皆さんありがとうございます。アジアは終わり日常へ・・。
苦言ばかり書きましたが、なぜ日本でアジアパワーで開催したのでしょうか。
ことの始まりは、古城先生のブログにも書いてありますが、
2010年6月に2011年のアジアパワー開催を予定していたウズベキが大会をキャンセルした事を聞き、HPAの仲間と図って、神戸で立候補する事に。
その前年、2009年にJPAに2011年アジアベンチ立候補を打診し、断られた経緯があるので、HPA内の意思決定は速やかでした。
2010年7月のJPA理事会で代替立候補が決定され、8月のアジアベンチでのAPF会議で開催が決定しました。
と書いてあります。その仲間とは、古城先生と僕、そして日本でアジアを開催できなくてつらい思いをしている吉田APF会長でした。そこからすぐに仲さんに持ちかけ、JPAの扉をたたいてくれました。
僕は国際大会をすることが夢でしたし、アジアなら全てのカテゴリーがあるから満遍なく選手が参加できると考えたからです。
実際大変なことがありすぎました。僕も大変な思いをしましたが、古城先生を筆頭に実行委員会に絡んだ人たちは何らかのいやな思いを、ものすごく受けました。
人と人との衝突も数知れず。僕も衝突したし人のいやなところを見なくてもいいのに見える現実がありました。
金を主に集めてくれたのは、主に古城先生。700万物スポンサーをはくほう会グループを挙げて集め、なおかつ古城先生が連れてきた、月光仮面が1000万円の担保金をJPAに提出しました。
結局は赤字になりこの担保金を約300万円ほど使いました。
金がないから、いろんなところにしわ寄せがきて、皆さんにいやな思いをさせたと思います。
外人はきたら、いい人も多いでしょうがむちゃくちゃな人も多数。あきれやびっくりの連発。
荒川選手が大怪我して、大会に負のイメージもつきました。
しかし、アジアのパワーリフティングの仲間が神戸に集合したのは事実。
選手の皆さんが試技に熱くなって、興奮と感動を覚えたのも事実。
言葉も文化も違う、ただひとつパワーリフティングという共通事項で友達がたくさんできたのも事実です。
いろんな代償を払いすぎたけど、10年たっても20年たってもずっと話せる思いではたくさんもらいました。
パワーやってなかったら、こんなことは起きないし、僕は外国にも一度も行っていないし話すこともないでしょう。
とにかく試合は終わりこれから日常へ戻ります。
大会にかかわってくれた全ての人に、本当に心から、ありがとうございます。
特に古城先生には、お金も労力も気力も体力も使わせました。特にお金。
赤字にしないことが目標でしたが、月光仮面に立て替えてもらうことにもなりました。
さよならパーティで、僕は号泣しながら古城先生のところに飛び込みました。ニコニコしながら、抱いてくれました。
全額は厳しいでしょうが、何とか少しでも返せるように、何とかみんなが喜んでもらえるように、いろいろ僕も工夫します。
外国人の皆さんは、よいお年を!
これを見ている日本の皆さん、これからもどうぞ、どうぞよろしくお願いします。
アジアパワー感謝状を手に、森田副支配人と
アジアパワー結果でました。反省点
まずは遅れました、結果がようやくできました。皆様ご確認下さい。
それでは今後もしアジアを日本で行うなら、もしくはアジア大会を行う上での反省点を書きましょう。
おおむね実行委員長の古城先生と、内容はかぶりますが少し僕は違う点も含めて書きます。
【1】二面開催は絶対にダメ
と古城先生は書いていますが、僕は少し違います。1面でいけるところは一面では、絶対賛成です。
しかし現状はこのように参加人数が増える、1週間では収まりきれなくなるという事態がいずれ発生します。
アジアは全カテゴリーがある大会です。1週間以上受けてくれる国が果たしてどれだけあるのか。
あるのはインドと台湾ぐらいですか??
