらで猫と話すシーンへ飛ぶ。
 単に睡眠から「白紙の状態でこの世界に戻ってきたのなら」、学習によって文字の読み書きなどは習得可能と思われるが、 「集団麻酔」や「幽体離脱」の過程でナカタさんの身体になにが起こったのかは読者の推測に任されている。
 
 物語は、カフカの高松での生活につづく。
 

緑の灯火 159  

2024 07 27 (Sat)
 
 もくじ
・ 『少数の選者たち』 Bob Dylan(1941年5月24日 - )  
・ 『人生がときめく方づけの魔法』(The Life-Changing Majic of Tidying up).  
・ 『運動機能の低下は老化のせいではない:スワミ・クリパル 』
 
『少数の選者たち』 Bob Dylan(1941年5月24日 - ) 
 
 中山伸弥と谷川浩司の対談集「還暦から始まる」は、功なり名を遂げた還暦の二人だがともに「還暦」から新しい人生が「再び」始まる という一種の青春応援対談である。会談全体から元気がもらえる。
 ところで、昔のノートを見ていたら、ボブ・ディランの2016年のノーベル賞受賞 スピーチが見つかった。ものごとの独自の見方、生き方という観点から、ならんで鑑賞したい。
 
 ボブ・ディランのノーベル賞メッセージ(2016)の5万人の観客と50人の観客のパラグラフの最後にあと、あと一つ文章が ついている。
  
 50,000 people have a singular persona, not so with 50. Each person has an individual, separate identity, a world unto themselves. They can perceive things more clearly. Your honesty and how it relates to the depth of your talent is tried. The fact that the Nobel committee is so small is not lost on me.
  
 5万人の観衆はひとつの人格として扱うことができますが、 50人の場合はそうはいきません。個々人が独立したアイデンティティを持ち、自分自身の世界を持ち、こちらの物事に向き合う 態度や才能の高さ低さを見抜かれてしまうのです。ノーベル委員会が少人数で構成されている意義を、私はよく理解できます。
  
 be lost on O = (物事が)理解されない。効き目がない。All my advice was lost on her. = 私の忠告はすべて彼女には効き目がない。
 The fact ... is not lost on me. = ・・・は理解できる。
  
 ノーベル委員会のメンバーが大多数で構成されていると、個々の委員がもつアイデンティティや世界観が 大多数の意見に埋没し、平均化してしまう。平均化した委員会では、みんなが素晴らしいと賞賛するラドヤード・キップリング、 バーナード・ショー、トーマス・マン、パール・バック、アルベール・カミュ、アーネスト・ヘミングウェイなどは選んでも、 私のようなノーベル賞授賞式への出席を、すでに他の予定が入っているからといって断るような歌手は選ばれなかっただろうと、 ディランはいっている(のだとおもう)。
 多数におもねる、多数に媚をうるのではなく、少数(最後は自分一人)に忠実に歌をつくり、歌ってきたのが今日につながり、 ノーベル賞評価委員の数も少数であったから、受賞につながったといっている。
 
 委員会の構成員数は多ければいいというものではない。少ないから少数意見が通る。
 多数派に埋没しないという点では山中伸弥、谷川浩司と同じであるが、次元の強烈さは二人の比ではない。
 
 
 declutter 整理整頓 『日本からは見えないアメリカの真実』 旦英夫 PHP \1,300 
 
 If you're looking for instructions on how to declutter your home, you've come to the right place. This room-by-room declutter guide will take you through your home and office with very specific instructions on what to dclutter in each room or space in your home, and how to do it.
 
 take you through ... = to tell (someone) how (something) happens or is done by explaining the details of each step
 (訳)あるものがどのように起こるか、またどのように行われるのかステップごとに細かく説明すること
 
 もしあなたの家を整理整頓する方法について説明書をお探しなら、よいところへ来られました。この部屋ごとの整理ガイドは、 家でもオフィスでも、すべての部屋とスペースについて何を整理すべきかの個別説明と、そのやり方をお教えします。
 
 近藤真理恵さんニューヨークでも大人気の、「人生がときめく方づけの魔法」の英語名は、The Life-Changing Majic of Tidying up.
 tydy up は整頓するという意味。
 
 触ってみて、ときめくかどうかで判断する方法はおもしろい。洋の東西をとわず、ものにもひとにも通じるようだ。
 
 
 運動機能の低下は老化のせいではない:スワミ・クリパル (クリパル・ヨガ 祖師)
 
 久しぶりに、エアロビックス・キック・ボクシングの教室に顔を出す。
 準備体操段階で、肩甲骨がばりばり悲鳴をあげる。今日は全力でやってはいけない。
 クリパス祖師のことばをかみしめる程度で、筋膜はがしの感覚で身体を慣らそう。
 
