サンマ作ってカツオを育てる!? -36ページ目

サンマ作ってカツオを育てる!?

【発育発達アドバイザー】
▪️マエムキ療育を発信▪️福岡在住アラ還2児の母
▪️裸足歩きでリフレッシュ
▪️人の生活・食・環境の専門家

 「うずまき鬼」「十字鬼」や「靴とり」「ひまわり」「Sケン」「中外」といった、地
面に線を描いて空間を囲んで遊ぶ集団伝承遊びを見ていると、線で固まれた所を動き回るということ一つで、遊びが生まれるのだ、ということがよく分かる。そしてその動きを制限された中での動きの美しさは、制限を加えられたことに挑、戦することによって生まれる美しさといえる。
  
 「絵で一番美しいのは額縁である」とは、誰かの言葉だが、すべてのものは制限を加えることによって初めて、美意識に訴えるものとなる。空や海や山々といった雄大なものも、視野とアングルの中で初めて美しさに訴えるものとなる。
いらないものを削り、余分なものを削除し、必要最小限で表現することこそが、美を生むのだ。
 
 それと同じように、線で固まれた集団伝承遊びは、きないが、大人が伝承すべきものとして、すばらしいども自身では考えつくことすらでどもへの贈り物といえる。その囲子どもの美意識に訴えるものとなる。しかもその囲む範囲が小さいだ
けに、特に鬼になった子は、線に沿って動くということに慣れない間は、非効率的でぶざまな動きを繰り返すが、一旦線に沿って動くことに慣れると、もはや線を見ないでも、動くことができるようになり、正に芸術的な動きとなる。身体がその動きを覚えるのだ。
 
 この意味で、線で囲んだ集団伝承遊びは、瞬時の判断における敏捷性や柔軟性といった動きの美しさを育てるという、最も大切な身体能力を幼児期に知らず知らずに育てていると思う。
 
 あらゆるものに適度な制限を加えることによって、あらゆるものが遊びとなるという原理を知るならば、保護者や教師の役割は、普段の幼児の動きにどのような制限を加えてやるか、という創意工夫にあるだろう。「制限の中での動き」をどのように遊びにまで昇華させるかが、幼児期の大きな課題といえる。

ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~


集団伝承遊びの知的発達

もっと集団伝承遊びを

順番で悪者になるには(2)

実感の訓練としての集団伝承遊び

弱さへの勇気を

柔軟性と巧緻性と敏捷性を

耐性を育てる

遊び  約束ごとの世界

やりとりを楽しむ

人生からのチャレンジ

ゆったりと流れる時間を

負けても立ち向かう勇気

実際に見てもらうのが一番

人権同和教育にジャンケンを

集団伝承遊びの復活を

うどんつるつるの遊び方

遊び・遊び・遊び

遊びこむときと場の必要性

なが馬の思い出

地面に線を描く遊びを

繰り返し伝えてこそ

ルールを変える

 
 現在テレビやテレビゲームが子どもに及ぼすさまざまな悪影響について述べられているが、その一つに、生身の身体での経験の乏しさが挙げられる。「バーチャル体験」と言われる架空の体験や、テレビ番組のキャラクターへの興味が大きくなる一方で、「痛み」を伴わない「虚構の世界」や「他人事」のようなゲlム感覚だけが成長していく。

 そして実際にヒーローごっこをしてみれば、手があたって痛かったり、手加減なしで戦うため、相手に怪我をさせてあわてたりして、ようやく現実の生身の身体であることに互いが気付くようになるのだ。だから、いわば生身の経験の薄い今の子どもたちにとって、ヒーローごっこからけんかになったりすることは、必然であり、これをけんかは悪いこととして止めたり、けがを心配して仲裁に入ったりすることは、せっかくの生身の「痛み」を経験する貴重な機会を逃すだけだ。
 
 かつて平田オリザ氏が「おそらく人は、体をぶつけ合うような遊びによって、傷ついたり、他人を傷つけたりを繰り返しながら、・:他人への最低限の思いやりを自然に学んできたはずなのだ」と言っておられたのは、本当だと思う。

