政治とメタルと網膜剥離 -50ページ目

福島原発事故が人災との考えを示した東京電力副社長

30日夜、福島県飯舘村を訪れた東京電力鼓紀男副社長が、福島原発事故について個人的な見解として人災と思っている部分もある、と述べた。


東日本大震災:福島第1原発事故 東電副社長、飯舘で謝罪 住民怒号、長期的な補償を(毎日新聞)

(以下引用)

「人災ではないのか」との問いに、鼓副社長は「個人的な感覚ではそう思っている部分もあるが、政府などの調査の見解を待ちたい」と述べるにとどめた。

(引用終わり)


この発言は、例えばNHKでは「個人的には人災と思う」とより強い表現になっているが、この毎日の記事が一番実態に近いように思う。ただ、それでも東電の代表権を持ち、原発を所管する幹部が、個人的見解とはいえ人災であることを認めたのは非常に大きい意味がある。


鼓副社長の略歴を以下に記す(東京電力平成21年度有価証券報告書及び平成15年役員人事プレスより)。

(太字は原発関係部署)

昭和44年 3月 早稲田大学法学部卒業
   44年 4月 東京電力株式会社入社
   63年 7月 同社総務部総務課長
平成3年 7月 総務部副部長兼総務課長
   5年 7月 秘書部副部長
   6年 7月 秘書部副部長兼秘書課長
7年 7月 秘書部副部長
8年7月 原子力計画部(部長待遇)動力炉・核燃料開発事業団出向
9年7月 原子力計画部動力炉・核燃料開発事業団出向(部長)
10年 7月 秘書部(部長)
10年 8月 秘書部長
14年 6月 理事立地地域本部立地部長兼環境部

15年 6月 当社取締役立地地域本部副本部長
16年 6月 当社常務取締役原子力・立地本部副本部長
18年 6月 当社常務取締役
18年 12月 当社常務取締役原子力・立地本部副本部長
19年 6月 当社取締役副社長原子力・立地本部副本部長(現職)


総務・秘書系が長い典型的な事務系エリートだが、途中平成8年から10年にかけて原燃へ出向している。昭和63年以前の経歴までは分からなかったが、原燃出向がこの事務屋を原子力に結びつけた可能性はある。


また鼓副社長が始めて原発部署の幹部となったのは、平成14年6月(理事立地地域本部立地部長)であるが、8月には東電の原子力発電所の点検・補修作業において不適切な取り扱いがあったことが公表され、10月後には1号機の原子炉格納容器漏洩率試験における不正にについて報告書が経済産業省へ提出され、合わせて1号機の1年間の運転停止処分を受けた。


その後の経歴を見ても、処分どころか昇進している。これは推測であるが、当時の東電経営陣が原子力部門に危惧を抱き、事務系のエースである彼を送り込んで建て直しを図った、という人事だったのではないだろうか。


その後、勝俣現会長が社長を退く際には後任の社長候補として名前があがったが、恐らく不祥事が相次いでいた原子力を所管していたことから昇任できなかったと思われる。


だからといって彼が免責される理由にはならないが、福島原発事故が人災であることを僅かでも認めた背景には、彼自身本来は原子力村の「村民」ではなかったという意識と、自社原子力組織の問題点を把握していたことがあるのではないか。


技術に通じない事務屋が、タコツボ利権集団と化した技術屋集団に切り込むのは非常に困難だと思う。当初は何らかの改革を志したのかもしれないが、むしろ隠されていた不祥事が露呈され続けてその対処に追われる中で柏崎の事故もあってなんら成果をあげ得ず、今回の事態に至った。その責任は重大である。


今回の「人災」発言は、今後東電の責任を問う上で重大な意味を持つ可能性がある。鼓副社長は今回の被害の甚大さと日本の将来への影響を踏まえ、社内外の利権集団からも非難を受けることを覚悟で、自身の良心に従い、真実を述べてほしい。