ごんざの辞書のかきかえ171「うっしぇた」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

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1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写)「村山七郎訳」『ごんざ訳』

 

「утраченыи」(utrachenyi) 「失いたる」 『うっしぇた

 

 鹿児島県立図書館の原稿コピーをみたら、ごんざの訳語は(ушетатъ)(ushetat')(うしぇた)とかいてあって、上の行に(с)(s)がかきこんである。

 

 ごんざは促音をかかなかったことに気づいて、あとから追記したんだろう。

 でも、(ша)(sha)(しゃ)、(ши)(shi)(し)、(шу)(shu)(しゅ)、(ше)(she)(しぇ)、(шо)(sho)(しょ)に先行する促音は(ш)(sh)をかさねてかく、という表記規則をごんざはもっていた。

 

(ша)(sha)(しゃ):『фишша』(fishsha)(ふぃっしゃ)(筆者)

(ши)(shi)(し) :『ошшигъ』(oshshig')(おっしぐ)(おっしぐ)

(шу)(shu)(しゅ):『ушшу』(ushshu)(うっしゅ)(うっせよう)

(ше)(she)(しぇ):『фашшенъ』(hashshen')(ふぁっしぇん)(八千)

(шо)(sho)(しょ):『зашшо』(zashsho)(ざっしょ)(雑餉)

 

 促音をあとから追記する時に(ш)(sh)ではなく(с)(s)をかいたことは、ごんざの頭の中の日本語の音韻体系をちょっとみせてくれるような気がする。