問題はそこら中にあります・・よね

あなたの周りにも、私の周りにも

 

そこで7つの習慣を読んで

ものの見方=考え方に問題があると

いつまでたっても慢性の痛みが急性症状となって出てくる

ということも理解できるようになってきます

 

人格主義的アプローチでなく

個性主義的なアプローチで接していると

根本的な原因にメスを入れていないから

根っこじゃなく葉っぱにしか斧をふるっていないから

いつまでたっても解決できない

 

・部下のやる気のなさは、部下のせい?上司に対する不信感かも

・効率が悪いのは能力のせい?そもそもすべてやるべきこと?

・夫婦生活が新婚当初のようじゃなくなった?あなた自身奥さんのこと旦那さんのことを理解できてる?

 

とここまでお読みになって

「そうそう、あの人こういう考え方してるから・・・」

と思いませんでしたか?

 

実は、その考え方こそが問題なのです。

アウトサイドインです

でも、実は私も7つの習慣を読み始めて2年ほどは

ずっとそう考えていたのです

7つの習慣の理想論を周りに押し付けようとしていました

 

ここをクリアできると

インサイドアウトの本丸に入り込んでいくことができます

詳しくは、直接ご連絡ください

メールで

yoheiowaki@gmail.com

 

 

 

現代社会は、 個性主義 が蔓延している。

特に太平洋戦争、第2次世界大戦後に顕著である。

 

人間の成長に必要な一歩一歩の努力という自然のプロセスを経ずに

テクニックのみで充実した人生を手っ取り早く手に入れられると示唆している。

 

すべての生命に、宇宙の真理に成長と発達の自然のプロセスがある。

1合目を経ずして2合目、3合目はあり得ないし、ましてや5合目、頂上にたどり着くことはできない。一歩ずつ、自分の足で登るしかないのである。

 

どうしても、一足飛びに結果が得られる近道を探したくなるが個性主義はいずれ破綻することとなる。

 

スポーツや芸術であれば、その一歩ずつの努力が必要なことはだれでも理解するが

人格となると目に見えないだけになかなか理解しづらいものである。

しかし、世の中に事象すべてに原則は適用される。

人格においても例外ではない。

 

そして、それはいずれその人の人生に大きな結果となって反映されるのである

 

 

 

 

7つの習慣 は、米国で1989年の出版されました。

キリスト教中心社会であり、子どものころから教会に足を運ぶ人が多く

このさまざまな中心にひとつに「教会中心」があります。

 

教会に足しげく通っているからと言って、教会で教えてもらう原則に従って生きているわけではない、とう記述ですが、私たち日本人は、無宗教な人も多く、お正月は神さまに初もうで、お葬式、お仏壇は仏式、クリスマスはキリスト教でもありませんがお祭りだけは享受するというスタイルの人が多いです。もちろん、敬虔な仏教徒、クリスチャン、神道の方などいらっしゃると思いますが。

 

そこで、私は 教会中心 を コミュニティー中心 と読み替えてみました。

人は、無宗教であってもさまざまなコミュニティーに属しています。アドラー心理学では、共同体感覚です。

そのコミュニティーでの、セルフイメージや世間体に非常に敏感になります。そのコミュニティーがなんであれ、そこでの正しいとされるいわば 教義 のようなものがやたら尊重されて、それに沿わないと仲間はずれにされたり、無用な誹り(そしり)をうけることもしばしば。そのコミュニティーに属している人の善悪を裁いたりします。

 

第1の習慣 の 主体的である を実践できていないと、容易にコミュニティー独特の価値観(原則ではない)に引きずられることとなってしまいます。

コミュニティーは、自分自身の価値観と必ずしも合うと限りませんが、そこの属すること(承認欲求が強すぎると)自身が崩壊してしまいます。価値観は、原則ではない。いつでも、考えておきたいところです。

 

 

 

私たちが生きている世界は

古から、人が誕生する前から

不変にして普遍な原則(宇宙の真理)がいつでも世の中を支配している

 

万有引力の法則同様、あらゆる事象に作用し例外は存在しない

 

それが、個性主義を超える「人格主義」の土台であり

原則である以上、議論の余地すらない

 

この原則に反した社会は分れると滅亡に向かい

原則に従った社会は存続と安定に向かう。

過去からの世界史、日本史、近代史、そしていま私たちが生きている世界をみても

その通りだと感じます。

 

宇宙の真理、自然の摂理、あるいは神と呼んでもいい「原則」は、あらゆるところで作用しています。

 

すべての人間の内側に存在していますが、個性主義で動く人は、原則が見えず、感じ取れないこともある。しかし、原則は見えていようが見えていまいが、意識しようが意識しまいが万物に万人に作用している。原則から逃げることはできない。

 

私たちは、7つの習慣 全編をとして様々な原則を学習していきます。

平等、正義、公正、誠実、正直、人間の尊厳、奉仕、貢献、本質、美徳、可能性、成長、忍耐、養育、励ましなどなど。

 

