政治とメタルと網膜剥離 -58ページ目

「原発震災」を警告し続けた研究者 -石橋克彦氏の主張①-

今日の毎日新聞に、地震学が専門で、長年地震により原発事故が引き起こされる「原発震災」の危険性を主張し続けていた石橋克彦神戸大名誉教授の記事が掲載されていた。


レベル7の「原発震災」 予想された「想定外」 科学技術過信の果て

(以下引用)

「地震に伴う原発事故と通常の震災が複合する「原発震災」を97年から警告し続け、07年の新潟県中越沖地震で東電柏崎刈羽原発が被災してからは、「原発震災の危険性が一層高まった」と指摘していた。しかし、その主張は聞き入れられず、「原子力村」の住人らが「仮想事故」と呼んでいた事態は「現実」となってしまった。

「私は『反原発』の立場から、この問題を考え始めたわけじゃないんですよ」。神戸市に石橋氏を訪ねると、意外な答えが返ってきた阪神大震災で、やはり「起きることはない」とされてきた高速道路の倒壊などが現実のものとなり、耐震工学の安全神話が崩れたにもかかわらず、国の原子力安全委員会は「国内の原発の耐震安全性は損なわれない」とした。「原子力関係者は地震への危機感がなさ過ぎるのではないか」。素朴な疑問がわいた。

 「少し調べたら、あまりにいいかげんで驚きました。調べるほどに心配の種が増える。地震学の専門家として積極的に情報発信すべきだと思って発言したが原発至上主義の時代にあっては、『反原発』のレッテルを貼られただけ。ほとんどの地震学者は無関心を装い、日本列島に原発を造ることには口をつぐむ。最近1年ほどは正直、徒労感があった。でも、可能性があることは、いずれ必ず起きる。こんなにも早く現実になるとは痛恨の極みです」。石橋氏は無念そうに語る。」(引用終わり)


石橋氏は昨日今日このようなことを主張し始めた訳ではない。既に14年前には原発による大震災(原発震災)を以下のように警告している。


石橋克彦氏ホームページ内 「石橋克彦 私の考え」 より

「原発震災-破滅を避けるために」『科学』(岩波書店) Vol.67, No.10 (1997年10月号)

(以下引用)

「原発にとって大地震が恐ろしいのは、強烈な地摂動による個別的な損傷もさることながら、平常時の事故と違って、無数の故障の可能性のいくつもが同時多発することだろう。とくに、ある事故とそのパックアップ機能の事故の同時発生、たとえば外部電源が止まり、ディーゼル発電機が動かず、バッテリーも機能しないというような事態がおこりかねない。したがって想定外の対処を迫られるが、運転員も大地震で身体的・精神的影響を受けているだろうから、対処しきれなくて一挙に大事故に発展する恐れが強い。このことは、最悪の地震でなくてもあてはまることである。


建築技術者が強調する原子炉建屋の耐震性の高さはあまり意味がない。いちばんの問題は、配管・弁・ポンプ類や原子炉そのもの、制御棒とECCSなどだろう。耐震設計の違いによる原子炉建屋とタービン建屋の揺れ方の遣いが配管におよぽす影響、地盤の変形・破壊や津波(低くても)が運ぶ砂によって海水の取水・放水ができなくなる恐れなども無視できない。

原子炉が自動停止するというが、制御俸を下から押し込むBWRでは大地震時に挿入できないかもしれず、もし蒸気圧が上がって冷却水の気泡がつぶれたりすれば、核暴走がおこる。そこは切り抜けても、冷却水が失われる多くの可能性があり(事故の実績は多い)、炉心溶融が生ずる恐れは強い。そうなると、さらに水蒸気爆発や水素爆発がおこって絡納容器や原子炉建屋が破壊される。」


石橋氏は主に静岡の浜岡原発や一部高浜原発等若狭湾に集中する原発を念頭に論じているが、今回福島第一原発では、ほとんど主張通りの事故が発生してしまった。私もこの毎日新聞の記事を読むまでこのような方がいたことすら知らなかった。無知を恥じたい。


地震列島である日本において、まだ多くの原発が稼動している。特に石橋氏が懸念していたのが、活断層の上に位置するという静岡の浜岡原発である。


これについては再度石橋氏の主張を引用しながら次回述べたい。