ごんざの「座」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写)    「村山七郎訳」 『ごんざ訳』

「канца[е]лярiя」(kantsa[e]lyariya) 「事務所」   『ざ』
「приказъ」(prikaz')        「法廷の場」  『ざ』

 社会主義時代の東ヨーロッパをしっている人にとって「канцелярия」(kantselyariya)というところは、イメージがよくない。書類をもっていっても、仲間内でしゃべってばかりで、なかなか対応してくれない。やっと書類をみてくれたとおもったら、たらいまわしにする。やたらと休憩時間がながい。
 ごんざにとって「канцелярия」(kantselyariya)は、それどころではない、もっとおそろしいところだっただろう。ことばが全然わからない上に、自分が何者であるかを証明する書類も金も何ももっていないし、自分が今いるところがどこであるのかもしらない。自分がこれからどうなるのか、牢にいれられるのか、ころされるのか。
 ペテルブルグにおちついて、ボグダーノフ師匠と安心してくらせるようになった時、ごんざは「канцелярия」(kantselyariya)に「とりしらべどころ」というような訳語はつけなかった。
 日本語の辞書で「座」ということばをしらべても、「すわるところ」「集会」「同業者集団」というような意味はでてくるが、そのままでは「事務所」にちかいことばはみつからない。日本にいる時にはしらなかった「事務所」という概念の訳語として、ごんざがかんがえた末にあてはめた『ざ』ということばのイメージは、廻船問屋の帳場あたりだろう。
 おそらくロシア語の専門家も、江戸語の専門家も、薩摩方言の専門家も予想できなかった、簡潔な『ざ』という訳語をえらんだごんざのセンスはすごい。