暑いですね。
梅雨って、明けたんですか?
テレビ生活とは、無縁なのでわかり、外の社会の様子がわかりません。
こんばんは。琴です。
初めての死を見た時の話です。
当時、15歳だったので、今から25年位昔の話になります。
身内以外で見た初めての死は、強烈な匂いのある死だった。
かなり年を重ねた方だったような気がする。
男性患者さん、Oさんの話
付き添い付きの病院であった事もあり、私がその病室に入ったのは、
入職時の挨拶に行った日と、亡くなる日だけだった。
その間は、入ってはいけないような空気さえ、その部屋の前からはただよっていたのだ。
私にとって開かずの間。
Oさんの病室の前を通るだけで、膿んだような臭いがして入りがたい雰囲気であった。
だから、Oさんの病室に入らない事を、実はホッとしていたのだ。
ある日、鳴り響くナースコールに、走り出す看護婦さん。
【何かあったんだなぁ~】
私は、ノンキに綿球作りをしていた。(この当時の綿球は手作りだった)
そこに、看護婦さんが来た。
「ちょっと手伝って。」と、私は看護師さんに呼ばれた。
【えっっ!!! 私ですか?】
とココロの叫びを声に出せるハズもなく、その病室に入る事になった。
一歩進む毎に、臭いが増していく。
ベッド・サイドな立った時は、匂いの原液を嗅いでしまったようで、クラクラしそうだった。
一応、胸が上下している。
【良かった!! 生きてるんだ】
なんとなく、生きている事にホッとした。
あれ?胸の上下が小さくなってきた感じがする。
【看護婦さん!Oさん大丈夫なんですか?】
とココロの中で叫び、横目で看護婦さんの顔を覗き込んだ。
冷静過ぎる看護婦さんの様子に疑問を持ちながら、私は立っていた。
ピッピッピッ……ピッ………ピッ………………
音の間隔が、長くなり、器械の示された数字が小さくなっていく。
【いいのかなぁ?】
ピーーーーーーーーーーーー
数字は、ゼロになり、音がずっと鳴り響く。
看護婦さんと医師が何やら動き出した。
【どーしたんだ?】
時計を見ながら医師が
『○時○分、ご臨終です』と言った。
頭を下げる看護婦さんに連ねて、頭をさげた。
【??えっ?えっ?何?何でなの?】
何が起きているのかわからなかった。
始めて経験する死だった。
訳もわからないままに頭を下げていながら、溢れてくる涙が止まらなかった。
ポタポタと涙が床に落ちた。
《生きている》が《亡くなってしまった》に変わった瞬間。
異空間にいるような感じで、現実味も薄い。
なのに、涙だけがこぼれ落ちた。
ココロの準備も、余裕もないままに、死は訪れたのだ。
それだけでも、ものすごいショックだったのだ。
人が亡くなっていくだけでも、ショックなのに、すぐに第2のショックが訪れた。
エンゼル・ケア(死後の処置)を行う事になった。
もちろんだが、これは、生まれて初めての事だった。
お尻と両方の腰に開いた大きな穴(床ずれ)が、皮膚の下で繋がっていた。
左右の肩甲骨には、皮膚はなく、肉が骨が、直接見えていた。
12対の肋骨が数えられるほどに、胸の皮膚はへばりついていた。
痩せているように見える体なのに、妊娠しているかと思う程に膨れ上がったお腹。
ありとあらゆるところから膿は流れ出して、止まる事がなかった。
強烈な臭いの理由が明らかになった。
それでも数分前まで、Oさんは生きていたのだ。
生命があったとは思えないほどに、痛々しく、ムシバマレテいた体が、目の前にあった。
それでも,私は目を背ける事ができなかったのだ。
否、目を背けてははいけない気がしていたのだ。
言葉に表現できない深い何かを感じながら、
私は固く絞ったタオルで、Oさんのカラダを拭いた。
床づれの処置を手伝い、体の穴に綿を入れていくのを見学した。
そして、洗濯された綺麗な浴衣に着替えを手伝った。
私のココロには強い強い衝撃をもたらしたのだ。
生きるという事。
死ぬという事。
生かされていたのかも知れない。
生かしていただけなのかも知れない。
でも、Oさんの命があったことだけは、確かな事。
分かるのは「今生きている」と言う事だけ。
なんだかわからないけど、精一杯生きなくちゃいけないと感じたのだ。
この死を無駄にしてはいけないと、思ったのだ。
Oさんが貴重な生き様を見せてくれたのは、本来なら高校1年生をしている頃の事。
学校には行ってなかったけど、たくさんたくさんの経験をしていたと思う。
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