雷鳴が轟く。こんな日は4年前の夏を思い出す。

二つ年下の祐のことを。

彼と出会ったのはもう15年以上前だ。友達の弟。それだけ 

けど祐の方は違った。一目ぼれしてたらしい。その当時私は友達の親友の彼女だったから 祐とは時々話すだけでそんな事を一つも感じずに居た。そのうち彼にも彼女が出来た。だから 時々会っては馬鹿な話をして 笑い転げて居心地のいい関係でいた。

と、私は思っていた。

4年前の夏の初め

10年想い続けた
と彼は言った。

それはどういうことだろう?彼女がいる彼の言う事が理解しきれないまま

お互いを意識するのに時間はかからなかった

一晩だけの綺麗な思い出

それだけ

雷鳴が轟く晩に

愛し合って喧嘩してずぶぬれになって迷って苦しんで傷つけあって

そして淡く消えた

後悔はしていない。幸せだった一瞬のまたたきの夏の恋

また夏が来る。

こんな雷鳴と土砂降りの雨の日は、二人で外で喧嘩してずぶぬれで泣いた事や
愛しい記憶と 甘い夏の恋を思い出させてくれる 





右翼が言うことをきかない。永遠に続きそうな痛みが体を縛る。


それ以上に。


目の前に親友が落ちる姿など見たくない。痛みより空から散る黒い羽の方が私の心を凍らせる。


だめだ、カタナ!!


私はお前を散らさない。まだ…まだっ







甲高く鳴く黒夜叉にひるみそうになる。黒夜叉…戦うことに僕は慣れていないけれど ライトを襲ったことを僕は許さない!


空高く舞い上がる黒夜叉の真横に重なるように素早く羽を広げる。ビルぎりぎりに飛び、僕に襲い掛かる瞬間翼を閉じて落ちる。ビルに当たる前に黒夜叉は爪を立てる。甲高い鳴き声が響くと黒夜叉は壁を蹴り方向を変えてこっちに向かってきた。だが速度は緩くなっている。早さなら…僕の方が上だ!!


電線をスラロームし斜めに下がる。後ろから追いかける黒夜叉に緩急をつけ、木の枝をかいくぐり羽が引っかかるかどうかぎりぎりを飛ぶ。僕の方が小さい分狭いところは有利に働く。


案の定、枝に引っかかり少しずつだが傷を負わせる。さっきから戦い飛び回った分、体力も消耗してきている・・・はずだった。


黒夜叉がボスの襲名である所以。それはやつらが聞きしに勝る力と無敗であること その非道さ 鬼神のように畏怖し恐れられる存在だからだ。


カタナは有利に見えて 遊ばれていたのだ。


低い枝をくぐる瞬間回りこまれてしまった。


「お遊びはここまでだ」低く嘶くと黒夜叉はその鍵爪でカタナの喉を狙った。


とっさに私はその間に入った。スローモーションをかけたかのように見えた。


やつの嘴がゆっくりと私の額に突き刺ささる、落ちていくカタナが見えた後


やつの嘴が斜めに切り裂いた


「カ カタナぁぁああ!!」ゆっくりと地面に打ち付けられるカタナの体が視界の端で揺れた

 
「邪魔をするなぁぁあああ」黒夜叉の地響きのような叫び

私は目を逸らさずに叫んだ
「黒夜叉ぁぁぁあああ!!!貴様の相手は この私のはずだ!!!!」


血が吹き出て流れるのが判る、しかし痛みは感じない

全身の血が何かが沸騰するような怒りで我を忘れた。

グゥオオオ!!!怒りと憎しみにかられるままに


私はやつの腹にがっちりと爪を食い込ませ左の翼をくわえ込み石畳にたたきつけた。



爪は生ぬるい血に染まっていた。



そのままやつは動かなくなった。









私は流れ出る血と疲れでふらふらとしたまま人も何も来そうに無いビルの一番上でぐったりとしていた。ここで今襲われたら 命は無い・・・帰りつく安全な巣は無くなった。ああ カタナ、カタナを探さないと。あいつも今襲われたら命が無い。


だが体が思うように動かない。眠い…このままもう…

視界が陽炎のように揺れる中、黒い塊が見えた。やばい…恐怖と忘れていた全身の痛みが体を縛り付ける。

威嚇の叫び声を上げるが声にならない。


くぅう!!


