氣分っておもしろいですね。
ころころ変わります。
何か良いことがあって、めっちゃしあわせな氣持ちになった。
しかし、その氣分もつかの間、次の瞬間にはどん底に落とされる・・・
そんな経験のある人も多いかもしれません。
出来事や人の言葉によって振り回される場合ならまだしも
そうではない場合も。
どんなにいい氣分でいたとしても、何かを思い出すだけで、あっという間にそのいい氣分が吹き飛んで、嫌な氣分になってしまったことがある人も多いのでは?
たとえば
・やらなくちゃいけない嫌なことを思い出した
・来月の大きな支払いのことを思い出した
・他人から言われた理不尽な言葉を思い出した
・仕事でミスをして怒られたことを思い出した
など
”ただ思い出しただけ” で
いい氣分がたちまち吹っ飛んで嫌な氣分になってしまう。
そんなことはありませんか?
ああ〜〜〜もったいない!!
そんなの、もったいないですよね!
なあんにも変わっちゃいないのですよ。
ついさっきまでいい氣分だったときの状態と。
環境はまったく同じ。
人から見ても、なんにも変わってない。
なのに・・・
自分の内側は、天国から地獄へ。
そう、
自分で自分の心を天国から地獄へ落としてしまっているのです。
わざわざ自分からね。
放っておくと、人の心はネガティブに向かいやすい。
それは原始時代からの命を守るための本能が息づいている性質なので仕方ない。
でも、私たちは選ぶことができます。
いい氣分でいるか、嫌な氣分でいるか、自分で選ぶことができるのです。
もちろん、生きていればいろんなことに出会ってしまうので、そうはいかないような時もある。
そんなときには現実を受け入れて時間をかけて乗り越えていくしかない。
けれど、おおよそ人生の大半は、自分で選ぶことでいい氣分で過ごすことができる時間となるはずです。
いい氣分で過ごすことができない理由の大半は、記憶や妄想に支配されるから。
過去の記憶や、未来の妄想です。
やらなくちゃいけない嫌なことは、未来のこと。
来月の大きな支払いも、未来のこと。
他人から言われた理不尽な言葉は、過去のもの。
仕事でミスをして怒られたのは、過去の出来事。
現実にはなにも起こってないのに、過去の記憶や未来の妄想で、自分の中をいっぱいにしてしまう。
心は、過去に行ったり、未来に行ったり・・・。
いまここにいない!!
イコール、いまを生きていないのです。
記憶や妄想は、自分が作って自分が育てるもの。
この、実体のない記憶や妄想に苦しんでいる人がいかに多いことかと思います。
ご多分に漏れず自分もそのひとりです。
仕方ない、人間だものね。
そんな心のからくりを見破ること。
氣づくこと。
それによって、苦しさやつらさが和らぎます。
「苦しい・・・つらい・・・」と思ったときは
「あ、いま、自分は記憶をひっぱり出して浸ってしまってた!」
「あ、私いま、妄想してる!」
と、まず氣づくこと。
そして
「これはただの記憶でしかない。」
「これはただの妄想でしかない。」
と、
実体はないものに翻弄されていることを認めるのです。
そうして、よく目の前の現実を観て、現実的な対処を行う。
不安を打ち消すには、
①現実を受け入れて
②行動する
しかありません。
いまを生きるって、そういうことなのですね。
記憶も妄想もいらない。
いろんなことがある世の中ですけど
淡々といまできることに集中しながら
心でしあわせを感じて参りましょう。
saki