 2021 11 27 (Sat)、2022 04 24 (Sun) 更新、2024 07 27 (Sat) 更新
  
① 運動機能の低下は、老化のせいではない。運動不足で、筋膜が収縮するからです。
② 骨格筋は何千もの筋線維で構成されている。筋膜という線維鞘が筋線維を包んでいる。
  運動不足で、筋膜が収縮し、他の組織と癒着する。
  加齢で体が固くなるのではなく、体を動かさないから固くなる。
③ 血液は心臓で循環させる。免疫機能を受け持つリンパには心臓がない。体をうごかすことで循環する。
  リンパは、首まわり、脇の下、鼠蹊部に集中する。
 
 途中で水分補給。教室の雰囲気を味わいながら、ペースを落とす。
 
 

英語 翻訳 日英翻訳 英日翻訳 翻訳修行 海辺のカフカ

原書で読む世界の名作 310  翻訳修行

「海辺のカフカ」村上春樹 45  幽体離脱
「Kafka on the Shore」Translated from the Japanese By Philip Gabriel Vintage

 2024 07 26 (Thu)
 
「あらすじ」
 お椀山での出来事は「集団催眠」かと思われる。海外にもいくつかの事例が報告されている。そして彼らは数時間後には自然と 回復した。しかし、ナカタさんだけは意識を回復しなかった。我々は、陸軍病院で少年を観察をしたが、意識はの戻らない身体の機能は 維持しつづけた。意識が身体を離れてどこかをさまよう「幽体離脱」にように見えた。
 
 
83 These cases have several things in common: they took place among a group of either young boys oe girls, somewhat distant from their school, all of whom lost consciousness more or less simultaneourly and then regain it at about the same time, with no one displaying any after-effects. It's reported that some of the adults who happened to be with the children also lost consciousness, and some did not. Each case different in that regard.
 There are other similar incidents, but these two are the best-documented, and thus are representative case in the literature of this phenomenon. The recent instance in Yamanashi Prefcture, however, contains one element that differentiates it from the rest: namely that one boy did not that day regain consciousness. This child is the key to unlocking the truth to this event. We returned to Tokyo after our interviews in Yamanashi and went straight to the aemy hospital where the boy was being cared for.
 
134 これらの事件の共通点は、学校からいくらか離れたところに集団として年若い少年か少女がいて、全員が同時に意識を失い、 それからほぼ同時に意識をとり戻し、あとには何の後遺症も残らなかったことです。それらはすべての事例に共通している特徴 です。そこに居合わせた大人については、子供たちと同様に意識を失った例と、失わなかった例とが報告されています。それらは ケース・バイ・ケースであるようです。 
 ほかのにも似たような事例がなくはないのですが、医学的な記録あるいは資料として残されているものとしては、このふたつが代表例 です。しかし、山梨県で起こった今回の事件には、一つ際立った例外事項があります。その催眠、あるいは意識喪失が解除されないままに なた少年がひとり残されていることです。当然ながらその子供の存在が事件の真相解明のカギになっているのではないかと私たちは 考えました。私たちは現地での調査を終えて東京に戻り、少年が収容されている陸軍病院に出向きました。
 
 
83 The army, then, was only interested in this incident because they suspect it may have been caused by poisin gas?
 
135 陸軍がこの事件に関心を持ったのは、あくまでもそれが毒ガス兵器によるものであるかもしれないという可能性に関して だったわけですね?
 
 That's my understanding. But Majar Tpyama would know more about this, and I suggest you ask him directly.
 
 そのように理解しています。正確なところは私よりむしろ遠山軍医に、直接お聞きになった方はよろしかろうかと思いますが。
 
Major Toyama was killed in Tokyo in March, 1945, in the line of duty, during an air raid.
 
 in the line of duty = 職務遂行中に。
 
遠山軍医少佐は1945年3月、東京都内において職務遂行中に爆撃によって死亡しました。
 
 そうですか。お気の毒です。この戦争でたくさんの有為の人々が亡くなりました
 
 有為(うい)= 能力があること。役に立つこと。また、そのさま。有望(ゆうぼう) 末頼もしい(すえたのもしい)
 
84 Eventually, though, the army concluded that this was not caused by any chemical weapons. They couldn't determined the cause, but they decided, didn't they, that it was unrelated to the war?.
 
 しかし軍は、その事件がいわゆる「化学兵器」によって熾されたものではないという結論に達した。原因はまだ不明だが、戦争の 進行に無関係であるらしいと、そういうことですね。  


 Yes, I believe it's true. t this point they'd concluded their investigation into the matter. The boy, Nakata, was allowed to remain in the military hospital, though, since Majar Toyama ws personally interested in the case and had some connections there. So we were able to go to the military hospital every day, and take turns staying overnight to investigate this unconscious boy's case further, from a number of angles.
 
