ごんざの辞書のかきかえ170「すなわち」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

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1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写)「村山七郎訳」      『ごんざ訳』

 

「сирЕчь」(sirechi)     「即ち」(コノユコを消して)『そいある』

 

 村山教授もかいているように、鹿児島県立図書館の原稿コピーをみたら、ごんざははじめに(коноюкотъ)(konoyukot')(このゆこ)(このいうこと)とかいてから、けして『соiаръ』(soiar')『そいある』(それある)とかいていた。

 

岩波ロシア語辞典 「сиречь (廃)すなわち(то есть);言いかえれば。」

 

 みだし語はふるいことばらしい。でもロシア語の聖書にはでてくる。

 

使徒行伝19章4節 「自分のあとにくるかた、すなわち、イエスを信じるように」

ペテロの第1の手紙3章20節 「この箱船に乗り込んだ数人、すなわち八人だけが」

ヘブライ人への手紙2章14節 「死をつかさどる者、つまり悪魔を」

 

 でも、日常会話では「つまり」とか「すなわち」とか、私はあまりつかわないし、ごんざもつかわなかったとおもう。

 

 だから、ごんざは(このゆこ)(このいうこと)(=これを(ほかのことばで)いうこと)という訳語をかいたものの「こんなこといわないよなあ」とおもったんだろう。

 

ごん:「сирЕчь」(sirechi)をもっと簡単なことばでいうと何?

ボグ:「то есть」(to esti)だな。

ごん:そうか。

 

「то есть」(to esti)は、一語としても現代ロシア語の辞書にでている。

 

岩波ロシア語辞典 「то есть 1すなわち、つまり、言い換えれば。」

 

 ところが「то есть」(to esti)をわけて直訳すると、

 

「то」(to)(それ)

「есть」(esti)(ある)

だから、ごんざのかきかえ後の『соiаръ』(soiar')『そいある』(それある)になる。

 

 原稿には「то есть」(to esti)というロシア語はでてこないけど、

「сирЕчь」(sirechi)→「то есть」(to esti)→「то」(to)+「есть」(esti)

という手順をへて、ごんざの訳語の『そいある』(それある)ができたのであって、当時の薩摩方言で(すなわち)の意味で『そいある』(それある)といっていたのではないとおもう。

 

 ごんざははじめにかいた(このゆこ)(=これを(ほかのことばで)いうこと)から「то есть」(to esti)の直訳の『そいある』(それある)に訳語を改悪してしまった。