ありがとうございます。
皆様全員のコメントは、励ましの言葉として、受け止めています。
励ましの心遣いが、文面から感じとれて、感慨とともに読ませて頂きました。
私が気分を害するようなコメントは、ひとつもありませんでした。
その点は、誤解のないようにお願いいたします。
読者の皆様、本当にありがとう。
関東某所。
国道脇の駐車場。
車中から。
言葉とは己の心情風景
言葉は思考の物質化である。
頭で考えたことが、文字になる。
つまり、物質化だ。
ブログに並べられた言葉は、俺の思考と同じとも言える。
恐ろしいことだと、思う。
自分では、前向きに生きようと思っていても、言葉を見ればそうでないということが一目瞭然だった。
嘆き。悲しみ。怒り。あきらめ。
俺のブロブの要素は、それらで埋め尽くされている。
マイナスの要素を考え、ブログに書く。
そして、負の方向へ落ち込んでゆく。
もうやめよう。
ほんと、やばいよ。
自分で自分を、切りつけているのと同じことだ。
前向きに考えられるまで、自分のことを書くのはやめます。
涙
妻の言うとおり、金がなかった。
就職活動も先が見えず、支払いは待ったなしだった。
どうすることも出来ない。
退職にあたり、幾ばくかの資金はもらえそうだったが、支払いはその前だった。
最短で仕事を決めても、どうしても、金が足りなかった。
金を借りるしかない。
しかし、借りるあてもなかった。
ふと、叔父の顔が浮かんだ。
あることをきっかけに、俺は俺で無くなった。
一人の男としての尊厳は、恥に変わった。
それは、一生消えないだろう。
そんな俺を理解してくれた、二人の叔父。
頼れるのは、その二人以外になかった。
逆に言えば、その二人以外の親類は、俺を恥辱にまみれた木偶としか見てはいないだろう。
しばらく考え、携帯をコールした。
3回。
そこで俺はボタンを押した。
携帯を握りしめたまま、しばらく待った。
俺の着信を知って、叔父がかけ直してくると思ったからだ。
しかし、携帯は鳴らなかった。
家には帰れなかった。
妻からの、人を馬鹿にしたようなメール。
それだけで、家に戻らない理由には十分だった。
町をぶらついているうちに、日が暮れていた。
二人の叔父うちの、一人。
考えた挙げ句に、携帯をコールした。
叔父はすぐに出た。
「どうした」
「いや・・・・・・特にどうと言うこともないのだけれど」
言葉に詰まっている俺に、叔父が唐突に言った。
「大変だろう?」
叔父の言葉に、俺ははっとした。
躊躇したが、思い切って俺は話を続けた。
「相談したいことがあるのだけれど」
「わかった、いつでもきなさい」
叔父は即答した。
それだけで、何も訪ねようとはしなかった。
相談できる親類が、俺にはまだいるのだ。
そう思うと、救われたような気持ちになった。
金を借りる借りないは別にして、叔父と話をしよう。
そう思った。
車の中だった。
フロントガラスの雨滴が流れ、街灯に照らされ、滲んでいる。
滲んで見えたのは、涙のせいだった。
涙は止まらなかった。
それは嗚咽とともに、ジーンズに滴った。