そうなると2面でやらざるを得なくなる・・・・・。
そこでウルトラCがあります。パワーリフティングの3試技制を2試技制にすることです。
なんせパワーの試合は時間がかかります。そこで2試技にすると単純に時間は3分の2。
こなせる人数は、1.6倍変わります。
これはIPFが決めることですが、そろそろこれを言わないといけない時期になっていると思います。
人口が増えたら競技時間が増えます。今までは3試技できたけど、もう時間の都合上無理となれば、この流れはいずれ来る問題だと思います。
昔は特別試技がありましたが、今はなくなりました。昔は重量増加制でしたが今はラウンド制です。
それに2試技制にすれば番狂わせがたくさん出てきます。なんせ1本失敗すれば追い込まれますから、試合もスリリングになるのではないでしょうか。
【2】パワーリフティングの試合は今後不可能(世界マスターズパワーなら可能かも???)
2番は、2試技制になれば日本も受けれるかもしれません。
【3】国際大会はJPAが主体的に指導監督し、開催すべきである
これはそのとおりです。JPAがしてくれたことを書きましょう。
1 ドーピング費用を持ってくれた(JPAの中にtotoの補助金があり、ドーピングテスト費用は別枠でtotoが補助してくれる)
2 専務理事の東郷先生が、ビザを完璧に配給してくれた。(アフガンもイラクも、全て配給で来たことは快挙!!)
3 役員リストを作った(大会名誉役員や、実行委員会の組織図)
4 メダルのプレゼンターをしてくれた。
5 大会前日の食事会に、実行委員会はお金がないから、援助してくれと本当に思いっきりを言うと10万円くれた。
JPAがしてくれたことは以上です。
本来なら、totoの補助金は大会全体を見てくれる規模をJPAにお願いしましたが却下。
ドーピング陽性が出る可能性が高いからと、文部科学省の後援依頼をしてもらうのを却下。
2面はしんどいから7日制にしてくれというのを、手伝うのがしんどいと5日制に。
アジア会議に、JPA役員は出席せず。(しかしお食事会や、さよならパーティーはきっちり来ました)
僕は、準備段階から一緒に汗を流してほしかったし、実務を担ってほしい。
いまのJPAの上層部は現場屋はゼロですから、そろそろJPAも組織改革が必要に迫られると思います。
具体的には、上層部に半分以上は現場屋を増やすといったところでしょうか。
【4】JPAは国際会議に出席を
【5】大会は一に送迎、二にホテル、三、四が無くて五に食事
【6】清掃要員に人を厚めに
【7】Take Freeはムリ
【8】ドーピング問題
ここまでまったくの同意見。8番に関しては、陽性者1年間で2人以上出したら1年間国全体のアジアパワー出場停止を課してもいいでしょう。ルールに現在ないなら、ルールで早急に作るべきです。
やったもん勝ちに拍車がかかります。
【9】スクワットの安全確保
あってはいけない事故が起きました。僕は実行委員会から散々、セーフティーをつけろといっていましたが、却下。ぼんぼん落とすのを見て、陪審員に本気で注意しろといっても聞かず。
今まで事故が起きていないのが不思議でした。しかしその不幸はたまたま荒川選手に降りかかりました。
その自己でインドの選手を失格して以来、バーベル落下はゼロ。
ちなみにIPFの試合では、期間中に2回から3回ほどで、落下させるそぶりでも見たら、陪審員が厳しくとがめるのだそうです。
アジアは、30回以上は落ちていましたから。
ということは、きちんとルールに定めて厳格適用すればできるんです。
バーを投げると、警告もしくは1発失格。そして誰かを適用すると一撃で投げる選手はなくなります。
あとは補助員のためのセーフティをきっちり開発しないといけません。これはEREIKOの仕事ですし、われわれもその提案をしなければなりません。
10 締め切りを厳格適用。エントリー、ホテル代は外国送金で振込みを。
僕はアジアのやりたい放題の根源は、エントリーの締め切りにあると思います。自国に有利にしようと、エントリーが締め切って発表されてから変更は日常。
