ごんざの「煙」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写) 「村山七郎訳」    『ごんざ訳』  村山七郎注

 

「чадъ」(chad')        「炭酸ガス」     『けむい』   煙

「чадныи」(chadnyi)     「炭酸ガスの」    『けむいの』  煙の

「чадю」(chadyu)       「炭酸ガスを発散する」『ふすむる』  ふすむる

  村山七郎注 cf。フスボル 燻る、くすぶる。徳島・広島・石見・長崎県千々石。TZH.

 

 これだけみると、「炭酸ガス」(=二酸化炭素)という概念がわからないごんざが、くるしまぎれに『けむい』(煙)という訳語をかいたようにみえる。

 

 でも、実際にはごんざ訳がただしくて、村山七郎訳がまちがっている。

 

岩波ロシア語辞典 「чад 1(生木・石炭・油などがくすぶる)むせるような煙、臭気。2(意識・理性)を麻痺させるもの、毒気。」

 

 「чадъ」(chad')は、煙突からたちのぼるふつうの煙ではなくて、不完全燃焼によって人のいる風呂場やペチカのそばにこもる不快で有害な『けむい』(煙)、つまり一酸化炭素をふくむ煙のことらしい。

 村山七郎訳は一酸化炭素と二酸化炭素をまちがえてしまったんだろう。