日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -79ページ目

拷問~記録10.1.6夜から10.1.7朝の事

生きている勇気をもて。いずれ誰もが死ぬのだ。

ロバートコーディー



十時すぎに帰宅し、炊飯ジャーにわずかに残った飯をかき集め、マヨネーズを振りかけた。

それが一日一度の、俺の食事だった。

居間には娘の母親が居座り、俺は奴が寝るのを、寒い自室で震えながら待った。

飯を喰いながら。


ウトウトとしていると、とびらの向こう側から、怒気を露にした、娘の母親の声が響いた。

「食べた後の釜、ちゃんと洗ってよね。夜中の二時三時までガタガタパソコンやって起きているのなら、それぐらいできるわよね!」

二日前、バイトが休みだった。

その日の帰宅は十一時過ぎで、飯を食い風呂に入ると、一時を回っていた。

俺はそれから、密かに無線LANの電源を入れ、PCを立ち上げたのだった。

仕事の資料集めのために。



俺は釜と汚れた食器を洗い、風呂に入った。

気が付くと三時を回っていた。

またしても、風呂に入ったまま睡ってしまったのだ。

四時に家を出て、バイトに行かなければならなかった。

俺は二十分だけ寝る事にした。


目覚めると、微かな頭痛がした。

これくらいならば、仕事に差し支えないのだが、その時、どうしても体が動かなかった。

バイトなど、どうでもよかった。

全てが馬鹿馬鹿しく思えて仕方なかった。

俺はバイト先に電話を入れ、体調不良で休む旨を伝えた。

ああ、これで五時間は眠れる。

俺は安堵し、布団へ潜り込んだ。



そして、

目覚めは怒号と共にやって来た。

娘の母親が乱暴に引き戸を開ける。

「あんたの行いは、私の親兄弟や友達全員が、唖然としているわ!夜中の三時過ぎまでパソコンやって、ギリギリまで寝ているなんて、おかしいじゃない!あんたは一体何が大切なワケ!」


頼むから、眠らせてくれ。

思ったのはそれだけだった。

頭痛と吐気がした。

俺は目を閉じた。

目覚めると、俺の部屋の電気ストーブが蹴り倒されていた。

身仕度をし、部屋を出る時、年が明けてから娘の顔を一度もみていない事に気付き、俺は居間に入った。

娘の母親は洗濯物をして、居間にいない。

丁度いい。

娘はテレビを観ていた。

俺が声をかけると、振り向いて笑った。

そのまま扉まで歩いて、ノブを握る。

強い力が加わり、扉が引き開けられる。

ノブは俺の手から引き抜かれ、手はそのままの形で凝固した。

娘の母親。

無言で俺の脇をすり抜け、乱暴に扉を閉める。

バタン!!

その音が、娘の母親の心情を明確に伝えていた。

俺は玄関を出て、頭痛薬の残りが後どれ位か考えていた。


家を出た。

車の中で、色々と想いを巡らせる。

家を出るにはどうすれば良いか。

近頃、そればかり考えていた。

金はなかった。

行く当てもなかった。

俺には実家も無いし、親もいない。

頼れるものは何もなかった。

家族の暴力に悩む者が、無料で身を寄せる施設。

そんなものは、あるまいか。

俺は想像した。

夫の暴力に悩む悲観に暮れた女性の中に、俺が一人。


女性の暴力に悩む男なんて、施設の方でも、相手にしないだろう。



俺は苦笑し、考える事を、辞めた。

最近、頭の中を占める事

本も読めなくなった。

映画も観なくなった。

酒も飲めない。


だから、なのだろうか?

近頃、死について考え続けている。


三つの事。

全て、現実逃避のアイテムに過ぎないが、俺を今まで支えてくれた。


だからさ。


どうしようもない阿呆。

それが俺だ。



大晦日、そして新年

12月31日。


俺は仕事を終えて、午後10時過ぎに帰宅した。


娘とその母親は、風呂に入っていた。


俺は居間で、飯を食いながらTVを観た。


この前TVを観たのは、いったいいつのことだったのか。


この家の中で、おれがTVを見ることは許されなかった。




TVを観ている暇があるくらいなら~



これが、娘の母親の常套句だ。





俺は、格闘技をただ眺めていた。


大して面白くもなかった。



いつもは、この居間は、娘とその母親の居場所だった。


普段の日は、俺は帰宅すると、その隣のキッチンで飯を食い、そのまま自室で寝る。


キッチンで、娘とその母親の、楽しげな談笑が俺に耳に入ったが、どこか別の母子のような気がした。



今日は、大晦日だった。



こんな日ぐらい、娘の顔を見ながら、飯を食い、TVをだらだらと観るのも、悪くないだろう。



それくらい、許されるはずだろう?



まもなく、娘が居間に入ってきた。



久しぶりに、娘の顔を見た気がした。



娘は、俺を見て、笑った。


「ご飯は食べたのか」


俺が娘に聞くと、娘は、それと同じものを食ったといった。


今夜は、俺も分も、おかずがあったのだ。




娘とのひと時も、一瞬で終わった。



娘の母親が、乱暴にドアを開け、居間に入り、大きな音を立て、乱暴にドアを閉めた。



娘は、母親のほうへ視線を向け、それから俺の方を見つめた。




娘の、微かな、困惑の表情。



俺は、おかずと飯を持って、居間を出た。


自室へ戻り、残りの飯を腹に収めると、風呂に入った。



元旦は、バイトも仕事も休みだった。



久しぶりに、ゆっくりと夜を過ごせる筈だったが、俺は知らぬ間に、風呂で眠ってしまった。



目覚めると、湯が冷めてしまっていた。


沸かしなおし、もう一度温まると、またしても、眠りに落ちそうになった。


俺は風呂を出て、そのまま布団にもぐりこんだ。




元旦。


目覚めると、誰もいなかった。


部屋の中には、昨夜、脱衣場で脱ぎ捨てたワイシャツと、俺が使ったバスタオルが投げ捨てられていた。




年明け早々に、やってくれるよ。


屑野郎が。




静かな元旦だ。


俺の望んでいたことだった。



俺は猫を抱き上げ、TVをつけた。



何年か前の元旦に、観た番組と同じようなものが、流れていた。


お笑い芸人が着物を着て司会をし、俺でもわかるような、昔の芸人がコントを演じる。



それ自体は面白かったが、見たこともない芸人が出てきて、俺は興味を失い、TVを消した。


自室へ戻り、PCを起動する。



元旦早々、PCもないだろう。


自嘲気味につぶやいてみたが、それ以外、やることもなかったのだった。



本も。


映画も。



そんな大好きだったものに触れるのも、いまや面倒だった。



俺は疲れていた。



二日から、


普段と変わらない、日常がやってくる。



うんざりな、日常が。






読者の皆様。


あけまして、おめでとうございます。


読者の皆様の2010年が、輝かしいものでありますように!!