提出期限を平気で遅れる、変更に告ぐ変更。これに応じて、到着日やホテルの変更も当日変更や前日変更まで・・・・。
根源は締め切りをきちんとしないところにあります。
現在IPFルールでは、仮エントリー90日前、本エントリー21日前とあります。
僕は本エントリーを30日前にして、これの厳格適用。そして本エントリー締切日に、ホテルとエントリフィーの振込みが絶対必要と思います。
なんせ、お金はないとか、変更しろとか平気で言ってきますから。毅然とした対応が必要です。
11 盗難が多すぎる
私は鏡割りで使ったはっぴ10枚と一眼カメラ、古城先生はブラックベリーの携帯、よごっちはジャージのズボン、いさがわさんは商品ごっそり、・・・。ものすごい量が盗まれました。
試技中でベルトをおくとそれも盗みました。それはインド。
あいつら窃盗集団か?と思うほど盗みました。
本気で、一度現行犯逮捕して、盗む国は出場停止にしないと、永遠に盗まれますよ。
12 出場費の値上げを。
これはIPFの大会もそうですが、現在はAPFは参加費40ドル、ドーピング費用20ドルの計60ドルのエントリーです。日本でこれをやられたら間違いなく赤字になります。
ちなみに外国は物資が安いからこれでもいける国があるかもしれません。
しかし受けてもらう以上、受けた国や協会が潤うようになる仕組みを作らなければいけないと思います。
僕は参加費150ドル、ドーピング日50ドルの200ドルにすればいいと思います。
宿泊費100ドルで皆さん払っているのですから、それは大丈夫とおもいます。
実際大会はお金のかかることですから、払えないのなら出なければいいだけのこと。
実際ほとんどの国が自腹でなく、国からのお金で出場しています。
これを考えてもエントリーの値上げは絶対するべきです。
とにかくアジアは荒くれ物が多いです。それを縛るには、ルール作りとその運用。だめなものはだめと一貫した姿勢。これが大事と思います。
結局トラブルは上野さんが指摘したとおり、そのとおりとなってしまいました・・・。
アジアパワーいいこと編
まずは、選手の皆様です。失格者もかなり出してしまいましたが、一般の部において、地元笹倉選手が金、森選手と田中選手が銅!!
覚えているだけで福島選手と北村せんしゅが金、加藤みどり選手が銅やったかな?
伊差川選手が銅、小岩井選手銀、大谷選手銅、荒川選手銀、千田選手銀、市川選手が銅と、日本人選手のメダルラッシュ!!
カテゴリーにおいては数え切れないほどのメダルメダル!!、身近ではよごっちと藤原選手が金、浦野先生が銀!後すごすぎて忘れた!!すばらしい!!すごい!!本当におめでとうございます!!
そして、選手を終わってから率先して裏方業務についてくれる選手が続出。特に3日目以降になると、補助員したい人が多すぎて順番制に!!
やはり大会あがめの前に進むと皆さん本当に協力してくれました。
本当にいろんな地域から、各方面から裏方スタッフが集まってきて、2日目までの2面進行のときは裏方不足でしたが、3日目からは余るぐらい皆さん手伝ってくれました。
謝礼もほとんど出せず、自腹で着てくれた方も多々います。本当に心からお礼を申し上げます。ありがとうございます。
特に阪南大学の選手の皆さんは、試合のない3日目以降も、スタッフ配置がないのに会場に来てくれて、撤収作業にお手伝いしてもらいました。ありがとうございます。
清掃スタッフとして動いてくれたのが、チーム鉄腕系列の仲軍団の皆さんと、今回お金も送迎も人員もたくさんの動因をしていただいた「医療法人はくほう会」の皆様でした。
仲さん系は、急遽参戦してくれた遠藤さんや、山本さん、松藤さんや通訳の皆さんなど、汚す便器や会場の清掃につぐ清掃をしていただいて、何とか最終日まで無事会場が借りることができました。ありがとうございます。
はくほう会の皆様は、パワー関係者でもなんでもないのに、送迎から、最後の撤収まで本当に多岐にわたりお世話になりました。火曜日にでもご挨拶に、荒川選手の見舞いもかねて、お伺いしてご挨拶する予定です。
