人は手の届かないものと思っているものが手に入らなくても何も思わないが、手の届きそうなものが手にはいらないと不幸を感じる。
タイプの芸能人が芸能人と結婚しても何も感じないが、相手が一般人だとしたら、さらに同じ会社の人だったりしたら悔しかったりする。
誰かが宝くじで3億円あてても悔しくないが、その当たりがいつも買っている売り場で出たら悔しい。
また、人は、持っていないことよりも、一度手に入れたものが離れてしまうことに痛みを感じる。
一般的に、手の届きそうなもの、届いたものが増えるほどに、人は不幸になりやすくなる。
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ナンパは、手の届かないものを減らす手法である。
路上ですれ違う美人やブスかわと交わる可能性なんて考えていなかった頃、街歩きはのどかで平和であった。
タイプな人、セクシーな人とすれ違っても、目の保養になった!と思うくらい。
しかし、ナンパを知ることでパンドラの箱を開かれてしまう。
我々は、ただ道ですれ違っただけの人とその日のうちに寝ること、付き合うことができるという事実を知ってしまう。
そして知ることで、街歩きは平和ではなくなる。
常に自分が試されているかのような緊張状態を強いられる。
素敵な人とすれ違って何もできなかったことで、軽く自分を責めてしまうようになる。
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可能性を開くということは幸せと不幸の振れ幅を両方広げることだ。
パンドラの箱は一度開かれると不可逆な世界に放り込まれる。
知らなければよかったという想いもなくはない。
ナンパは人を幸せにするツールにもなるが、バランスとメリハリをもって自己目的化しない形で付き合わないと不幸にもさせると感じる。
だから、少なくともナンパは誰にでも手放しに奨めない。