政治とメタルと網膜剥離 -56ページ目

「原発震災」を警告し続けた研究者  石橋克彦氏の主張③

前々回から紹介している石橋克彦氏は、民主党政権発足時に、浜岡原発停止を求め以下のような提言をしていた。以下、有田芳生参議院議員の4月14日付のブログから引用する。


石橋克彦「『原発震災』回避が新政権の世界に対する責任」(09年)


有田氏のブログでは、石橋氏が危機管理都市推進議員連盟で講演した際のレジュメも掲載されている。


2011/04/13福島第一原発の審査結果(1966年)には驚くばかりだ


レジュメのタイトルは『「福島原発震災」後の日本の原子力発電所を考える』となっている。ぜひ全文お読みいただきたいが、特に気になった部分を引用する。

(以下引用)

3.福島原発震災とは: 地震列島の海岸線に50基以上の大型発電用原子炉を建て並べるという大自然への無謀な挑戦をした日本人が、当然の帰結として、その戦いに敗れたという、歴史的事件だと受け止めている。1945年の敗戦に匹敵すると私【一人の地震研究者】は考える。


(中略)

7.「原発と地震」問題の要点:

(1)原発の安全性は、莫大な放射能を内蔵するから、ほかの施設よりも格段に高くなければならない。

(2)ところが原発はまだ完成された技術ではない。

(3)いっぽう、地震というものは、最大級になると本当に恐ろしい。

(4)しかし人間の地震現象に関する理解はまだ極めて不十分で、予測できないことが沢山ある。

(引用終わり)


1945年の敗戦と今回の事故を比べるのはオーバーではないか、との感想を持たれる方もいると思うが、最初に基本政策を誤り(日韓併合~対華21ヶ条要求)、修正のポイントがいくつもあったのにも関わらずミスを重ね(満州事変、宇垣内閣流産、第一次近衛声明「帝国政府は爾後国民政府を相手にせず」など)最終的に破局を迎えた、という点では共通していると思う。


恐ろしいのは、福島の事故後も、また地震の危険が迫っているとのいうのに原発が動き続けていることである。本日(23日)も、以下のような記事が見られた。


関東にひずみ蓄積、余震長引く可能性 東大地震研 (日本経済新聞)

【地震】東京一極集中は好ましくない……石原都知事(RBBTODAY)


日経の記事には「静岡県東部から神奈川県西部、茨城県南西部から千葉県銚子市にかけたそれぞれの地域で特にひずみが蓄積」とある。

また石原都知事は、「首都の機能はいい形で分散されるのは好ましい」、「証券市場を大阪に移すことも考えられる」と発言したという。

これまで首都機能移転に強硬に反対し続けた姿勢とは正反対だが、その背景には以下のようなレクチャーがあった。

(以下引用)

「一方、地震と東京都の防災に関係し、東京大学地震研究所の平田教授にレクチャーを受けたことも明らかにした。「プレートの説明を長々と受けたが、体感はしないが10分に1度地震は起こっていると。それがさらに頻度を増してる。体感の地震がこれだけ頻繁に起こっているということは、非常にやっかいな状況が到来している。東京直下型地震の可能性が従来よりも高くなったと認識して備えをしたほうがいいということでした」

(引用終わり)


福島第一原発の事故については最近小康状態が続いているかのように見える。しかし冷却は綱渡りの状況が続いており、人為的ミスや大規模な余震があればどのような事態になるか分からない。また、他の地方で地震が誘発されれば、その地方にある原発の事故をも誘発する。その中でも特に危険とされているのが浜岡原発である。

最悪、石橋氏が主張するように「首都の喪失」を招く。しかし、地元静岡県では、停止を求める声は以下の記事のように少数派に過ぎない。

浜岡原発停止求める声も 県市長会で中電が安全対策を説明(中日新聞)

(以下引用)

「取りあえず浜岡原発は止めるべきだ」との文言を案に入れると主張する三上市長(湖西市)に対し、計画停電の影響を受けた県東部の市長からは、電力の安定供給の必要性を求める意見も出され結局、見送られた。

(引用終わり)

自分の都合や目先のことに捉われて大局を誤った結果が、先の大戦であった。同じことを繰り返そうとしているのは国民性なのだろうか?だとすれば我々は滅びるべくして滅びるのだろうか?

浜岡を停止したとしても、今の東電のように死ぬ気でやれば相当の代替電源を確保することができる。また、安全面で手を抜いていたからこそ原発の経済性は成り立っていたのであり、危険性を踏まえればLNG発電が原発に著しく劣ることもないのではないか。


浜岡は止めるべきである。危険な原発は可及的速やかに止めるべきである。



※ご賛同いただける方はご自由に拡散、引用して下さい。事前の通知などは不要です。よろしくお願いいたします。