ごんざの「しゅぢ」1 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写)「村山七郎訳」 『ごんざ訳』 村山七郎注

 

「улусы」(ulusy)       「小舎のつらなり」『しゅぢ』

             cf. ショージ 小路、横丁。大阪その他・徳島・愛媛・高知。TZH.

              ショウヂ(小路) xogi 狭い道。または、狭い街路。日葡。

 

 ごんざの訳語の『しゅぢ』は(ショージ)(小路)(ちいさい道)であるという村山七郎注がついている。

 たしかにごんざのことばには長音がないし、現代日本語の(しょう)がごんざのことばで(しゅ)になる例はある(「小便」→『しゅべん』)

 ごんざの『しゅぢ』が現代日本語の(小路)に該当する、という音韻上の説明はなりたつし、それどころか、ほぼそのまんまの形で現在もつかわれているらしい。

 

日本国語大辞典 

「しゅうじ(方言)①家と家との間の道。路地。茨城県多賀郡(しゅじ)宮崎県東諸県郡。②裏通りの小道。壱岐(しゅち)鹿児島県肝属郡。③小道。千葉県香取郡。福岡県浮羽郡。佐賀県三養基郡。長崎県南高来郡。熊本県。④辻。沖縄。」

 

おんじょどいの小屋 鹿児島弁辞典

「しゅっ 小路、横丁。」

 

 でも、みだし語は(ちいさい道)というような意味ではない。

 みだし語はアルタイ言語学の世界的権威だった村山七郎教授にとって、とても大切なことばだったはずだ。

 

岩波ロシア語辞典 

「улус 1(中央アジア・シベリアの)氏族・部族連合体。2ウルス(帝政ロシアでブリヤート人・ヤクート人・カルムイク人の居住地の行政単位。ロシアのволосьに相当。3(ウラル・シベリア地方のチュルク系・モンゴル系民族の)村落、宿営地。」

 

Redhouse Sozlugu Turkish-English

「ulus 1. nation, people. 2. archaic tribe, especially one of the four great Turanian tribes.」

 

現代モンゴル語辞典 小沢重男 大学書林

「улс 国家、国;人々;王朝。」

 

 ごんざの『しゅぢ』が(ちいさい道)ではない可能性はないかとおもって、もう一度鹿児島県立図書館にあるコピーをよくみると、ごんざがかいた『шуджь』(shudzhi)『しゅぢ』の(ш)(sh)の3本の縦線のうち、まん中の縦線と一番右の線は、下線でつながっていない上、一番右の線は(с)のようにまがっている。

 つまりこの訳語は(Ⅱcуджь)のようにかかれている。

 先頭の縦線2本がなんだかわからないので、ラテン文字に転写すると(?sudzhi)になり、ひらがなでは(?すぢ)になる。

 

 (суджь)(sudzhi)(すぢ)という訳語は、ごんざの辞書にでてくる。

 

「черта」(cherta)      「線」    『すぢ』

「жила」(zhila)       「筋、腱」  『すぢ』

「струя」(struya)      「水流、波紋」『すぢ』

「златая руда」(zlataya ruda)「金鉱」   『きんの すぢ』

 

日本国語大辞典

「すじ(筋・条) ⑤一つづきの関係でつながっているもの。イ.血統。血筋。家系。ロ.特に癩病の患者を持つ家系の人をいう。ハ.芸事などで、その家、血筋などを受け継いでいる素質。あるいは血筋などに関係なく単に素質。ニ.身分。地位。ホ.流儀。流派。」

 

 ごんざの訳語を(ちいさい道)よりも(筋)とかんがえた方がみだし語の意味にあう。

 

 でも、ごんざの訳語の語頭の縦線2本は何だろうか。

 もしかすると、(ш)(sh)をかこうとして、途中で(с)(s)にかきかえて、のこった縦線2本をけしわすれたんじゃないだろうか。