更新するの、久しぶりになりました。
最近。出生前診断をするべきではなかったかというコメントがありました。
励ましの思いで書いたらしいこのコメントに私が違和感があり、
反論したら、他の人からお叱りが・・・。
謝ったんだからとか、削除依頼しているのだからとか、
非難されるハメになってしまいました。
文字は消えても、
私の中に刺さった言葉は消えてなくならないんだって事。
以前はガンガン削除していたのですが、
その人はストーカーとなり、
私も周りへ妙なコメントを残すようにもなったのですよね。
抑揚のない言葉の中で、モノを伝えるのって難しくて、
励ましのつもりの言葉で、
人を傷つける事もあるんだという事を知ってほしいと思います。
もうブログを止めようかとも思っていました。
そんなことがあり、更新が滞っていました。
『出生前診断』への思いをキチンと理解した上で、言葉を発してほしいと思い、
また、たまたまなのですが、
私がフォローさせてもらっているぴょんさんも、出生前診断の記事をしているので、
便乗して記事にする事にしました。
出生前診断と一言でいうけれど、
その検査をするのには、色々な思いがあると思います。
その思いに良し悪しの判断ではないことをご理解して下さいね。
この検査をする人へのアンケートで、
診断に異常があった時に95%が中絶をする。
また、検査結果に関わらず産むと答えた人は、結局検査をしなかった。
という論文があります。
我が家でも、出生前診断を受けるのかという話があがりました。
私は結果がどうであれ産みたいという医師がありました。
ですが、夫は、高齢だから責任をもって育てられないと中絶を視野に入れていました。
その事では、話し合いを重ねました。
もともと、私は回数を重ねて夫に言われるとどうでもいいやと思ってしまう傾向がありました。
なので、このまま話し合いを繰り返したら、検査をしてしまう恐れを感じてました。
検査をするというのは、中絶をするかもしれないという事を容認した上での事。
それだけは、嫌でした。
このまま夫から逃げて出産してしまう。
夫と離婚する。
この選択肢がグルグルと頭の中をしていました。
また検査をして
障がいがあるということを知った上で、
出産するという選択を継続させる自信も
私にはありませんでした。
これはアンケート結果で言うところの
検査後に障がいがあるとわかっても出産する率の5%に
私がなる自信がなかった事になります。
そして、
『これで最後にしようとした治療でできたこの子を
中絶するようなことがあったら、私も後を追う。
この子ができる前だったら、二人きりの生活もありだと思っていたけど、
この子ができてしまった後では、二人きりの生活を思い描けない。』
そう話した後しばらくして
「検査をしてもしなくても、出産する事には変わりないのなら、
検査を受けるのは辞めよう。」
と夫が言ってくれました。
本当に死のうと思っていました。
その後しばらく、仮に流産などの悲しい事が起きても、
僕と共に生きてほしい
というようなことを夫から言われるほどで、
私自身メンタルが崩れかけていました。
早いうちに障がいがあると知って、
不安な中妊娠を経過させる事に意味を持ちませんでした。
だから、我が家では、出生前診断をしないという選択をしました。
特に妊活や高齢出産する人は、色々調べていることが多いモノだと思います。
体外授精の事
卵子提供の事
養子縁組、特別養子縁組の事
出生前診断、採血or羊水検査の事
障がい、ダウン症の事
あげればキリがない程、調べています。
(↑私は調べました。調べない人もいるかもしれませんが・・・)
夫婦で話し合って決めてきたことです。
命がけで決めてきたことです。
それらを、
『○○した方がいい』と簡単に口にしていいモノなのでしょうか?
(○○には、妊活とか体外授精とか、出生前診断とか上にあげた言葉が入ります)
自分の意志を押し付けていることにならないのでしょうか?
我が息子、青は、重度の心臓の奇形がありました。
それを出生前診断でわかっていたら?
検査をしても中絶をしない5%になっていたでしょうか?
繰り返し言いますが、
私は、出生前診断で異常があった時に、この5%になる自信がありませんでした。
だから、もし検査を受けていたら、
私は我が子を抱けなかった事になります。
励ましたかったとはいえ、
「出生前診断をした方が良かった」と言っていいモノなのでしょうか?





