Gon のあれこれ -22ページ目

Gon のあれこれ

読後感、好きな太極拳、映画や展覧会の鑑賞、それに政治、ジャーナリズムについて、思いついた時に綴ります。

野分の朝、9日 予定が空いたので、電車が遅延すれば「縄文」特別展、予定通りなら掲題の映画、

 

と決めて出かける。

 

幸い電車は5分程度の遅れだったので, この映画[「カメラを止めるな」を鑑賞。

北イタリアで開催された第20回ウディネ・ファーイースト映画祭の受賞結果がこのほど発表され、低予算映画『カメラを止めるな!』(6月23日公開)がアジア各国の大ヒット映画を抑えて観客賞で2位となるシルバー・マルベリー賞を受賞する大健闘を見せた。

同映画祭は、イタリアではなかなか上映される機会のない東南アジアと東アジア各国の娯楽映画の祭典だ。日本からは現在公開中の佐藤信介監督『いぬやしき』、韓国からは2017年の韓国映画観客動員数ラインキング4位の『犯罪都市』(公開中)、同5位の『軍艦島』のディレクターズ・カット版、同6位の『ミッドナイト・ランナー』、さらに中国からは大ヒット映画『戦狼 ウルフ・オブ・ウォー』と強力なラインナップが揃った。

その中で『カメラを止めるな!』監督&俳優養成スクール・ENBUゼミナールがワークショップを行いながら製作するシネマプロジェクト第7弾作品で、製作費などをクラウドファンディングなどで調達。上田監督が劇場長編映画デビュー作なら、俳優はオーディションで選ばれた無名の面々という本映画祭の中でも超マイナーな作品ながら、37分間ワンシーン・ワンカットのゾンビ映画と、それを製作したてんやわんやの舞台裏を描くというユニークな発想が大ウケとなった。(シネマトゥデイより)

 

いかにも二流な映画監督日暮が、ゾンビ・チャンネルから開局記念として、ゾンビ映画の製作依頼を

 

受ける。条件は「生中継」「ワンカットつまり、最初から最後までカメラを止めない、ということ。

前編は、撮影風景から始まるが、出演者が次々とゾンビ化してホラー化する。

 

後編は、その舞台裏をシリアスかつコミカルに描く

 

変身はゾンビ化だけではない。 監督の日暮一家から始まった

 

Commitment関わり)Change変容)Authenticity(本物) という循環

 

出演者全体にゾンビのように伝染してゆき、それがわれわれ見る側にも

 

Involvementハラハラ)→Empathy感情移入)→Catharsis快放感

 

もたらす。

 

それが娯楽作品としての面白さクオリティに繫がっている、と思う。

 

 

最後の組体操の場面、今 思い出すと可笑しくて笑いがこみ上げてくるのだが、

 

その時は彼らと一体となって、それが何とか完成した安堵感の方が強い。

 

二度三度と足を運ぶ人がいるのは、次は爆笑して終わり、カタルシスを感じたい、という欲求が

 

あるのだろう。

 

この映画、最初から「娯楽映画」として観たのだが、十二分に楽しめた。

 

300万くらいの予算、とどこかで見かけた記憶があるが、無名の監督や俳優が「映画」に

 

賭ける情熱が、それもプロ意識が充満していて、後味も大変良い。

 

惜しむらくは、見た映画館が三越前のコレドにあるTOHOシネマズ日本橋で、場所柄か

 

上品かつ遠慮深い観客が多い所為か笑いが少ない。 こちらが笑うと目立つのだ。

 

映画を選ぶときは、映画館も選ぶべし。 ということか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モダンアート美術館X-ROYALの広場に設えられた4メートル四方(スクエア)の中では、

 

人は相互信頼と思いやりを持って人と接することを求められ、

 

その中ではすべての参加者が平等な権利と義務を持っている

 

これは現代美術のインスタレーションで、あるものや装置を空間にインストールすることで

 

見るものに何らかのインパクト、体験を与えようと意図するものである。

 

考えてみれば、映画もまたスクエアのスクリーンに映し出されるカットの連続、または転換の中に

 

時に物語性や非物語性をインストールすることで、観客または社会に何らかのインパクトを

 

与えようとするものだろう。

 

この連想というか複層性を足掛かりに、二つの面からインスタレーションを分析してみたい。

 

一つは、モダンアートに対する批判ないし皮肉である。

 

インスタレーション、といえばマルセル・デユシャン

 

