デスホリ(DEATH TAKES A HOLIDAY)のオフ・ブロードウェイ版の楽曲をいくつか聴いてみました。


おーい、生田くーん

歌詞違うやんけー!

英語が聞き取れた範囲しかわからんけどw


色々と考察したこと(ひとつ前の記事参照)が覆されたわ😅


「愛は死よりも強い(Love is stronger than Death)」ってセリフも、死神じゃなくてグラツィアが言ってるし。

ラストシーン直前の死神に付いていくいかない問答も、ヅカ版グラツィアは浮世離れした夢子なままだけど、OBW版はまるで喧嘩してるみたいな勢い。


てか、OBW版のグラツィア、ヅカ版より更にぶっ飛んでませんか。

暴走する車で「make me feel alive!」って嬉しそうに叫んでるし、危機的状況じゃないと生の実感が無いのかもね、このお嬢様は。


そうそう、死神と共に行くことを選ぶグラツィアに対して、兄の戦死に嘆く両親を知っていながら何故自らも?親のこと考えなかったの?という感想を見かけたけど。

彼女には、思春期に大量の死(戦争疫病による死)の衝撃を受けたことによって、死生観の歪みがあるのかもしれないなーと思ったりしてました。


そんな危ういところが“人を知りたい”死神の琴線に触れたのか…

事故の時に彼女の命を助けた=連れて行くのを保留したのは、その容姿に惹かれたわけじゃないもんね(トート閣下との決定的違いw)

死を愛する素質?可能性?を感じたゆえか。


もし同じ素質を持って事故にあった人が男性だったら、死神は女性の姿だったのかもね。

いや、もう男女で分けて語るのも違う気がする。天使は両性具有だし…


ま、ファンタジーだし、あまり考察しすぎても正解は無い。

そもそも和訳も違ったしな😅


るおりあくん(瑠皇りあ)とこありちゃん(菜々野あり)が演じた屋敷の使用人の名前が、フェリシオとトリステーサ。

イタリア語はあまり詳しくないけど、同じラテン語から派生したスペイン語だとfelicidad(フェリシダッド)は「幸せ」でtristeza(トリステサ)は「悲しみ」です。


色んな年代の色んな立場の人々から見た「幸せと悲しみのお話」ということですかね(適当w)



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れいこちゃん(月城かなと)が「とても難しい作品」と言っていた「DEATH TAKES A HOLIDAY」


楽曲が難しいというだけではなく(それも大きな理由だろうけど)、ストーリーとして色んな解釈が出来るからではないかと。

れいこちゃんて理論的に芝居を組み立てていくタイプだから(「エリザベート」のナウオンとかで言っていたよね)

ファンタジーという色んな解釈が出来る作品は、役の切り取り方やリアルさをどこまで表すかが難しかったのかな、と思いました。



というのも、私は観る度に解釈が変わったんですよね。


ラストシーンも、初見では「結局グラツィアを連れてっちゃうのかよー」と思いましたが、実は「グラツィアが無理やり付いて行った」が正しいよね。押しかけ女房www


そう思って見直すと、婚約したばかりなのに不自然なまでにサーキ(死神)に惹かれるグラツィアに違和感。タカラヅカ的ロジックなら「一目惚れ」で強引に納得させられることもあるけど、この作品は海外ものだし。

やっぱりグラツィアは既に自動車事故で死んでいて、己のあるべき場所=死神の近く、ということを本能的に感じているからなのか…とも解釈できる。


事故後にグラツィアが無傷で見つかった時の「そうだ思い出した私たちは…」という歌詞も、まるでその場の全員が同時に記憶喪失になっていたような不可思議さ。

そしてまた冒頭の「ヴェネツィアから我が家まで」という歌詞に戻る…時間軸が巻き戻ったかのように。

疲労困憊の死神が職務放棄したせいで狂った時間。



他にも、不可思議に感じるセリフとしては「命令違反で取ったこの休暇が、どう終わるべきか考えている」というサーキの言葉。どう終わらせる、ではないのは何故。

単にグラツィアを連れて行く云々だけじゃなく、死神自身の行く末も含まれているような…

その後、グラツィアを置いていく決心をした時の歌には「滅びてもかまわない」とあるから、命令違反のうえにグラツィアの命を見逃すと重い処罰があるのかも?

