政治とメタルと網膜剥離 -48ページ目

東電の発送電分離を求める産業界         打てる手を打たず国民に犠牲を強いる東電の怠慢

今日の日経に、東電の発送電事業の分離に踏み込んだ記事が掲載されていた。日経としては東電の利権構造に切り込んだ良い記事だと思ったが、ネット版では一旦掲載された後、何らかの事情で削除されている(5/4 23:46現在)。


記事の主旨は以下のようなものである。

標題「発送電 分離求める産業界」「東電再編巡り思惑交錯」「電力10社は現体制固執」


(以下要約)

・電力会社の発電事業と送電事業を分離すべき。理由は分散型電源の普及推進

・日本は電力自由化が実施され、電力会社でなくとも売電事業は可能になっているが、電力会社へ支払いやペナルティー条件などが厳しく、あまり普及していない。

・多くの工場等で自家発電装置が稼動しているが、上記のように売電事業のハードルが高いため、自家消費(=余剰電力の放棄)に限定されているケースがほとんど

・東電はこの期に及んでも、一般事業者(工場等)に対して、夏場に向けての余剰電力の買取要請をほとんどしていない。これは、東電が「異業種からの電力購入は最小限に抑える」方針であるため。

・東電がこの非常時になお「自前主義」にこだわる理由は、現在の地域独占体制の見直し議論が出ることを警戒しているため

・欧米では発送電分離が進んでおり、日本でも2000年以降の自由化論議の中で、国際的にみて高い水準の電力料金を引き下げるためには競争促進が必要との考えから発送電分離が提唱されたが、東電等の反対で見送られた。
(要約終わり)



このなかで特筆すべきは、東電が夏場の電力需給逼迫への対策として当然行なうべき一般事業者の余剰電力買取養成を行なっていない、という点である。しかも、その理由が地域独占体制の維持のため、である。



ここで疑惑が生じる。東電は夏場の電力危機を煽っているが、実は一般事業者からの余剰電力の買取で十分補えるのではないか、そのことを隠して事業者や国民に節電を強いていることで体制維持を図っているのではないか、という疑惑である。



さすが日経の記者だけあって、あからさまにそのような表現はしていない。しかし、記事の文脈からは確実にその疑惑が読み取れる。



これまで電力の安定供給のため、と称して電力会社は地域独占に固執し続けてきた。しかし、特に東電にはもはや安定供給の力がない。体制維持の大義名分を失った以上、発送電分離は必然である。



しかし、この期に及んで、一般企業や国民を犠牲にしてまで体制を維持しようという東電の姿勢は妄執と言わざるを得ない。この姿勢を改めないままで福島原発事故の補償費用に国費を投入することは、日本全体のモラルハザードに直結し、亡国につながる。


補償費用に国費を投入するのであれば、以下の施策実施は必要条件である。

・発送電の完全なる分離による電力自由化

・福島第一原発の国有化

・歴代の東電経営者及び原子力行政関係者の責任・賠償責任追及

・発送電及び原発に分割される現東電社員の特権的待遇を、少なくとも一般企業並みとする


ご存知の方も多いと思うが、高効率なLNG発電機を導入する資力があれば、イニシャルコストの回収を含めても東電から買うよりはるかに安価な電力が調達できる。多くの大手事業所が自家発電装置を保有しているのはそのためである。



ではなぜ東電の電気は高いのか?それは地域独占に胡坐をかいた非効率な組織、不必要な高待遇、そして金食い虫の原発の存在があるからではないか?



もし福島原発事故を機に東電分割が実現できれば、むしろ従前より電力コストが安価になるかもしれない。「電力自由化特区」の出現である。これは安眠をむさぼりたい東電以外の電力会社にとっても悪夢のシナリオなのだろう。