こんばんわ。
今回は2つ前に書いた記事の続きです...
作業進捗がホントに牛歩なのですが、ようやくジャンク品のEF58-61を分解して車体洗浄を施行しました。音譜


ジャンク品の EF58-61 (購入時点)


分解して、車体・ガラス窓・先台車台枠を食器用中性洗剤で洗浄しました。
かなり古い製品だったみたいですね。
たぶんKATOさんで初の61号機が製品化された時のものではないでしょうか?
すると1985年頃かな... 40年前の模型ですねー 音譜

分解した部品は紛失しない様にカンガルー便コンテナ内で保管しています。


前のオーナーさん、苦労されたのかな?
接着剤のはみ出し攻撃...
他人事と言えません、わたくしも度々やらかします 💦


ナンバープレートも接着剤に少し浸食されている。
折らない様に外すの大変でした。
握り棒は最初から1本欠損していましたが、前に西落合にある総本山でASSYを購入し備蓄していましたのでそこは問題ナシです。音譜


ガラス窓を支持する箇所、折れていました...

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さて、
ここからこのジャンク品EF58-61の最初の記事(1)の中で、
なぜボディーだけあればそれで良いと書いたのかの理由について書きますね。
たぶんどうでもよいコトとは思いますが...


古いEF58を後生大事に捨てずに置いていたらしい。
(模型とは全く関係のない箱の中から偶然に発掘されました...テキトーな性分)
昭和55年11月に今は無き神戸のお店で購入しておりますなぁ。
なぁ~んとなく、かすかな記憶が残っています。
学生時代でした。


当時の私が61号機をどうしても再現したくなって茶色のEF58を購入し、
超へったくそな色挿し及び魔改造を施行 💦(模型がお気の毒...)
45年前の製品ですが、問題なく走行は可能です。


元々、前面は小窓でヤスリで削って広げてプラ板を現物合わせにて大窓を製作してはめ込んでいます。ワイパーは面相筆で手描き...トホホ...💦
握り棒は真鍮線で自作、せめて虫ピンとか使えよ!って感じですねー。


底にはどこかの模型店で購入したと思われる金属製ナンバープレートの残骸が残されていました。なので製品付属のナンバープレートはそのまま残っていますね。

で、まぁ...
当時も稚拙な私がやらかしたにせよこの惨状は耐え難く、古い製品ながら走行には支障ないのでASSYでEF58-61のボディーが無いかを探していたという訳なのですよ 💦
懲りずに引き続きEF58-61 のレストアを続けて行きたいと思います。

ここまでご覧くださいまして、ありがとうございました。
では、また。

こんにちわ。
先ごろKATOさんから発売されたNゲージのJR北海道 SL冬の湿原号の牽引機「C11-171」、発売後にブツを鉄道模型店で見せてもらった後にシレっと導入しています。
どの様なディテールなのか、少しですがみていきましょうね。


相変わらずKATOさんの個装ケースのプラ蓋は開けにくく、少々コツが要ります。
生爪を剥がさない様に注意して下さいね。ニヤリ


付属部品類...
HMがとても美しい仕上がりです キラキラ




公式側...
デッキには特徴的な北海道形の誘導員手摺。
スノープラウ、旋回窓の表現。




非公式側...

なかなか良いスタイルです。 音譜
近年発売されるKATOさんのSLを手にすると、
私は伝統工芸品の域に達しているなぁ...毎回感銘を受けています。キラキラ
よくこの小さな模型の中に、バランス良く各モールドが形成されていますね。
それとプラ製なのに、どっしりした安定感の様なものも感じています。



      


印刷関係、それぞれくっきりシャープで美しい... キラキラ
キャブ下の保護柵も再現。


煙突に回転火の粉止め、ボイラー安全弁の後方にタービン発電機。


各配管の表現も素晴らしいですね。
水タンクの蓋も立体的、石炭庫後方右側には無線アンテナ。


冬の湿原号の客車も導入したいところでしたが、
実車への乗車が2020年でリニューアル前の旧タイプ客車であるため、
此の度は導入を見送りました...
私のわずかな可処分お小遣いの懐具合もありましたしねぇ... 泣くうさぎ
で、代わりに14系500番台の快速「海峡」の客車を牽かせて眺めています。
まぁ...鉄道模型なので何でもありです...爆笑

ということで...
KATOさんのC11-171を導入して眺めてみた私の第一印象でした。キラキラ

当ブログでは以前に
【N-gauge 発売予定】KATO C11 171 +「SL冬の湿原号」を見て思ったコト... 
という記事もアップしておりますので、よければそちらもご覧くださいませ。音譜

ここまでご覧いただきまして、ありがとうございます。
では、また。

先週、嫁のイトーヨーカドーでの買い物終わりを待っている間、
私はショッピングモール内にある某鉄道模型店などを徘徊していました。


で、ジャンク品コーナーにぶら下がっていたこのEF58が目に留まり、
以前からEF58-61のASSYボディーを探していたことと格安でもあったので購入してみましたよ。
走行テストをどうぞ!とのことなので試走をさせたところ、
かなり古い製品みたいですが特に問題など見当たらず、さすがKATOさんね 音譜
まぁ、今回はボディーさえあれば良いのですが...

画像は家に帰ってポリ袋から製品を取り出した時の状態です。
かなり埃が積もっていて汚れていますね 💦
左の握り棒が曲がっています 💦
お顔のど真ん中にある穴は、HMの取り付け穴なのかな?


