日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -304ページ目

短編 「真理子 3」 最終章

母の喜びようが、文章から伝わってきた。
妊娠がわかった次の日には、父と一緒に乳幼児服を見に行ったりしている。
結婚し、2年目の妊娠ということになる。

私には、本当に兄弟がいたのか。
何故、別れて暮らさなくてはならなくなったのか。
はやる気持ちを押さえ、日記に眼を走らせる。
ひと月後、母は早くも名前を考えはじめていた。
男の子と、女の子の名前。
5通りずつ考えていた。
月並みな、5通りの、男の子の名前。
私は、5人目の女の子の名前を見た時、背中に冷たいものを感じた。
一人目から和子、加奈子、香奈枝、真奈美。
最後の名前は、真理子、だった。

一瞬、何のことかわからなくなっていた。

子供の頃、一緒に遊んでいたあの真理子は、私の姉だったのか。


「何やっているのよ。あなた」
妻の声で、現実に引き戻された。
今行くからといい、また日記に眼を戻していた。

幸せの、絶頂のような言葉が、毎日のように並んでいる。
明るい色さえ感じた。


その言葉がある時、急に暗い色になった。


どうなっているのだ。


流産。


そう言葉が記された後、数か月分の日記が空白になっていた。



飯を腹に詰め込んだ。
事実、味などほとんど感じなかった。
箸が止まり、妻がどうかしたのかと声をかけてくる。

娘が叫び声を上げ、猛然と私の前を走り抜けて行った。
飛行機のエンジン音だな。
娘の発する擬音を聴き、なんとなく思った。



娘が急に大人しくなった。
様子を見に行く。
玄関で佇んでいる娘が、言った。

「誰かいる」

突き出された指の先へ視線を向ける。


誰もいない。

またかと思った。

以前も、誰もいないのにママだ、と玄関で言っていた。
こういう時は、否定してはいけない。
話を聞いてやることだ。
そう、妻に言われていた。

優しく、娘に話しかけた。
「誰がいるの」




「おねえちゃん」


娘が言ったと同時に、私は思わず玄関のドアを開けた。


明るさに眼が眩んだ。
白いワンピース姿の少女。
刹那、見えたような気がした。
幻に違いない。
自分に言い聞かせた。


娘は、玄関から飛び出し、靴も履かずに庭へ躍り出て行った。

また、幻さと思ったが、もう一人の自分が心の中で呟いていた。

約束通り、また会えたね。

俺のブログペット ひょっとして馬鹿なのか

名前はむふっとふわりんという。

まだ何もしゃべれないようだ。
そして、自分の、つまり俺のプログのアドレスも覚えていないと言うことなのか。
他の人たちのものは、ちゃんとブログ名が表示されるのに、、。
俺のむふっとふわりんは、生まれたばかりだから??


読者の皆さん。
ご教示願います。
そういうのが、すごく気になるのでした。

短編 「真理子 第2話」 訂正版

初めて会ったのは、一人、公園の砂場で遊んでいるときだった。

近所の悪ガキに、よく苛められていた。
私は彼らを避けるように、公園と呼ぶより、空き地と呼んだほうがよさそうなここで、一人遊んでいた。
「いつも一人で遊んでいるの」
声をかけられた。
私より、五つは年上だと思える少女だった。
私は幼稚園に通い、来年小学校だった。
何故か、怖くなかった。
同じ年頃か、自分より年上の子が怖かった。
苛められると思ってしまう。
私の顔を覗き込み、微笑みかけてくる。
眼が優しかった。

名前は真理子。

彼女は、地面に木の枝でそう書いて、言った。
私もその下に、真人と書いた。
自分の名前は、母に教えられていて、漢字で書くこともできた。
それだけで、自分の名前以外書けないし、読めもしなかった。
それでも、女の子の名前の真という字が、私の名前の真と同じだという事はわかった。

気が付いたら、いつも一緒に遊ぶようになっていた。

まりちゃん。

私はそう呼んで、彼女を姉のように慕った。

姉がいれば、多分こんなだろうと思った。
いつもやさしくて、いい匂いがした。

彼女になら、なんでも話すことができた。
将来なりたいものは宇宙飛行士。
父は大きな会社で、工場を建てる仕事をしている。
母はいつも優しくて、おいしいハンバーグを作ってくれる。
「優しいお母さんと、お父さんなんだね」
そういって、微笑んでいた。
それでも、父と母は時々喧嘩をして、それがとても嫌なのだというと、辛く悲しそうな表情をした。

「真理ちゃんは、どこに住んでいるの」
いつも聞きたくて、なかなか言い出だせないでいたことだった。
近所に住んでいる気配はなかったからだ。
彼女は、黄昏れる町並みを指差して言った。
「あの河の向こう側」
指差す方をいくら探しても、河などはなかった。


彼女と一緒に、ブランコで遊んでいるときだった。
「お隣のヒロシ君、今度誘ってみよう。そして3人で遊ぼうよ」
かすかな、嫉妬にも似た感情が込み上げてきた。

「あいつ、いつも一人で遊んでいて、気持ちわりいから、、」

言って、自分も嘗てそうだったと思い、口を噤んだ。

ヒロシは祖母と二人で暮らしていた。
両親はどうしているのか、よくわからなかった。
私達がヒロシの家を訪ねたとき、ヒロシの祖母はちょっと涙ぐんでいた。
孫の友達が家にやってきたと思い、うれしかったのだろう。

それからは、いつも3人で遊んだ。
一度、近所の悪ガキが公園に来て、私達を追い出そうとした。
私とヒロシは、まるで見栄を張るように、真理子の前に立ち、悪がきどもを逆に追い返したのだった。
以前の、弱虫で孤独な少年では、もうなかった。


真理子が現れない日が多くなった。
最初は、ひどく寂しいと思ったが、ヒロシがいたので、やがて真理子が現れなくてもそれほど寂しくはならなかった。

ある日、真理子は私達の前でこう言った。

「引っ越すことになったの。多分、、、」

そういって、真理子は足元に視線を落とし、靴の先で土をちょこちょこと蹴っていた。

「真人君とヒロシ君が大人になったとき、また会えるかもしれない」




私は、真理子の言ったとおり大人になっていた。
住宅ローンに追われ、妻に小言を言われながら、小さな幸せを噛みしめるように生きていた。
日々を生きる。
そうとしか、言えない。
これからも、多分、貧乏でも裕福でもない、平凡な人生を歩んで行くのだろうと思う。

「ご飯出来たわよ」
妻の声だった。
わかった。短く言いながらクレヨンで書かれた絵を片付けた。
ダンボールを持ち上げた途端、底が割れて中のものがこぼれ落ちてきた。
軽く舌打ちをして、散らかったノートらしきものに眼が留まった。
思わず手を伸ばしていた。


母の残した日記だった。


こぼれ落ち、開かれたままになっているページに視線を這わせた。
私が生まれる6年前の日付が、ノートに記されている。
すばやく数行に、眼を走らせた。
手が震えていた。

妊娠した。

その二文字が網膜に焼き付き、残像となって揺れていた。



第3話に、続く。