短編 「真理子 3」 最終章 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

短編 「真理子 3」 最終章

母の喜びようが、文章から伝わってきた。
妊娠がわかった次の日には、父と一緒に乳幼児服を見に行ったりしている。
結婚し、2年目の妊娠ということになる。

私には、本当に兄弟がいたのか。
何故、別れて暮らさなくてはならなくなったのか。
はやる気持ちを押さえ、日記に眼を走らせる。
ひと月後、母は早くも名前を考えはじめていた。
男の子と、女の子の名前。
5通りずつ考えていた。
月並みな、5通りの、男の子の名前。
私は、5人目の女の子の名前を見た時、背中に冷たいものを感じた。
一人目から和子、加奈子、香奈枝、真奈美。
最後の名前は、真理子、だった。

一瞬、何のことかわからなくなっていた。

子供の頃、一緒に遊んでいたあの真理子は、私の姉だったのか。


「何やっているのよ。あなた」
妻の声で、現実に引き戻された。
今行くからといい、また日記に眼を戻していた。

幸せの、絶頂のような言葉が、毎日のように並んでいる。
明るい色さえ感じた。


その言葉がある時、急に暗い色になった。


どうなっているのだ。


流産。


そう言葉が記された後、数か月分の日記が空白になっていた。



飯を腹に詰め込んだ。
事実、味などほとんど感じなかった。
箸が止まり、妻がどうかしたのかと声をかけてくる。

娘が叫び声を上げ、猛然と私の前を走り抜けて行った。
飛行機のエンジン音だな。
娘の発する擬音を聴き、なんとなく思った。



娘が急に大人しくなった。
様子を見に行く。
玄関で佇んでいる娘が、言った。

「誰かいる」

突き出された指の先へ視線を向ける。


誰もいない。

またかと思った。

以前も、誰もいないのにママだ、と玄関で言っていた。
こういう時は、否定してはいけない。
話を聞いてやることだ。
そう、妻に言われていた。

優しく、娘に話しかけた。
「誰がいるの」




「おねえちゃん」


娘が言ったと同時に、私は思わず玄関のドアを開けた。


明るさに眼が眩んだ。
白いワンピース姿の少女。
刹那、見えたような気がした。
幻に違いない。
自分に言い聞かせた。


娘は、玄関から飛び出し、靴も履かずに庭へ躍り出て行った。

また、幻さと思ったが、もう一人の自分が心の中で呟いていた。

約束通り、また会えたね。