はくほう会の理事長である古城先生が、実行委員長の大会とあって、本当に大将の人生最大の晴れ舞台を作っていただきました、はくほう会の皆様本当にありがとうございました。
音響の三浦さんの仕事は・・・・・、すごかった!!とにかく心地のいい音と迫力の音。舞台もドデカイバックボードで迫力満点!バックボードと音響は、もちろんJPA史上最強だし、いままでのIPFの大会の中でも、トップを争うと思いますがどうでしょうか。それぐらい三浦さんの仕事はすごかった。
なんせ三浦さんは、つい最近まで長淵剛のマネージャーをしていましたから、音もコンサート、ぶち亜もコンサート級で申し分なし!舞台に関してはIPF史上に残るいいものができたのではないでしょうか。
あと新グッドリフトの操作をしてくれた吉田さんも、ノートラブルで3日間を走破!スコアは見やすいし結果は即出てきて超順調で時間が余るぐらい。本当にありがとうございました。
阿南さんには前の日徹夜で旧グッドリフトをセッティング。トラブルは多少おきましたが、主にトラブルの原因は、ラックの高さが本部席に来なくて入力しようがないのがほとんど。これは審判との連携が問題なので、次するときは大丈夫です!阿南さんには本部席はりつきでがんばってもらいました。
あと僕を含め日本人9人の国際2級審判員誕生!!上野さんがいろいろレクチャーや講義、審判のあり方を教えていただいて、全員合格!!上野さん本当にありがとうございます。上野さんは審判での僕の師匠です。
それと皆さんが日本チームとしてジム同士のしがらみなく応援しているのがよかった。ひつもは敵でも今日は同じチームの味方。日本チームは団体戦も上位でよくがんばりました。
よいことはほかにもたくさんありますが、次は今後のアジア、国際舞台への反省をしましょう。
アジアパワーなんとか終了しました。
皆様のおかげをもちまして、アジアパワー終了しました。何とか何とか全日程やりきりました。
ひさしぶりのブログ更新です。最後のブログから、アジアパワーのメール、変更、どたばたが続きに続き、仕事もろくにできずに、なんとか何とかやっていきましたが、とにかく全日程は終了しました。お手伝いいただいた皆様に本当に本当に、感謝します。ありがとうございます。
そして好成績を出した選手の皆様、本当に本当におめでとうございました。
結果ですが、アジア連盟記録担当が本日よるには結果の詳細が届きます。それを確認次第、日曜日までにはアップできるでしょう。しばしお待ちくださいませ。
さてアジアパワーですが、いろいろなブログでいろんな情報があると思います。一番詳しく書いているのが実行委員長の古城先生のブログです。ここを見ていただいたら、大体のことはわかると思います。
まずは外国人からお話しましょう。とにかく想像を絶する外人の行動でした・・・・・。
やばそうな雰囲気なのが、インドとイランでした。
まず、物をよく盗みます。ジャージ、Tシャツ、携帯電話、カメラ、ギア、ベルトなどなど・・・・。
私は開会式に使ったはっぴ10着と、ソニーの一眼カメラを盗まれました・・・・。
ちなみに実験をしようと、補助員でがんばってくれた久保君が、椅子にシャツをかけて放置してみていると15分後にインドの選手が着て盗む。それをすぐに久保君が「それ俺の!」というと「I,NO I,NO」という始末・・・。
文化が違うのかトイレの使い方がまったくわからず・・・・。大便は流さない、便器と違うところに排泄するなどなど。それが原因で体育館から翌日移行貸さないよといわれる次第・・・。あわててスタッフが掃除等をしました。
本当にありがとうございます。
ホテルでも、湯飲みのしたの皿を灰皿代わりにしたり、ポットを盗んだりなどなど・・・・。
ちなみになくなっているのはインドの部屋。
ドーピング意識もとてもひどく、ドーピングまがいのものがごろごろ出てきたり・・・・。
今回検体は20検体とりました。陽性・・・・・。でるんとちがいます????