私は最後を覚悟した。  

世界が歪む、だらりと羽は伸び力が入らない。


たった一撃でいい。それだけは与えたい…このままで終わらせない…
次の日の朝、薄暗いさなか先代の「黒夜叉」が奇襲をかけてきた。うとうととしかけた矢先だった為私は奇襲に気付かなかった。ふいに近くで激しく羽が風を斬るような音がして、本能が先に爪が食い込む前に翼で打ち返した。


黒夜叉!!寝ぐらを襲うとは!私はこういった卑怯なやつが大嫌いだ。鴉の世界がどんなことをしても勝てばいいとしてもだ。


昨晩眠れなかった為か体が重い。ちぃ!ぎりぎりで体を翻し觜での攻撃をかわす。まだ日が出切っていないが飛ぶ。夜目のせいでぼんやりと視界がかすむ。この巣はもうダメだな…完全にやつに壊された。私は空中高く飛ぶと一瞥して人がビルとか呼ぶ石の塊に飛び、影に一時隠れた。とにかく日が出ないことには、戦うにしても不利だ。今日に限って空気が冷たい…おかげではっきりと目が覚めた。得意の空中戦には上空高く飛ぶことも長時間も戦うことも厳しい、風と寒さが体力を奪う。低空飛行し短期に勝敗をつけるのがいい…じりじりと昇らない日を待ちながらカタナと昔話し合った戦略を反芻した。そう…カタナが教えてくれなければ私はこんなに勝てただろうか?私の癖を識りつくしこの辺り一帯を知り尽くしたカタナの存在は何より私には大きい。


日の光が世界を染める。漆黒から藍へ青へ…じわりと太陽が向こう側から出始める。世界がはっきりと影と輪郭を持った。


石の塊を強く蹴り一気に空へ!風に乗り出来るだけはばたく回数を減らす。これで無音で飛ぶことが出来る。やつは…やつはどこだ!

ライト…今日は片をつける。最近の若いやつの中で逆らうのはおまえだけだ。さっきしくじったのは痛かったがそれでもお前は俺に勝てない。先にしかけてやる。先手を取って俺は負けたことが無い。確実に急所を狙い決める。まだ薄暗い今、この楠が俺を消すはずだ

ときおり鳩が哀しげに鳴く…。静かな公園には他に何もないかのように。だが…

一呼吸落ち着けるように深く吸う…息を殺すよりゆっくりと吸い、吐いた方がよりわかりづらいのだ。…黒夜叉それで隠れたつもりだろうがそれもお見通しだ。

地面すれすれから木の枝に垂直に上がる。やつの驚く顔が鼻先に見えたがやつはここいらのボス、簡単にやらしてくれはしない、軽く飛ぶと爪で私の翼をつかみざっくりと羽を引き抜いた。鋭い痛みが右翼を襲う、くぅぅう。觜をぎりりと鳴らし痛みに耐える。はぁっと息を吐き間髪入れずに回り込むと私も觜と爪で背中を襲う。激しく暴れる先代、振り払われバランスを崩す。その隙を逃さない先代、体へ觜の攻撃を掠める。

かろうじてかわし切り低空飛行しベンチと枝のぎりぎりを擦り抜けそこから垂直に広い空へ。ビルとビルとの間から出始めた日に向きを換え飛ぶ。先代はいきなりの眩しさに私を見失った。今まで暗やみに慣れた目にはかなりきついはずだ。この間を飛ぶのはさらに眩しさが増す事を私はカタナから教わっていた。


なんとか撒いてベンチの影に身を隠す。今の私に高く飛ぶのはきつい。近くで翼がはばたく音がした。やつか!?


そこには震えるカタナがいた。

「…カタナ」      カタナは答えなかった。そのままクルリと向きを変えて飛んだ先には


黒夜叉!!       