2位側
左側の握り棒が欠損、車体ナンバープレートが浮き上がっています 💦
パンタグラフの昇降、形状に破損はありませんでした。音譜


屋根廻り
埃が積層、分解して車体洗浄をしなくては...


台車部分と車輪の分解洗浄とグリスアップが必要ですねぇ。
本心はめんどくさいのだけれど、やりがいはありそう...音譜
まぁ、暇に飽かしてぼちぼちレストアしていく予定です。キラキラ


ちなみにですが、こちらの店舗さんで購入。
ごく最近にオープンしたばかりなので、新品・中古商品の種類が豊富でした。キラキラ

ご覧いただきまして、ありがとうございます。

寒気が戻ってきたみたいで今日は少し寒いですね。
今日は旅の途中に頂いた昔の富山地方鉄道の時刻表を何となく眺めていました。


現物は既に処分してしまったのですが、デジタル化で残しています。




当時の列車種別、国鉄特急・特急・急行と準急も存在していたのですね。
運行本数も多く、上には国鉄富山駅の時刻も記載あり。




名古屋からの立山行き「むろどう」号、宇奈月温泉行き「うなづき」号
大阪からの立山行きと宇奈月温泉行きがあった「立山」号
名鉄神宮前からの立山行き「北アルプス」号

各列車名が懐かしいです。(乗った事は無いんですけど... 💦)


私は前年にデビューした14760形に乗りたくて、宇奈月温泉と立山へ行きました。
この時刻表はその時のものなのです。

  

  
リアルな写真が無いので鉄道模型で。
北アルプス号は乗ってみたかったなぁ... なので模型を眺めて和んでいます。


こんな並びが見たかったわ ✨

ご覧いただき、ありがとうございました。
では、また。

今回は単なる思い出話ですが、支障なければお付き合い下さい。


高校は体育会系で散々でしたから大学では文化会系の何らか部活には入ろうと決めていました。入学してからひと月ほど悩んだ末に「鉄研」を選択。そこは部員数も多く大所帯だったので、個々人の主な活動対象が4つの班別に分けられておりました。
先輩たちの鉄道知識はとても深く(そう思った...)、私は根っからの「鉄」では無くてただの電車好き...という体たらく。鉄道関係の知識など無いに等しく、旅行か模型にしようと思いました。
で、最終的にはNゲージを少し持っていましたので「模型班」を選択しています。


その後、部活の中で学祭展示用にと人生初の集合式レイアウトを製作しました。(今はモジュールレイアウトというのかな...)今見ていると突っ込みどころ満載で恥ずかしい限りの笑って誤魔化すしかないというかなり稚拙なものなんですけど...💦


先ずメンバーで材木を一括調達してきて切り分けた様に思います。
レイアウトボードの規格、線路の敷設規格は一方的に私がほぼひとりで決めてしまった様な気がしますね... 思い返すとメンバーともっと色々アイデアを出し合って民主的に決めていけば良かったと後悔しますが、本当にメンバーには気の毒な事をしました。

で、6つのセクションはそれぞれメンバー個人の自由に製作し、展示の際はそれらを持ち寄ってつなぎ合わせることに。
私はこの主要駅2セクションを担当させてもらいました。
これは夏の合宿で訪れた「国鉄上越線 水上駅」をプロトタイプにイメージし製作したものなのです。

線路は全てPECOのフレキとポイント、下に電動ポイントマシンも備えました。
ストラクチャー関係はグリーンマックスさん(一部のホーム・変電所)、トミックスさん(跨線橋)とその他はボール紙やプラバンで自作したショボいものです。道路はボール紙をポスターカラーで塗って白線もポスターカラーで書き込み。背側の山みたいなところの基礎は発泡スチロールを積み上げたもの、爪楊枝とスポンジで作ったテキトーな樹木、市販のライケンやパウダーも使っています。


こうして古い画像を見ていると、当時の事情も色々と思い出すもんですね。
(書けませんけど...)


後輩の一人は京都の雪景色をテーマにしたセクションを製作。
冬の凛とした空気感が溢れるジオラマでした。


ピンボケですが、
コーナーセクションは河川モジュールだったのですね。(忘れています...💦)
ここも後輩の製作だったと思います。

実はこの様な写真を写していた事など、全く覚えていませんでした。
古いネガを整理している最中に偶然、つい先日発掘したものなのです。
(見つけたのは、この5枚...)

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今の時代は鉄道ジオラマをやる人にとって、非常に恵まれていますね。
模範となる他者の作品や製作スキルアップに繋がる新しい製作手法など、先ずはSNSなどを中心に常時入手可能です。情報の氾濫は時に困惑を招く事もありますが、昔の情報収集って鉄道模型をやっている友人との会話、模型雑誌や模型専門書、他校の学祭展示、たまに鉄道模型メーカーの展示や博物館の展示などを見に行くことぐらいでしかありませんでした。

   
社会人になってほどなく、
鉄道模型とその他鉄道関連の趣味の全てをやめた期間が何十年かあり、その際に関連するもの殆どを譲渡か廃棄かしたのですが、この一冊は捨てることが出来ずに残していました。この雑誌の記事を見て、いつか自分のレイアウトを持ちたいと思った私にとってバイブルとなっていたからです。

ということで。。。
なんちゃない私のレイアウト製作の思い出でした。

ここまでご覧いただき、ありがとうございます。
では、また。