ごんざの辞書のかきかえ33「息」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写) 「村山七郎訳」    『ごんざ訳』 

 

「издыханiе」(izdykhanie) 「息を引き取ること」 『いきがきゆる』

 

 鹿児島県立図書館の原稿コピーをみたら、ごんざははじめに(икьсуркотъ)(ik'surkot')(いきするこ)とかいたのをけして(икьгакiюръ)(ik'gakiyur')『いきがきゆる』にかきかえていた。

 

 (いきすること)(息をすること)と『いきがきゆる』「息を引き取ること」は反対の意味だ。ごんざはまちがいに気づいてかきかえた。最初どうしてまちがえてしまったんだろう。

 

 ごんざはロシア語を形態素に分解して訳語をかくのが得意だ。

 「издыханiе」(izdykhanie)は「из」(iz)と「дыханiе」(dykhanie)に分解できる。

 うしろの「дыханiе」(dykhanie)は、この辞書にでてくる。

 

「дыханiе」(dykhanie)      「呼吸」    『いくするこ

「дыхаю душу」(dykhayu dushu)「呼吸する」  『いくする』

 

 この動詞に(外から内に)という意味の接辞「в」(v)がついた動詞もこの辞書にでてくる。

 

「вдыхаю」(vdykhayu)        「息を吸い込む」『うちさめいきする』

                           (内さまに(内さめ)息する)

 

 「из」(iz)は「в」(v)と反対に(内から外に)という意味の接辞だから、「издыханiе」(izdykhanie)は(息をはくこと)『いくすること』(息をすること)であると、ごんざがかんがえたのは当然だ。

 

岩波ロシア語辞典 「из 1内部よりの運動を表す。2四方(全部)に及ぶ意を表す。3動作(過程)が極限にまで達する、十分に行われることを示す。4動作の長期反復の結果、ある性質(能力)を高度に身に付ける、または完全に失うことを表す。5対象物の完全な消費、使用による破損などを示す。6対応する完了体動詞を形成する。」

 

 ところが「из」(iz)にかぎらずロシア語の接辞は意味がおおくて、正解は「動作(過程)が極限にまで達する」とか「対象物の完全な消費」という(~しおわる)の意味だったのだ。ごんざはそれに気づいてかきなおしたわけだ。

 

ごん:「издыханiе」(izdykhanie)は、息することでしょ?

ボグ:ちがうよ。息をしなくなることだ。

ごん:「вдыханiе」(vdykhanie)の反対じゃないの?

ボグ:たべつくしたり、のみつくしたりするのとおなじように、息をしつくして、もうそれ以上息をしなくなること、しぬことだよ。

ごん:ふ~ん。じゃ、かきなおさなくちゃ。