日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -197ページ目

アルバイト

最初に妻が、バイトでもしろといった。


低賃金で家計が苦しい。


それが理由だった。



週に3回前後、深夜のバイトを始めた。


本業を8時間。それから8時間である。



週に三日。


それが限界で、それ以上は体がもたなかった。


3時間しか眠ることができないので、疲労は溜まる一方なのだ。




週末、妻子はどこかに出かけていくのが、通例となった。


どこへ行っているのかなどと、詮索もしない。


どうでもいいのだ。


俺はとにかくゆっくりと、体を休めたかった。


妻が出かけるとホッとした。




じゃまされずに、眠れる。





悪夢をよく見るのは、疲れのせいなのだろうか?


いつも何かに襲われる。


そんな夢なのだった。




それでも、こうして起きているときは気分がよかった。




自分の時間。


1時間でも、そんな時間があるだけで俺は幸せだった。




ウイスキーを飲んでいる。


安い割に、旨いからだ。


日本酒は、安ものは不味い。


ビールは割高だった。


酔うまでに量を飲まなければならない。




小遣いが少ないなりにも、旨い酒が飲みたかった。


そして、したたか酔うために。




水割り3杯。


それでも、酔うことはなかった。


ボトルは3分の1ほどに減っている。


今月、いや、今週保つかどうか。



深夜2時半を回っている。


酔わずには眠れない。



普通のコップに、半分ほど注いだ。


氷だけ入れ、そのまま飲む。


微かな怠さが、薄く頭を覆う。



これで今夜も眠れそうだった。



そしてまた、いつもの悪夢。


酒で追い払うことなど、できないだろう。




隣の家族

「ちゃんと食べなさいよ」


怒鳴り声だった。


俺は一人、店にいた。昼飯だった。


怒鳴り声は、隣のボックス席にいる家族の、母親だった。


子供が飯を食わないので叱っているのだ。


それにしても、場所を憚ることなくでかい声だ。


煙草の脂にやられたような、今にも臭ってくるような声だった。


「450円もしたんだから、ちゃんと食べなさいよ」


怒号。


俺は苦笑した。



読んでいたチャールズブゴウスキーを傍らに置き、水を一口飲んだ。


本など読めたものではなかった。声が五月蠅かった。


高く仕切られたパーティション越しから、会話が耳に飛び込んでくる。


何を食ってまずかったかとか、飯を食いながらする会話でもないと思いながら、

そこで語られる話の内容は、ひたすらネガティブなものだった。


もう一度、でかい声で母親が食えと言い、子供にとどめを刺した。


子供は、こらえきれずに泣き出した。


その泣き声で、一瞬娘の姿が脳裏をよぎった。





怒りはマイナスの感情だ。


それは、さらに大きくなり、やがて自分に戻ってくる。


俺はそれを知っていた。




家族が席を立ったとき、母親の顔を確認した。


思った通りだった。


目鼻口が真ん中に集まったような顔で、知性的な印象はなかった。



周囲で起こる不快なことも、俺に何かを気付かせてくれる。


きっと意味があるのだ。


静かになった。


また本を読み始めた。


短編集で、卑猥な言葉が連呼されるような話ばかりだった。


飯時に読む本ではないと、俺は思った。