私はとっさに叫んだ。
「カタナ!よせ!」


力も経験も段違いに違いすぎる!!カタナがいくら策を講じられたとしても無理がありすぎる。私も飛んだが高さが出ない。ちぃぃ、動け!私の翼!
昼間、僕はいつものように空中へと飛んだ。考え事で頭がぐるぐるした。


ライトはまた喧嘩しているようだ。僕はあまりそういったことが好きじゃないから、僕への挑発をいつもライトが受けることになって、その様をはらはらしながら見ているだけだ。僕に力があったら…だけど、弱い僕は足手纏いになるし一対一の戦いに援護をしたらそれこそライトが迫害を受ける。それは絶対にしちゃいけない。


終わってから作戦や戦い方を考えていたことを話すくらいしか僕には出来ない。ライトはいつも頷いて聞いてくれる。ほんの少しでも役にたつならうれしい。


後は…ライトが好きな僕の疑問と夢。この間は空がどこまであるのかって話をした。ライトは飛べばいいって言ったけど、鴨達より高く飛んでいるのはへんてこな形の鳥でいつも空にいて答えてくれない。鴨ですら答えてくれるのに。世界は広いらしい、まだまだ僕達の知らない鳥達もいるようだ。鴨達は忙しなくてあまり教えてくれなかったけど、いろんな鳥…想像さえつかない。


ライトがへんてこな鳥を見てあれくらい飛べばいいのかもなって言ったけどどうだろう?そうかもしれないし違うかもしれない、けどあそこまで飛べない僕らにはわからない。「ああ そうかも」それが精一杯。 

ライトは僕の一番の親友だ。僕の考え方がへんてこでも聞いてくれる、考えてくれる、戦ってもくれる。だからいつも思う。『僕でいいのかな?』迷惑ばかりかけてる。何にも 何にもしてあげられない。それが悲しいんだ。どうしたら力が付くんだろう?一人でも頑張れるんだろう?いつも疑問ばっかりだ。ライトに嫌われたくない…どうしたらいいんだろう?このままでいいのかな?ライトには言ってないけど弱虫の僕はずっと ずっと悩んでいたんだ。


それで今日の昼間すずめ達が歌ってたのを聞いて。


『鴉は黒い 黒いよ、けど白いのも居る?白いカラスはカラスなの?探したことないから分からない』


僕は考えた。…けどいつもみたいに納得できそうになかった。例え白くても僕達みたいに鳴くなら、羽の数とか寝ぐらや食物が同じなら…カラスかな?けど鴉と鳩とすずめの違いは?大きさ?鳴き声の違い?色の違い?頭が痛くなりそうだった。


ライトが横にきてくれた


「白いカラスはいると思うか?」


意を決して聞いてみた。ライトは驚いて、けど答えてくれた。そうだよ、ライト。確かに鴉はみんな黒いけど色だけで区別は出来ないんだってことに僕は気づいたんだ。


白いカラス…もし探していないだけなら、僕が探しに行こう!ライトは付いてきてくれるかな?ダメかな?どうだろう…      

空が今にも泣きそうに悲しそうだった。重たい灰色の雲が僕の心の中みたいで嫌だった。ライトみたいに力があって強かったら…  

ライトにおやすみを言うと僕は寝ぐらに潜り込んだ。けどちっとも眠れなかった。雨が降りしきる。その様子を薄目で見ていた。僕もいつのまにか泣いていた。…何故泣いているのか分からないけど 何かが痛いんだ。          


次の日、ここいらのボスの黒夜叉がライトを襲った。生意気なライトを押さえればまだまだ縄張りは安全と踏んだのだろう、けどライトはいつもより動きが鈍い。…おかしい。


逃げるように黒夜叉から太陽に向け飛ぶ。僕が考えた戦い方だ。あれだと眩しくて捉えづらい。そしてライトの得意な急降下で身を潜められる場所に降りる。ライトの翼の所々が抜けている。痛々しい、もしこのままならヤラれる…


僕はやつを見つけると飛び立った、今は僕が戦う!