死神さんにはどうやら上司がいるっぽいし。消滅させられちゃうとか、神から降格させられちゃうとか…



ラストシーンでは、純白を纏った死神が「真実だとわかったんだ、愛は死よりも強いということが」と言う。

「真実“が”わかった」ではなく「真実“だと”わかった」なんですよね。

死神は以前から「愛は死よりも強い」と誰かから(誰?上司?)聞かされていたけど、とうてい信じられずにいた。

だけど、グラツィアの行動でわかったから姿が白く変わったのかな、と。

怖がられるから怖い姿をしてたけど、そうじゃないって死神本人が気付いた、みたいな。


あるいは、死神の姿は観念的なもので、人によって見た目が違うということも考えられる。

1幕で死神が公爵の前に現れた時、最初から「死神か」と言ってたんですよね。怪物とか悪魔とかでは無く。

死神って西洋のイラストだと黒いローブ着てフードかぶって大鎌を持ってるイメージだと思うんですが、かなり違いましたよね。

それは、公爵が考える死神の姿があのままだったと考えれば納得できるし、逆にグラツィアからは「きれいな翼の死神」は最初から真っ白に見えていたのかもしれないな。



とまあ、そんなこんなで千秋楽過ぎてもぐるぐる考えてますが。

それもこれも、歌詞やセリフをストレス無く聞き取れる出演者の滑舌の良さ、そしてシアターオーブの音響の良さのおかげでもあります。2階後方でも1階端っこでもクリアな音響で素晴らしかった。


そして、れいこちゃんファンとしては、1作品でこんなにたくさんの姿が観られて本当に贅沢でした。

カッコイイ、キモい、怖い、切ない、麗しい。スキップしたりベッドでぴょんぴょん飛ぶのは可愛いし、壮大な曲を歌い上げるのは神々しかった。

さらに、りりちゃん(白河りり)とのデュエットとタップダンスとキス。新鮮でめちゃくちゃ楽しかったです。


また忘れられない作品が出来ました😆




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月組「DEATH TAKES A HOLIDAY」千秋楽おめでとうございましたー!


この座組で観られて良かった。


否、あえて言わせてもらえば「タカラヅカのことなんて何も知らずに観たかったー!!」


外部と違って、作品に合う容姿や技術のみでは選抜出来ないことが多いタカラヅカ。だけど学年とかスター路線とか、何も知らずに観たかったなぁ。

パパ役やエヴァンジェリーナおばあさま役の人が、実はグラツィア役の人より学年下とか、ね。


あと、タカラヅカに関連する過去作品も知らなければ良かった。

知ってるからどうしても気になっちゃうデジャヴ感😅



世界観が似てる「ファントム」「エリザベート」もだけど…


・車暴走で事故るアメリカ人→グレート・ギャツビー

・カジノで負けるロシア貴族→カジノ・ロワイヤル

・デイジー→ギャツビー

・旅に出よう→うたかたの恋

・さちかさん(白雪さち花)に娘との恋を阻まれるれいこちゃん(月城かなと)→ギャツビー

・うみちゃん(海乃美月)の出奔を止めるおはねちゃん(きよら羽龍)→ギャツビー


ギャツビー多いなw

時代(1920年代)も同じだしね。


サーキ王子の部屋にある窓枠→カーテンが開く…は、あえての「エリザベート」演出の真似だとは思う。

れいこちゃんシシィかよ(笑)



千秋楽にして色んな考察も頭ぐるぐるしてるので余裕あれば書くかも。




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