夢は大きく持ちたい→48歳超歳高齢出産

夢は大きく持ちたい→48歳超歳高齢出産

40歳で通信制の看護学校を卒業し、看護師になりました。
44歳で再婚し、4年の妊活(採卵20回以上、移植3回位)を得て、
最後の移植と思った矢先、48歳で妊娠をしました。
2019年8月出産予定です^^

更新するの、久しぶりになりました。

 

最近。出生前診断をするべきではなかったかというコメントがありました。

励ましの思いで書いたらしいこのコメントに私が違和感があり、

反論したら、他の人からお叱りが・・・。

謝ったんだからとか、削除依頼しているのだからとか、

非難されるハメになってしまいました。

文字は消えても、

私の中に刺さった言葉は消えてなくならないんだって事。

以前はガンガン削除していたのですが、

その人はストーカーとなり、

私も周りへ妙なコメントを残すようにもなったのですよね。

 

抑揚のない言葉の中で、モノを伝えるのって難しくて、

励ましのつもりの言葉で、

人を傷つける事もあるんだという事を知ってほしいと思います。

 

もうブログを止めようかとも思っていました。

そんなことがあり、更新が滞っていました。

 

 

 

『出生前診断』への思いをキチンと理解した上で、言葉を発してほしいと思い、

また、たまたまなのですが、

私がフォローさせてもらっているぴょんさんも、出生前診断の記事をしているので、

便乗して記事にする事にしました。

 


 

出生前診断と一言でいうけれど、

その検査をするのには、色々な思いがあると思います。

その思いに良し悪しの判断ではないことをご理解して下さいね。

 

 

この検査をする人へのアンケートで、

診断に異常があった時に95%が中絶をする。

また、検査結果に関わらず産むと答えた人は、結局検査をしなかった。

という論文があります。

 

 

我が家でも、出生前診断を受けるのかという話があがりました。

私は結果がどうであれ産みたいという医師がありました。

ですが、夫は、高齢だから責任をもって育てられないと中絶を視野に入れていました。

その事では、話し合いを重ねました。

 

もともと、私は回数を重ねて夫に言われるとどうでもいいやと思ってしまう傾向がありました。

なので、このまま話し合いを繰り返したら、検査をしてしまう恐れを感じてました。

検査をするというのは、中絶をするかもしれないという事を容認した上での事。

それだけは、嫌でした。

 

このまま夫から逃げて出産してしまう。

夫と離婚する。

この選択肢がグルグルと頭の中をしていました。

 

また検査をして

障がいがあるということを知った上で、

出産するという選択を継続させる自信も

私にはありませんでした。

 

これはアンケート結果で言うところの

検査後に障がいがあるとわかっても出産する率の5%に

私がなる自信がなかった事になります。

 

 

そして、

『これで最後にしようとした治療でできたこの子を

中絶するようなことがあったら、私も後を追う。

この子ができる前だったら、二人きりの生活もありだと思っていたけど、

この子ができてしまった後では、二人きりの生活を思い描けない。』

 

そう話した後しばらくして

「検査をしてもしなくても、出産する事には変わりないのなら、

検査を受けるのは辞めよう。」

と夫が言ってくれました。

 

本当に死のうと思っていました。

その後しばらく、仮に流産などの悲しい事が起きても、

僕と共に生きてほしい

というようなことを夫から言われるほどで、

私自身メンタルが崩れかけていました。

 

 

早いうちに障がいがあると知って、

不安な中妊娠を経過させる事に意味を持ちませんでした。

だから、我が家では、出生前診断をしないという選択をしました。

 

 

 

特に妊活や高齢出産する人は、色々調べていることが多いモノだと思います。

体外授精の事

卵子提供の事

養子縁組、特別養子縁組の事

出生前診断、採血or羊水検査の事

障がい、ダウン症の事

あげればキリがない程、調べています。

(↑私は調べました。調べない人もいるかもしれませんが・・・)

 

 

夫婦で話し合って決めてきたことです。

命がけで決めてきたことです。

 

 

それらを、

『○○した方がいい』と簡単に口にしていいモノなのでしょうか?