最悪なのがスクワットで、つぶれそうになるとすぐにバーベルを投げる。IPFの試合はスクワットセーフティーバーの設置が認めていないらしく、使用をさせてくれませんでした。
僕は実行委員会のときに、何度も何度も、セーフティーをおけといったのですが、APFが却下。
試合が進むと軽量級の選手はスクワットがつぶれて補助すると、すぐにバーを話して前へすり抜けてしまう。
重量級になると、後ろにぼんぼん投げ込み、なんと外人の選手からも、投げる選手は失格にしろという始末に。
よく投げるのはインドとイラン。
そして絶対起きてはいけない事故が最終日に。インドの選手が投げたバーベルが、補助をしていた荒川選手の足に直撃し粉砕骨折し、赤穂中央病院に緊急入院。
インドの選手は失格。ほかの選手を2日目からしていたら、こんな事にはならなかったのに・・・。
セーフティがついていたら事故の可能性も少なかったのに・・・・。
2日目から投げるのがひどくなりました。僕は何度も何度も陪審員席に行って注意させろといいましたが、軽く注意してそのまま・・・・。どんな対応だったかというと、「軽く笑っていた」とのこと。
ちなみに事故が起きてから、投げる選手は皆無。できるんです。投げないことが。きちんと言わないし、罰則をつけないからこうなるんです。
なめられているんです。APFが。
いろんな話を聞くとIPFでそんなに投げる選手もいないし、今回トラブルの根源となっていた、相次ぐホテルや送迎の変更も、IPFはきっちり期限で締め切るのに対し、APFはずるずる延ばしに伸ばして、変更につぐ変更でした。
インドやイランもIPFでは守るのにAPFはルールやマナーを守らない。とにかくAPFは締め切りから毅然とした態度をしなければなりません。
盗みにしても、今となっては遅いですが、私服警官を配置して、何かのおとりのものを置いて、盗んだ瞬間現行犯逮捕して問題を提起して、私服警官が配置していますので、盗まないで下さい。おいているものはとらないで下さいとアナウンスすればよかった。もし次回、国際大会があるのであれば、絶対これをお勧めします。
事件や事故になるまで、外国人はわかってくれませんから。
今アジア連盟インドで主に試合をしていて、事務局長もインドですが、インドに試合に行くときは相当の注意が必要です。APFもインドが大選手団を送るので、かなり気を使いがちですが、本当に一度いやな話を本気でしないと、ずーーーーーーとこんなことが起きますよ。
ちなみに大会2日前、ウズベキスタンが、11人来て、8人分のホテル代しかない。安いホテルでいいから探してくれといわれて急遽、尼崎のホテルに変えました。
そこからは電車で行動してくれと、行き方を紙に書いて教えました。そうすると乗換えが1回あるのに、尼崎から、グリーンアリーナ神戸まで自力で行っていましたよ。教えればいけるし、そこまでお客様扱いする必要もないんです。
今日は帰国の日で、僕は尼崎の関空行きのリムジンバスに案内して切符を渡して、見送りましたが、ウズベキスタン人はお行儀はとてもよかったです。ちなみに大会前日舞子ビラから尼崎まで電車案内した森田副支配人も同意見。お国の文化で本当にいろいろありますねえ。
本当にいろんなことが起きた1週間でした。いやな外国人編のお話でした。
次はいいことのお話しをしましょうか!
工藤千恵子選手、自己ベスト20kg更新おめでとう!!
今日は近畿パワーが和歌山の広川町でありました。僕は大会裏方、審判もしましたが、メインは、工藤さんの特にスクワットを見届けるのがメインでした。
今から書くことは工藤さんと僕ぐらいしかわからないかもしれません。まあ気軽に読んでください。
工藤さんは10月から毎週、我がジムに練習に来ました。全てスクワットです。
ちなみに1年半前に、工藤さんをコーチしたのが僕でした。そのとき僕は失格させました。
このときの僕の記事があるんです。 2010年兵庫パワーでした。
ちなみにこのときは余語選手もコーチングしていました。余語選手は素直に僕の言うことを聞いてくれたので、なんと9試技パーフェクト。ノーギアで全日本標準獲得!