ここで、価値観は原則と大きく異なることに留意したい。

泥棒にも、詐欺集団にも、カルト組織にも価値観は存在する。

かえって集団の規律は厳しいぐらいだ。

しかし、明らかに「原則」に合致していないから存続ができないことは自明である。

 

私たちの頭の中にあるパラダイム、ライフスタイル、フレームを正しい原則に近づけて、正確にすることで、私たちは「原則」のそったミッションを遂行することができる。

 

 

 

7つの習慣 完訳版 の本文に先立って

完訳 「 7つの習慣 」を推薦します

という項があります

 

株式会社 パジャ・ポス 代表取締役/経営コンサルタント 池本克之さんの言葉です

 

あなたにお勧めしたい本書の読み方がある。それは、繰り返し100回は読むことだ。「7つの習慣」は深く、正しく理解する以上に実践することに大きな価値がある。幾多の成功者が、その歩みの手引きとしている習慣を実践として手に入れれば、あなた自身の人生はあなたの手によってよりよく導かれることを保証する。本書の1ページ目を開き、習慣を知識から実践に発展させる創造的な活動の1回目を始めよう。

 

 

私は、この推薦文を読んで100回読もうと決意しました。

通読は7回でいったん止まりましたが、

その後オーディオブックで100回以上

いつでもどこでも聴いていました。

 

そして、何年かたって自分自身の血肉にしたいと思い読み返していると

完訳版の67ページ「この本の活用方法」にこんな記述がありました。

 

この本との関係を生徒(教わる側)から教師(教える側)に転換することを勧めたい。インサイドアウトのアプローチに倣って、学んだことを2日以内にほかの人に教えることを前提として読んでほしい。

 

これだっ!と思い、それから周りの人たちに伝え始めました。

いわゆるラーニングピラミッドです。

 

そして、7つの習慣(R)公認ファシリテーターの資格を取得することができました。

7つの習慣であなたの欲しい人生を手に入れましょう!

 

 

7つの習慣 完訳版 26ページから27ページにかけてです。

日々の生活の中で、小さな変化を起こすのであれば

テクニックに頼る個性主義でも事足りる。

 

しかし、人生に劇的な変化を起こしたいのであれば

劇的な変化を起こす必要がある。

 

その劇的な変化は、その人自身のわたしのあなたの「あり方」を変えるということ。

人は、「あり方」をもとに言葉を行動を選んでいる。

 

その「あり方」は、ものの「見方」に直結している。

 

 

私たちは、わたしは、あなたは、いま目の前にある現状を変えたいと思っている。

しかし、ものの「見方」をかえることなくては「あり方」は変わらない。

「あり方」が変わらなければ、それをもとにしたわたしの、あなたの根本的な言葉、行動が変わることはなく、結局「現状」はそのまま固定されることとなる。

 

アインシュタインは言っている

「同じインプットから、違うアウトプットを期待するのは狂気の沙汰だ」と。

 

パラダイムを変えることなく、現状を変えるのは無理なのです。

 

7つの習慣 完訳版 42ページの最後の行にもアインシュタインの言葉としてあります。

「我々の直面する重要な問題は、その問題をつくったときと同じ思考のレベルでは解決できない」と

 

アドラー心理学では、ライフスタイルを変化させることによってそれまでの生き方を修正していく

 

NLP Neuro-Linguistic Programing 神経言語プログラミングにおいては、フレームを変える、すなわちるフレームによってという言葉で説明されています

 

 

 

 

 

7つの習慣は、何度読んでも気づかされるのですが

実は毎朝(月火水木金)6時45分~20分程度

クラハやってます

 

「7つの習慣 ゴージャスさん」で検索いただくと出てきます

 

 

さまざまな中心をここしばらく

クラハでお話していますが

今朝(2022年9月6日)は 友人・敵中心 でした

 

 

自分では気が付いていないですが

そうなっちゃってるとき

あなたにはありませんか?

 

友人中心 は、コミュニティーの中で仲間外れになっちゃったらどうしよう・・

とひたすら、仲間に気に入られることばかりする

そのコミュニティーのリーダー役のお気に入りにしてもらおうとゴマをする

承認欲求が強くなってしまい、自分自身がまったくなくなる

AさんとBさんで言うことが変わってきてしまったりして

結局、信用を無くしたりします

 

そして、実はありがちなのが 敵中心 です

嫌だなあと思ってる人のことが気になってしょうがない

いつもその人のことが頭から離れない

その人が何か失敗したらいいと常に思っている

 

私の愛読書の一つに

「ブレインプログラミング」アランビーズ、バーバラビーズ共著

に記述があります

「嫌な人を自分の脳に家賃も取らずに住まわせるようなものだ」と

 

友人中心にしても、敵中心にしても

7つの習慣 第1の習慣 主体的である

ができていないことが最大の原因です

 

依存状態にあることに気が付いていないのです

 

 

 

私たちは、それまで生きてきた、育ってきた、環境、生い立ちなどによって

みんなそれぞれの眼鏡をかけて生きています。

 

