なんとなく気になるのが創作物の著作権。


髪の毛を抜いて息を吹きかけ飛ばすと分身が生まれ、活躍する。


おー すげぇ! と、誰も思わない。


これは西遊記の孫悟空の業であり、著作権以前の話し、


使っても誰も文句を言われない。


せいぜい、この作家、やってるよ。という冷めた反応だろう。


例えば、宇宙戦艦。宇宙戦闘機。宇宙潜水艦・・・


これらのモノに著作権は、働かない。


しかし、スペースシャトル(1977年)、M4突撃銃(1994年)は黄色信号らしい。


映像は現物なのでいいのだが、


オリジナル小説で使うと、誤用で使われるのが理由らしい。


面白いのは、裁判沙汰にまでなった宇宙戦艦ヤマト(1974年)の騒動。


戦艦大和を宇宙戦艦に改造して宇宙に飛ばしても著作権は働かないらしい。


最初は、え! そうなの? と思ったものだ。


むろん、著作権が働く部分もあって、艦橋と波動砲は著作権になるらしく。


それを外してしまうとあら不思議・・・


もう一つ、著作権の性質が親告罪なので他人は、基本的に他人事といえる。


デビルマンとマジンガーZのクロスがエヴァンゲリオンもよくある話で、


これが大問題にならないのは、作家自身が誤魔化さず、


影響を受けたことを隠したり、否定していないことだろう


もし、作家が誤魔化し、隠し、否定していたら、


嘘付き扱いされ、盗作騒ぎになっていたかもしれない。


これは、大人な対応といえる。


最近は、ネット小説が増え、勧善懲悪社会で正義感ぶっている反動なのだろう、


影響を受けたことを隠し、誤魔化し、否定したりする厨ニ病作家も増えている。


よくわからずに書いているのだろうが、


誤魔化すほど、最低な盗作作家になってしまう。


例えばレーザーは、素材なので自由に使える。


しかし、波動砲発射! と書くと、おい、となる。


あと構想というか、発想。


有名どころでは、アシモフのロボット三原則(われはロボット1950年)


第一条

 ロボットは人間に危害を加えてはならない。

 また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条

 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。

 ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条

 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、

 自己をまもらなければならない。


も著作権に入る。


この傾向の作品を作ってしまうと著作権に触れる。


もっとも1950年刊行なので50年を超えて著作権切れ、自由に使える。


しかし、自由に使えたとしても孫悟空の髪の毛と同じ、


冷めた目で見られることに変わりはない。


あと、著作権を過ぎてもよろしくないものもあるらしい、


ミッキーマウス(1929年)は、最大まで延長する上に商標だそうだ。


つまり、トヨタとか、日産とかと同じ扱い (笑


ディズニー関連は触らぬ神にってやつかもしれない。


しかし、あそこはかなりズルい。


白雪姫をリメイクしても、創作物とは言えないだろう。


まぁ 日本も昔話で、やってる、


もっとも、白雪姫や昔話に著作物はなくても、


別の細々とした小さな著作権で守られているらしい。


基本的に大昔のモノは、誰が書いてリメイクしても構わない。



そうそう、二次創作。


基本的にやっちゃいけない。


しかし、やっちゃいけないのだが、


マジンガーZとデビルマンのクロスがエヴァということもあるし、


新機軸を含めてあのくらいなら・・・は、オリジナルの目安になるだろう。


しかし、影響を受けたことは隠さない方が無難だろう。


まあ、二次は、完全に盗作するより可愛いもので、


二次宣言しているらな、いきなり訴えられる心配は小さくなる。


最悪でも先に警告が来て、判断を委ねられるだろう。


もっとも、第三者は、あまり余計なことをしない方がいい場合もある。


世知辛い世の中で、原作者がこっそりヒロインのH物で稼いでいたり、


娘を売ったようなものだから、知らん振りしていたりする、


第三者は、基本的に注意か、


あまり、余計な深入りはしない方が無難かもしれない。




なにをもってSFとするかという定義で思想戦みたいな状況が作られている気がした。


幾つもグループが作られ、派閥抗争染みてたり・・・・


巨大なピラミッドを階級があって、そこに全てのSF小説が組み込まれ、


階級闘争が行われているのだろうか、


そういうのはいただけない気がする。

あまり排他的にならず。幾つものグループが平面的に広がっている。


そう思えば、戦いも静かになるだろう。


実のところ、理不尽に思えるかもしれないが、これぞSFという作品より、


批判されやすい物の方が興行収入が高かったりする。


ガンダムとか、ガンダムとか、ガンダムとか (笑い


エヴァとか、エヴァとか、エヴァとか (笑い


世の中お金で割り切れば金のなる木がいいに決まってる。


しかし、純粋にSFとしてみるなら、


あまり金にならない方が質が高いとかよくある話だ。


結局、人が、なにを価値基準にしているかだったりする。


科学的裏付けがあるならSF小説。


科学的裏付けがなければファンタジーというところだ。


もっとも、ファンタジーでさえ、


それを可能にさせる物質なり、法則なりがあるなら、


SFの部類に入り込むかもしれない。


多様化のせいか、かなりファジーな分野ともいえる。


今後は、これまでなかった新しい方向に進むか、


安直な二番煎じ、柳の下にドジョウでお茶を濁すかだ。


成功作の続編は、投資で、


新規作は、投機に近く、日本人の気質だと尻込みするのだろう。


楽して儲けたいのか続編モノ、系統モノが増えてる気もする。


もっとも、完全オリジナル作品なんて滅多に出るものではない、


しかし、新規作も期待したい。




外国のSF小説を読んで思うことは、歴史と風土と伝統の違いだろうか、


文化的な背景の違いは、異文化交流に耐性があること、


リアルに思えることで、


コミュニケーションのあり方も単一民族でない意識から作られている気がする。


また、対インディアン、対アラブ、


欧州のどこかの戦場を参考にしてると思えることで、


知っている事柄と気付くと思わずにやりとしてしまう。


これは、日本のSFが日本史を参考にした場合と似ている。


翻訳の関係で違和感があったりするのだが、


異質な発想で作られたSF小説は面白い。


日本のSF作家が外国のSF小説の真似しようとしても、


受けてきた歴史の質が違うのだから難しい、


まず、文化的背景の違いを認識してからじゃないだろうか。