架空書評 -7ページ目

『メンチカツとコロッケの哲学的関係』

 ギコ・フッサール『メンチカツとコロッケの哲学的関係』東京ギコ大学出版会


 東京ギコ大学のギコ・フッサール、フサギコ教授のメンチカツとコロッケの関係を論じた本が出版された。本書は、フサギコ教授の研究の集大成であり、現代メンチカツ学の最高峰である。本は、東京ギコ大学の講義が元になって書かれているが、書き下ろしである。


 旨いメンチカツを求めて、日夜喧々諤々の論議をし、メンチカツの起源と趨勢を追究してきたフサギコ教授の研究がこのような形で結実したことは、現代メンチカツ学を飛躍的に進歩させる貢献をなしたことなり、それはとても喜ばしいことである。


 なぜメンチカツはコロッケとは呼ばれないのか。その様態の違いは如何に。メンチカツがメンチカツである存在理由は何か。古今のメンチカツ学を渉猟しながら、わかりやすく敷衍している。やや難解であるけれども、おいしいメンチカツを追究する人は、読まずにはおれない本である。


 今後の教授の活躍がますます期待されるところである。

『モサモリリー捜索隊』

ジャン・ジャック・モリリー『モサモリリー捜索隊』オフランス社


 『電車男』にも登場したことのあるモリリーの書いた捜索記である。ストーリーはこうである。ある日、邪知暴虐の徒ふとましいモララーがモリリーの相棒のモサモリリーを誘拐した。モリリーは、モサモリリーを救出するために旅を始める。途中、ふとましいモララーの手下の毎日新聞、日本経済新聞、読売新聞などと死闘を演じ、ついに、ふとましいモララーを倒すという物語である。本書は、その体験記である。捜索隊とあるが、実際にはモリリー一人で救出しているので、言葉の正確な意味で救助隊とは言えないだろう(なお、ふとましいモララー族からは、この本でのふとましいモララーの描き方が事実に反しており、ふとましいモララーは拉致という凶悪なことはしない、モリリーに謝罪と賠償を要求すると抗議が出ている。そして、賠償としてモサモリリーの好物ロールケーキ10年分を贈呈するよう要求している)。


 注目は、知名度の低いモリリーが知名度アップのためにこの本を書いたことであり、一時はモリリーの名を知らしめるかと思われたが、現在、モリリーを知っている者は皆無である。誇張表現が多用され、誰もモリリーの言うことは信用しない。誘拐も自作自演だろうと思われている。


 しかし、事の真偽はどうあれ、ふとましいモララーの手下とモリリーとの息迫る戦いは、奮闘という言葉が適切なほど、モリリーは邁進している。そのことと、道中、モリリーの行う選択の奇異さが、この本を面白いものにしている。


 よくも悪くも一発屋としてのモリリー族の性格を象徴した本である。

『一日一悪』

 モララー・ド・ドボザンスキー『モララーの一日一悪』自作社


 『モララーの一日一悪』は、モララー族が一日にした悪を、短く書いて、それが1年分の文章になったものである。たとえば、こんなことが書いてある。「赤信号だったけれど、ダッシュで渡ったからな」「ニダーに謝罪を要求されたけれど無視してやったからな」「雨が降ってきたので、コンビニの誰かの傘を拝借したからな」「昨日は一睡もしてないからな」、と。「~だからな」はモララー族特有の話し方で、えらそうであるが、あまり気にしてはいけない。


 極悪なことは書いていないのが本書の一つのポイントである。モララー族は悪をなすが、それは小さい悪に限られる。


 本書を毎日一つずつ読めば、モララーのような小心者になれるのは間違いない。値段も手ごろである。


 ともすれば、凶悪な犯罪の起こるこの世において、小心の悪をなすのは、一服の清涼剤になるかもしれない。