 必要なのは、「傷ついたり、自分の気持ちが伝わらなかったりという負の経験」だと思う。その意味で、集団伝承遊びは、限られた範囲の中でなんども引っ張り合いをしたり、押し合ったり、相手を線の外へひきずったり、ということを遊びの中で普通に体験させる。また、鬼に身体を触られたら、負けという、最も生身の身体感覚をとぎすますのにふさわしい遊びもある。

 そしてこれらの生身の身体感覚こそが、今子どもの成長に最も必要不可欠なものなのだ。その上、線を出た、出ない、服に触れた、触れない、ケンケンをした、しない、など、自分の気持ちが伝わらないという体験もさせてくれる。その繰り返しが耐性を育てるのだと思う。保育の場は、映像メディアの影響をある程度遮断する場と言える。そしてこのような場だからこそ、「生身の身体経験としての遊び」が必要なのだ。
 
ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~

集団伝承遊びの知的発達

制限の中での動き

もっと集団伝承遊びを

順番で悪者になるには(2)

実感の訓練としての集団伝承遊び

弱さへの勇気を

柔軟性と巧緻性と敏捷性を

耐性を育てる

遊び  約束ごとの世界

やりとりを楽しむ

人生からのチャレンジ

ゆったりと流れる時間を

負けても立ち向かう勇気

実際に見てもらうのが一番

人権同和教育にジャンケンを

集団伝承遊びの復活を

うどんつるつるの遊び方

遊び・遊び・遊び

遊びこむときと場の必要性

なが馬の思い出

地面に線を描く遊びを

繰り返し伝えてこそ

ルールを変える


 線で一定の囲いをして遊んだ集団伝承遊びが子どもたちの聞から消えて久しいが、なぜ 集団伝承遊びが大切なのだろうか。

 これを知的成長という点で捉えるとよくわかる。一つは、たった一本の線を踏んだりこれを知的成長という点で捉えると、よく分かる。 越えたりしてはいけない、タッチされたら死ななければならない、等々という約束ごとに し、 子どもたちみんながその約束ごとを守らなければならな ルールを守るというこの経験が、無意識のうちに世界は大きな約束ごとによって成り立っているという直観を育てる。 そのような信頼に足る秩序への予感があることによって 初めて、子どもは自発性を育てることができるのだ。

 さらにルールがあるということは、大人の気分やその時の力関係に左右されることなく、 真理に従って自他を裁く解決の能力を、繰り返し遊ぶうちに無意識に身に着けさせる。た だし、子どもたちがルールを身に着けるまでは、必ず教師の指導が必要であるし、遊びの 中においてさえ、ずるをする子がいた場合、教師はいわば正誤を判定する審判の立場にいなければならない。このことは、公平を保つということを教える。

 知的成長に必要な「大きい子やうまい子をまねる力、鬼をあざむくために仲間に耳打ちしたり、コメントする力、そしてどういう順序でうまく成功させるかを段取りする力」も集団伝承遊びによって育つ。
 
  痛みなどへの耐性は幼児期の遊びにおいてこそ身につけさせなければならない。しかし、 今の子どもは負けたり鬼になったりするのを極端に嫌う。そんな時、集団伝承遊びでは、 鬼が交代しやすいように囲いを広げたり狭めたり工夫しだいで中と外のチェンジが早くで きるようにできる。 すると、勝っても負けても面白いという経験を積むことができる。

 そしてこの経験の積み重ねが、耐性を養う。すぐに鬼から外に代わることができること が分かれば子どもは何度もやりたがるようになる。問題は遊び込ませることだ。

ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~



身体をぶつけあうような遊びを

制限の中での動き

もっと集団伝承遊びを

順番で悪者になるには(2)

実感の訓練としての集団伝承遊び

弱さへの勇気を

柔軟性と巧緻性と敏捷性を

耐性を育てる

遊び 約束ごとの世界

やりとりを楽しむ

人生からのチャレンジ

ゆったりと流れる時間を

負けても立ち向かう勇気

実際に見てもらうのが一番

人権同和教育にジャンケンを

集団伝承遊びの復活を

うどんつるつるの遊び方

遊び・遊び・遊び

遊びこむときと場の必要性

なが馬の思い出

地面に線を描く遊びを

繰り返し伝えてこそ

ルールを変える