(狢=ムジナに呼び出されたきこり)
佐助と言うきこりが山奥の沢で作業小屋を建て
寝泊りしながらの日々だったそうです。するとある夜のこと
[さすけやーい!]と
呼ぶ声が聞こえるのです。が、
?こんな山奥で
だれがオレを呼んでるのだろう?と
不思議に思いながらも寝てしまったとサ。
すると、今夜も呼ばれたので、耳を澄ましてよくよく
聞いてみると、霧にこだまするように
あやしげに響く声なので、声を頼りに行ってみると。
年寄りらしいむじなが半分死にかかった様子で
木の根っこに顎を乗せて、休み休みしながら
[さすけヤーイ]と呼んでるので、
[佐助こごに居るぞ!]と叫びながら飛び出して行って。
むじなの願いを聞き届けてあげたそうです。
どんな願いだったのでしょうネ?
弘化元年(1845年1月9日)
江戸城火災などの災異のため天保より弘化に改元。
八百万石の幕府とは言うものの、懐は寂しいものだったのですね。
火事で焼けた天守閣は直せなかったし。
堀に沿って植えられた松だって、台風で壊された塀を直す資金が無くて、
将軍が「待つが良い」と言ったのを、
「松が良い」と聞き違えた重臣が、松を植えたからだと、言われてるのですよ。
日本で は、旧暦12月を
「師走」、「師馳」(しわす・しはす)または「極月」(きわまりづき・ごくげつ・
ごくづき)と呼んできたのですね。
今では「師走」及び「極月」は、新暦12月の別名としても用いられていますね。
英語での月名 December は、「10番目の月」の意味で、
ラテン語で「第10の」という意味の「decem」の語に由来しているのですね。
実際の月の番号とずれているのは、紀元前46年まで
使われていたローマ暦が3月起算で、3月から数えて10番目という意味です。
グレゴリオ暦の12月1日はその年の9月1日と同じ曜日になるのですね。
今だって、2月と、3月の暦を見てごらんなさい。
明治時代に日本が太陰暦から太陽暦に変更した際に、
政府が年末の給料を削減するために12月の日数を2日とした。
(明治5年12月2日の翌日を明治6年1月1日としたのですね)。