(○○には、妊活とか体外授精とか、出生前診断とか上にあげた言葉が入ります)

自分の意志を押し付けていることにならないのでしょうか?

 

 

我が息子、青は、重度の心臓の奇形がありました。

それを出生前診断でわかっていたら?

検査をしても中絶をしない5%になっていたでしょうか?

 

繰り返し言いますが、

私は、出生前診断で異常があった時に、この5%になる自信がありませんでした。

だから、もし検査を受けていたら、

私は我が子を抱けなかった事になります。

 

励ましたかったとはいえ、

「出生前診断をした方が良かった」と言っていいモノなのでしょうか?

 

 

 

 

ちょっと前の出来事になります。

子育てして思う事は、時間が足りないって事。

アップしたいこととか山ほどあるのですが、とても間に合いません。

子育てブログをされている方って、いつ記事を書いているのか不思議になります。

 

今の私は、子どもが寝てくれて、

睡眠時間を削って、数日に渡って書いております。

ふうぅ。

 

過日姉の記事にアップされていましたハロウィン記事です。

 

姉が、ハロウィンの衣装を持って遊びにきてくれました^^

姉のブログでは、顔だししているものの、

私のブログでは、勝手に顔を出していいのか分からないので、一応隠してみました。

ちょっと違和感もありますが・・・(笑)

 

ちょっとお太りになっている私ですが、

その昔前は、姉と同じくらい細かったんですよ。

まだまだ出産後2か月だから・・・と誤魔化して行きましょう^^

 

 

出産後から約2か月。

嵐のような日々で、心が休まる時がありませんでした。

やりたかった事も全然できなくて、

夢を描いたような産後は皆無でした。

できなかった事にココロが奪われて、めげていたのですが、

できなかった事ばかりを数えるのではなく、

やれる事をやっていこうと思えるようになりました^^

 

そう考えられるようになったら、息子とおうちハロウィンできました

嬉しいです^^

 

 

イライラしているなぁと思っていたら、生理が来ました。

妊活中の後半は、低刺激ピルでコントロールしていたので、

イライラも予想できたし、ひどくなかったのですが、

今回は結構イライラひどかったです><

ブログでも、結構PMS全開でした。ごめんなさいね。

 

生理が来たことを夫に伝えたら。

「もう一人いけそうだね^^」って。

笑っていい事なのかしら?

 

もう一つ、凍結した授精卵があるので、返そうかという事なんですが・・・。

私、後数日で49歳なんですが、

そう言ってくれた事、実は嬉しかったんですよね。

乳頭混乱を起こしている息子。

母乳の出も悪くなりつつあるし、断乳して、

二人目チャレンジなんていうのも悪くないかも・・・。

 

 

 

 

長い長い日が経過しました。
妊娠していたことも、
出産が大変だったことも、
遥かかなた昔話のような気がします。
色んなことが詰まった2ヵ月でした。

妊活→妊娠→誘発分娩からの緊急帝王切開→病気→手術→やっと退院


そして、
本日、私の息子青が退院いたしました。
待ちに待った親子3人暮らしのスタートです。

たくさんの応援、励まし、アドバイス、
そして、なによりもたくさんの祈りを頂きました。
本当にありがとうございました。

これからも、またよろしくお願いいたします。


まずは報告まで。


医師から退院の話がありました。

本当は今週のはじめにでも帰っていいよとの事でしたが、

青くんは三途の川を渡りそうな時が3回もあったので、

引き伸ばしたい気持ちが満載でした。

なので、夫が休みの時で・・・といい週末まで引っ張ることにしました。

そして、いよいよ明日退院ができそうです。

 

市民病院にいた時に、退院する日に転院を言い渡された事が

かなり尾を引いていて、

実際に退院するまで、なんだか信じられません。

 

確実に青くんは良くなってきています。

 

泣き切ることができるようになりました。

泣いていても声がかすれないようになりました。

泣くと青ざめていたのですが、

健康な子どもと同じように真っ赤になって泣けるようになりました。

ミルクをむせずに定量飲めるようになりました。

過呼吸の呼吸が普通になりました。

脈が遅く(正常範囲内)になりました。

 