そして眼鏡をかけていることすら、意識していません。

 

自分は裸眼で正確な客観的な世の中を見ていると信じ切っています。

 

 

しかし、あるとき「天動説」こそ世の中の真理だと思っていたのが

実は、地球が動いていた。「地動説」こそ真実だとわかったとき

「アハ体験」によって、すべての宇宙の見方が変わります。

 

それは、遠い宇宙物理学だけではなく

私たちの身近なものの観方

妻、夫のものの考え方と自分が違うとき

相手が違っていると考えてしまうと

自分の主観の中だけで判断することになりますが

相手のものの考え方を理解できると

その観点は今までとは別次元になることができます

 

卵焼きに醤油をかけるかソースをかけるか

ということだけでも

2つの味覚は共存していいのです

 

そして

見え方は

その人の考えも感情も行動も

変えていきます!

 

それが「がまん」となるのか人格から自然とできることになるのか

の境目となります

同じ行動、言葉を発していても

その人のパラダイムがその人の人格に現れるので

周りの見え方は全然変わってきます

 

そのパラダイムシフトを起こすことは容易なことではないかもしれません

しかし、それが起こらないことには人生は変わりません

 

人生の危機に直面する

とんでもない悲しみに襲われる

全く新しい環境に立たされる

などめぐり合いたくない場面において起こりがちです

 

しかし、意識的に起こすこともできます

それが、この「7つの習慣」の学習なのです

 

「悪の葉っぱに斧を向ける人は千人いても、根っこに斧を向ける人は一人しかいない」ソローの言葉です

 

私たちは、行動や態度という「葉っぱ」ではなく、パラダイムという「根っこ」に斧を向ける一人になりましょう”

 

人はみんな、主観の世界的な世界に生きています。

自分の見ている世界がすべてだと信じ込んでいる。

 

しかし、カメラで撮影したように見えているものは

同一なのでしょうか?

 

上の絵は、若い女性だという人もいれば、老婆だという人もいます。

どちらが正しいのでしょうか?

答えは、「どちらも正しい」です。

 

自分に見えている世界と

人が見ている世界は、必ずしも一致しない

ということがわかるわからないかで

この世の中は大きく変わってきます

 

人は皆それぞれ、

育った環境、暮らしたところなど・

一番大きいのは家庭です

生まれてから育てられた親の影響はとても大きい

各家庭ごとに価値観があり、その価値観に合わせないと生きていくことができません

そして、学校、先生の価値観、同級生のものの考え方、先輩や部活でもその世界の常識、価値観があります

さらに会社、配偶者など生きてきたすべてがあなたの価値観を醸成してきました

 

しかし、その価値観、ものの考え方は主観なのです

あなた独特の考え方です

目の前の人と一致していなくて当然です

 

ここまでお読みくださった方は

ご自分のものの観方、考え方は

どんな見え方なんだろう?

ということをお思いでしょう。

 

自分は客観的だとあなたは信じていたかもしれません

少なくとも、この7つの習慣を読む前の私は

自分こそ客観的だと盲目的に信じ込んでいました💦

 

しかし、いまは

「私は私の見たいものだけを見ていた」ということに気が付くことができました

 

世界をこの世の中を「あるがまま」に見ているのではなく

私のあるがまま(と思った)世界を見ていたのです。

 

それが、セルフパラダイムであり

始めて、自分自身を、あなた自身を客観的に観ることができます。

少なくともそう気づくことができます

 

次回以降になりますが、

その認識こそが

あなたの人生をより良いものに変えていく原動力になるのです

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは、今までの人生で思い込んでいたことと違うことに出会ったとき

「そうだったんだ!」
「今まで勘違いしていた。いままでの考え方とは全然違う考え方があると気が付いた」

などというアハ体験を経験することが、たまにあります。

 

いままで、世間の常識とされてきていることに合わせてきたけど

それっておじいちゃんが言っていたこと、家でずっと言われてきたことと違う。

 

人生での成功を目指そうとするのなら、世間で言われているテクニックばかりを使うことは全く不必要ではないけど、基礎の土台にはならない。

 

テクニックで人を操ろう、相手の趣味に合わせるふりをして興味を引こうということは、一夜漬けの勉強のようなもの。幸運にもテストでいい点数を取ることはあっても、学問そのものの習得には程遠い。

 

農場において、一夜漬けで収穫を得ることは絶対にできない。

種を蒔くことなく収穫することなどありえない。

私たちは、農場を支配する自然のシステムの中に生きている。

 

第2の偉大さ(才能に対する評価)が不要なわけではない。

しかし、それよりも土台となる、自然の摂理にかなった第1の偉大さ(優れた人格)こそが最も大切である。

 

あるがままの自分、人格が、どんな言動よりも雄弁なのだ。

あなたの人格は、見せかけでないあなた自身の影響が、あなたが意識しようと意識しまいと、常のあなたの周りに放たれ続けている。