「カタナ!よせ!」ライトの声が背中越しに聞こえた。無理はわかってる、けど…ライト僕も戦えるんだ。
ついさっきだった。空が泣きだす前、若いやつが私に挑んできた。


何かを勘違いしているようだったが、挑んできたやつを拒めば後々やっかいなことが起こる。縄張りを奪われ他の奴らから迫害という末路だ。もちろん負けても同じこと。だが負けやしない。私にはここにいる理由がある。


「カタナ」


やつが帰ってくるまで私は負けられないのだ。   

私もやつも若かった頃。そう、まだ「黒夜叉」と呼ばれる前だ。血の気が多い私に比べてカタナのやつはいつも何かを考えていた。


「今日は何を考えてたんだ?」私はカタナが考えることを聞くのが好きだった。私が思いもつかないことを話しだす。この間は「空はどこまであるのか」とかだった。         

「飛べば分かるんじゃないのか?」私は安易に答えてしまうがカタナは首を横に振る。


「そうだけど飛び続けてもすぐ限界が来るだろう?特に上に飛んでも捉まるところが無いからさ」  冷静なカタナの目は澄み切った青い空を見つめていた。人とかいうのが作った灰色の石の固まりが地面からの世界を狭めはしていたが、それでも空はある程度飛べば広がる。


ふぅむ。私は同じように空を見上げた。何か飛ぶものが一本の筋を引いていた。 「あれより高く飛べばいいのかもな」私が言うとカタナはふっと笑って「ああ そうかも」と言った。 私はカタナが好きだった。私と違う何かをたくさん持っていたからだ。    

今日は何かがいつもと違う、と感じた。思い更け方が何か違う。    「…」黙って横にいる。カタナも黙っていたがぽつりと

「白いカラスはいると思うか?」

「えっ?」


白いカラスって…あっけに取られた。鴉は黒い、内側の羽は白っぽいグレーだが。時々陽に焼けて茶色いやつもいるが。

それとは違うらしい。真っ白なカラス。      

「…見たことは無いな。鴉ってのは大体全部が黒いから鴉なんじゃないのか?」私は見てきたものをまた安易に答えていた。カタナはいつものように首を横に振る。
「僕も見たことは無い。けどさ例えば…鳩。鳩だって白いやつや灰色だったりするのがいるけどやっぱり鳩じゃないか!」

カタナの何だか得体の知れない力に押されそうだった。確かに、色で区別されないな…しかし鴉って何だってことにならないか?
「そうなんだ分からなくなったんだ。僕達は鴉、だけど黒いからなのか?飛ぶからなのか?さっきすずめのやつらが言ったのを聞いていて分からなくなった。ただすずめのやつらや鳩より大きいそれだけ、なんだろうか?白いカラスがいるならこの目で確かめたい…」カタナは随分と思い詰めていた。


「カタナ、思い詰めすぎだよ何を言ったか知らないが所詮すずめの戯言だ」  その時背後で聞こえた。

『カラスは黒ばかり、白いのが居てもカラスかな?ちちち白いのを探したやつなんていないよ』

「黙れ!すずめども!」私は一括した。すずめ達は散々に飛んでいった。ふぅっと息を一吐きしてカタナの横にきた。「考えてもこの辺り一帯の鴉はみな黒いんだ…そうだろう?」こんなことを言ってもカタナは絶対に納得などしないだろう、しかし、どうにも言うことが無かった。     

夕暮れが夜を纏い始めた。そここに太陽のように眩しい明かりがつき始める。夜目の私たちには有り難いが今日は巣に帰ろう…カタナの思い詰めた顔が今でもはっきり浮かぶ。私は無力だ…親友の悩みに答えてやれない。力だけならな…カタナを巣まで送った後も考え続けた。しかし何も浮かばなかった。鴉ってなんだ?親友の言葉が頭をよぎる。なんだろうな…わからんよ私には。ぽつりと空が泣きだした、私はこの間のように空を見上げた。程なくして雨が全身を濡らした。ぶるりと身震いして水滴を弾くと巣へと飛んだ。その晩私は眠れなかった。カタナのこと いろいろが頭を巡っていた。