かたや、工藤さんは失格。僕はこのときコーチングに自信も持っていましたし、それなりに結果もついてきました。
しかしなぜ工藤さんを失格にしてしまったのか。答えは僕が工藤さんの気持ちの理解度が低かったことでした。
工藤さんは相当研究します。知識も僕以上のところもありびっくりするほど。しかし工藤さんが自分自信に対する信頼は低い状態と見ていました。
それとノーリミッツの三土手さんに指導してもらい、ことあるごとに重心理論や三土手さんのことを言っていました。
このときはっきり言ってスクワットは、工藤さんはぜんぜんだめ!とにかくギアを着るとしゃがめないんです。スクワットがだめなのは間違いなく事実です。
しかし僕が言うことは聞いてくれない。僕はむかついていました。確実にここを直せばというのがある程度理解していました。多分そのやり方はあたっていたんでしょう。実際今回指導したときと、前回のときとさほど内容変わっていないですから。
前回と今回の決定的な違いは、人の気持ちのわかり度でした。前回僕は「三土手さんは遠い東京にいるんだから、今僕がコーチしているんだから僕の言うことを聞け!」でした。
しかし今回は、「工藤さんは三土手さんの言うことは絶対聞くから、僕はでしゃばらないで、三土手さんに言って貰おう。多分似たようなことを言うはず」でした。
今回も最初ジムに来たときは、フォームがぜんぜんで見かねたので、僕が東京に行った時に、三土手さんにお会いして「工藤さんは三土手信者ですから、ぜひフォームのことを親書で書いてあげてください!」と頼んでメモ書きに署名入りでフォームの解説を書いてもらいました。
三土手さんと僕のフォームの考え方は、そのときも思いましたが、そんなに変わらないです。大体僕の考えに近いことを、紙に書いてくれました。
その親書を持って、ジムにきた工藤さんに手渡しました。本当にそこからがスクワットの変わったターニングポイントでした。
そこからまずはフォームが変わり、考え方も変わり始め、今まで重量がまだいけるのに攻めなかったのが、攻めるようになりました。そして最終練習、125kgをなんとクリア!今年夏のマスターパワーより20kgも伸びた状態!
そして今日試合でそのままの数字を出してスクワット、20kg自己ベストの125kg達成!!
この瞬間、自分が出したようにうれしかったです!こんな気持ちは、ヨッシーが高校3年のときに神戸全日本で5位になったときと、長谷川大地が、同じく神戸全日本ジュニアで495kg出してアジア標準とったときと、よごっちが全日本マスターでパーフェクトで2位になった時と、森田さんと高崎さんが兵庫パワーでマスター標準とってくれた瞬間とまったく同じです。この瞬間のためにやっているようなものですからね。僕らアスリートは!
そしてベンチは手堅く77.5kg、デッドは第2試技117.5kgのときに少し重そうでした。その試技を見たときに、工藤さんが所属しているファイトクラブの中島コーチに
「最後122.5kgか125kgできっちり引かせて、喜ぶか、冒険だが理想的な数字の目標だったトータル330を見据えて、127.5kg選択するか」を相談。
中島コーチも少し悩み気味。今までの工藤さんならたぶん122.5kgあたりをコールするでしょうが、今回は「330狙いたいから127.5kgをしたい!」はっきり言いました!その熱意に僕は少し厳しいかなと思いましたが、本人の気持ちで順位の争いも今回ないからその重量をさせました。
結果、本当にあと肩の返しのところでつまづき万事休す。結果は失敗でした。しかし今まで石橋をたたいて崩さしてしまう工藤さんが、超攻めに行ったのは、これは本当にプラス!
かといってベンチは、第2試技で77.5kg成功、第3試技は80で失敗ですので、自分の状態に応じてちゃんとコールしていますからね。
工藤さんの気持ちが攻めの姿勢に大いに変わった瞬間でした。
工藤さん、自己ベスト20kg更新本当におめでとうございます!!あのスクワットの第3試技を見れて本当によかった!!
この次は・・・余語っち→浦野先生→森さんの順ですな!!