 

当たり前にできるはずの、できなかった事が

一つづつできるようになりました。

 

そんな事が嬉しくてたまらなくて、

時々涙があふれてしまいます。

 

当たり前の事なんか何一つないんだと教えられる気がします。

普通に息をする事に感動したり、

真っ赤になって泣くことに喜びを感じたり、

ミルクを飲めるって微笑ましくなったり、

そんな小さな幸せを噛みしめています。

 

 

出生から2か月が経過。

これから、初めての親子の3人の生活。

ワクワクが止まりません。

3人で暮らせる事を願っていました。

長かったお産が終わったような気がします。

 

明日無事に病院から帰してもらえますように^^

 

 

もうじきくるであろう青くんとの夫との3人の生活。

なんの問題もなく出産していたら、

『家族3人暮らし』とする事が、本当はスゴイ幸せなんだという事に

気が付かなかったと思う。

 

今は、そんなささやかな、

当たり前の幸せを

楽しみ待っています。

 

 

 

それにあたり・・・私なりに必死に片付けをしてます。

どんなにやっても、夫に認めてもらえないので、

それはそれは切ないのですが、

青くんの為に必死です。

 

私は、モノが捨てられませんし、収集癖があります。

それを脱する事って本当に難しいです。

 

それでも、何度も大きい断捨離をして、

一番ピークに荷物を持っていた頃に比べて、半分以下になりました。

どのくらい多いかというと・・・

独り暮らしの私の引っ越し代が、17万かかったことがあります。

今なら6万くらいでおさまります。

幼稚園モノのから・・・

小学校・中学校・中退した高校・看護科の高校、

さらに2個の大学の時のモノを満載に持ってました。

ぬいぐるみとかもあったし、思い出のモノなんかもありました。

今は学生時代のモノはほとんどありません。(←まだ残ってはいます。)

あるのは、アルバムくらいでしょうか?

 

 

それでも、まだまだ多くて手放すのに苦労します><

少しでも断捨離をしようとしたところ、いいトコロを発見しました。

 

青くんに病院に行く時に、

神奈川県の新杉田駅を通るのですが、こんないいとこがありました。

 

 

 

 

本を捨てるのってもったいなく感じます。

だからと言って、売るという手間暇をかけるのも苦手です。

コツコツを持っていきました。

結果50冊くらいの本を手離すことができました。

行きに置いていった本が、帰りには無くなっているんで、

誰かが読んでくれているんだろうなっと思っています。

もしかしたら、誰かが売っているのかもしれませんが、

それでも、誰かの為になっている事を願っています。

 

 

 

 

そうした手離すことができた事をキッカケに

布団一式を手離し、

古くなった洋服を10着くらい手離しました。

 

 

そして、

更に自分の中てハードルの高かった書類関係にも手出すことにもチャレンジできました。

結構いろんな勉強会に行っていたんですよね。

何年も前のモノもあったのですが、

もう一度振り返ってみたのって、1科目丈でした><

勉強会の数にしたら10個くらいかな。

 

そして、

過去にこだわった家計簿。結婚してからの5年分。

少しでも家計に役立つようにと、頭を使って書いてきました。

それを振り返ってみる事は、ほとんどありません。

それなのに、がんばってきた証みたいな感じで手離せないんです。

 

 

その他にも色々手離したのですが、

どうやって手離すことができたのかというと・・・

『青くんにとって必要か否か』

を基準にしました。

青にとって必要なものなんて、ほとんどないことに気が付くんですよね。

 

また先輩看護師が言っていたのですが、

『自分が大切にしているモノだとしても、

自分が亡くなった時に、

この片付けを(障害のある)子どもにさせるのかと思うと、

子どもにはできない。

だから、処分した。』と。

 

高齢出産をしているだから、

身の回りの事はキチンとしておきたいと思うようになりました。

そして、

掃除や片付けばかりをして、

子どもと接する時間が短くなるのは嫌だなと思って、

手離すことにしました。

 

 

 

とは言っても、荷物はまだまだあるのですが、

サッサとやってしまおうと思います。