4月17日、ガブリエル・ホセ・ガルシア=マルケス氏が87歳で亡くなられた。
ガルシア=マルケスに熱病のように浮かされた時期があった。
二十歳になった頃、最初に読んだのは『百年の孤独』だった。驚愕の挿話が洪水のように押し寄せる巨大な物語は、紛れもない虚構でありながら、圧倒的な実在感でそれまでの小説体験を爽快に吹き飛ばすものだった。
たとえば、ニカノール神父はチョコレートを飲んでは12センチばかり空中浮揚をしてみせ、それを繰り返して教会建設の募金をせっせと集める。ピストル自殺したホセ・アルカディアの血は一筋の流れとなってドアの下から広間を横切り、通りへあふれて階段を上り下りし、右へ左に曲がって手すりをはいあがり、トルコ人街を駆け抜けて生家の正面で直角に向きを変え、扉の下をくぐって敷物を汚さないように壁際を進み、遂には母ウルスラのいる台所に現れる。
読み始めたその瞬間からマルケスは絶対的だった。
葛藤も、倫理も、幻想さえもマルケスの小説の前では「世界の或る断片」に思えた。マルケスだけが「世界まるごと」を物語として語り尽くす特権的な作家に思えた。フィクションにしたたか打ちのめされる快楽を貪るようにマルケスの小説を読みあさった。
―日曜日に初めてあの男を見かけたのだが、金糸の縫い返しの入ったズボン吊りをし、十本の指に色とりどりの石のついた指輪をはめ、体じゅうに鈴をぶら下げているその姿を見て、ぼくは闘牛場の騾馬を思い浮かべた。(木村榮一訳 ちくま文庫『エレンディラ』より)
短編『奇跡の行商人、善人のブラカマン』の書き出しの一節だ。寓意も隠喩も遠近法もない。ジャストフォーカスで描かれる事象そのものが何より雄弁なマルケスの文体は、いつもすばらしく明晰で、かつ魔術的だ。マルケスはこの文体で、眩いほどに強烈な光にあふれた極彩色の真昼の夢を無数に描き、生と死と喜びと悲しみを測り知れないほどの深さで教えてくれた。
氏の作品と出会えたことに、心から感謝している。