* into the natter = この件に関して. investigation into the matter = 事件についての調査を終了する。
 
 have some connections = 裁量権をもつ。
 
136 はい、そのように理解しております。その時点で軍は事件についての調査を終了していました。陸軍病院がナカタというい意識不明の 少年をそのままにそこに留めておいたのは、ただ単に遠山軍医がこの事件に対して、個人的に興味を持っており、彼が当時病院である程度の 裁量権を持っていたからでした。そのようなわけで私たちは毎日のように陸軍病院に通い、あるいは交代で泊まり込み、意識不明のままベッドに 横になっている少年の状態をいろいろな角度から調べ上げました。
 
 Though he was unconscious, the boy's bodily functions nevertheless continues normally. He was given nutrients intraveneously, and dischaged urine at regular intervals. He shut his eyes at night and went to sleep when you turned out the lights, then opened them again in the morning. Other than being unconscious, he appeared healthy. He was in come, but he didn't dream, apparently. When people dream they exhibit characteristic eye movements and facial expressins. Your heart rate goes up as you react to experiences in your dreams. But with the Nakata boy we couldn't detecte any of these indicators. His heart rate, breathing and temparature wre still slightly on the low side, but surprisingly stable.
 
136 蹴れの身体機能は意識のないままに、極めて順調に働いていました。点滴で栄養をとり、規則正しく排尿を行っていました。 夜になって明かりを消すと目を閉じて眠り、朝になると目を開けました。彼はたしかに意識は失っていましたが、それを別にすれば 問題もなく、謙譲な生活を送っているように見えました。昏睡していると言っても夢を見ることもないようです。人が夢を見るときは 眼球の動きや顔の表情に、夢を見ているというはんのうが必ず出ます。意識が夢の中での経験に呼応して、それに合わせて心拍数も高まります。 しかし、そのような兆候は、ナカタ少年にはいっさい見られませんでした。心拍数も呼吸数も体温も、通常よりは少し低めの数字ではありますが、 驚くばかり安定していました。
 
 
84 It might sound strange to put it this way, but it seemed like the real Nakata had gone off somewhere, leaving behind for a time the physical container, which in his absence kept all his bodily functions going at the minimum level needed to preserve itself. The term spirit projction" sprang to mind. Are you familiar with it? Japanese folk tales are full of this sort of thing, where the soul temporarily leaves the body, goes off a great istance to taka care of some vital task and then returns to reunite with the body. The dort of vengeful spirits that populate the Tale of Genji may be something similar. The notion of the soul not just leaving the body at death but -- assuming the will is strong enough-- also being able to separate from the body of the living is probably an idea that took root in Japan in ancient times. Of course, there's no scientific proof of this, and I hesitate even to propose the idea.
 
 
 sprit prejection = Astral projection (also known as astral travel, soul journey, soul wandering, spiritual journey, spiritual travel) is a term used in esotericism to describe an intentional out-of-body experience (OBE) that assumes the existence of a subtle body, known as the astral body or body of light, through which consciousness can function separately from the physical body and travel throughout the astral plane.
 アストラル投射(英: Astral projection)とは、秘教や神秘学などで使われる意図的な体外離脱を表す用語である。アストラル旅行 (英: Astral travel)、幽体投射(せいゆうたいとうしゃ)、星気体投射(せいきたいとうしゃ)、幽体離脱(ゆうたいりだつ)などと言われることも ある。秘教における体外離脱では、肉体から分離されその外側の世界を旅する能力を持つ「アストラル体」と呼ばれる意識、または霊魂の存在が措定 されている。
 
137 妙な表現かもしれませんが、入れ物としての肉体だけがとりあえずそこに残されて、留守を預かり、さまざまな生体レベルを少しづつさげ、生存に 必要な機能を維持し、その間に本人はどこか別のところへ出かけて、何か別のことをしているみたいに見えました。<幽体離脱>という言葉が私の頭に浮かび ました。その言葉はご存じですか? よく日本の昔話に出てきますが、魂が肉体を一時的に離れて、千里の道のりを超えてどこか遠くに行き、そこで大事な用事 をすませて、それからまた元の肉体に戻ってくるというやつです。『源氏物語』にも「生霊(いきりょう)」がよく出てきますが、それに近いものかも しれません。死んだ人の魂が肉体を出るというだけではなく、生きている人にも ― 思いさえ強ければということですがー それと同じことができるのです。 あるいは日本には魂についてそういう考え方が、古代から土着的な自然のものとして根付いていたのかもしれませんね。しかしそんなものを、科学的に 立証するすることは全く不可能です。仮説として持ち出すことだってはばかれます。 
 
 つづく
 
◇◇◇ 
 塚山教授は、お椀山事件を共同で調査していた遠山軍医が1945年 3月、空襲で死亡したとインタビューをしているGHQのロバート・オコンネル少尉から聞かせれる。
 「そうですか。お気の毒です。この戦争でたくさんの有為の人々が亡くなりました」と呟く。
 著者の村上春樹は、太平洋戦争に反対なのだ。