この陶製の便器は「泉」と名付けられた

 

そして芸術作品アートと同じく手作りだが、複製可能でもあっていくつかの美術館で保有・展示

 

されているらしい。ダリもアンデイ・ウオフォールも「工場」で複製ないし順列・組み合わせで作品

 

が量産されサインだけが本人のアートが美術館だけでなく館の壁を飾る。

 

美術館員が、「展示室内の砂山の群れが誰かに破壊された」、と慌ててチーフキュレーターの

 

クリスチャンに報告した時、彼は「写真があるから、それを見て修復するように」と指示する。

 

モダンアートの複製可能性

 

そういえば唐突にチンパンジーが出てくるが、彼らに絵筆を与えてキャンバスに殴り書きさせて

 

アート、と展示させることもできる。その同じシーンでクリスチャンと美術ジャーナリスト(アン)が、

 

コンドームを奪い合うシーンがあった。

このインスタレーションの素材は何か。コンドームである。

 

そもそもクリスチャンがチーフキュレーターを辞職する羽目になったのは、

 

自国だけでなく欧州全体の美術館が、キュレーションの革新性や話題性を競い、

 

観客数、寄付を集め、モダンアートの購入資金にする。

 

優秀な館長とは、芸術家の将来性に対する鑑識眼があり、一足先にその作品を購入する

 

資金を集める能力が必要とされる。  参考:https://www.nytimes.com/2018/07/31/arts/moca-turns-to-new-york-again-to-direct-its-next-chapter.html

クリスチャンは、資金集めのためにランチやディナーを頻繁に開催し、奇矯な出し物(ゴリラ役者)

 

を用意する。

 

若者相手には館内でゴーゴーパーティだ。 涙ぐましい努力だが、一概に批判できないだろう。

 

もうひとつ、この映画にダブって見えるのはEU危機

 

欧州連合は「人間の尊厳、自由、民主主義、平等、法の支配、マイノリティを含む人権の尊重

 

という価値の上にたって、多元主義、寛容、正義など多様性の統一がその目指す社会である。

 

第二次世界大戦で欧州は戦場となり、ロンドン、ベルリン、ドレスデン、ワルシャワなどの都市が

 

徹底的に破壊された。

 

そのような惨禍のなかから、「単一市場」という功利的なスローガンを出発点に、物と人の域内

 

自由移動(シェンゲン協定)を推し進めることで平和を担保しようとする壮大な目論見である。

 

これらは、ザ・スクエアー思いやりの聖域に通底するものだ。

 

EU諸国は言語も歴史も多様だが、しかし印欧語族の基底があり、宗教も新旧の

 

キリスト教の宗教戦争を経て多民族国家に収れんさせてきた歴史を共有している。

 

主人公の名前がクリスチャン(キリスト者)と名付けたのは偶然ではないだろう。

 

そして言語と宗教で共通基盤を持たないトルコの加盟で揺れている。

 

そのEUはユーロを共通通貨とする諸国が財政を異にすることによる矛盾から、数度の危機に

 

見舞われている。その都度欧州中央銀行の「声明」で危機を乗り切ってきたが、財政健全化

 

の為に当該国に押し付けられた緊縮策は、国民の不満に直結し、通貨ユーロ離脱のエネルギー

 

になっている。

 

しかしギリシャはどうやら財政危機を乗り切ったようだし、スペイン、ポルトガルも安定している。

 

最近のEU危機は難民問題だ。

 

難民=貧困=犯罪、と言う連想は働きやすく伝播しやすい。

 

クリスチャンも、奪われた携帯や財布が難民が多く済む地域にあると知って、軽率な行動にでる。

 

黒髪の難民の子が「謝れ、さもないとカオスを引き起こす」とクリスチャンを脅すとき、

 

カオス=テロ、という連想が働くに違いない。

 

難民問題にはポーランドやハンガリーなどは冷淡だ。

 

イギリス、フランス、ドイツ、スペイン、ポルトガル、ベルギー、オランダなどの諸国は帝国主義時代、

 

アフリカ大陸や中東で搾取を重ねてきた。 それに無関係な諸国は「自業自得、われわれが

 

負担すべき問題ではない」との思いが当然あるだろう。

 

美術館内の作家インタビューで、観客席から精神を病んだらしい人が、 Suck cock

 

とか、boobs などと一緒にCameltoe(ワレメ)を連発する。

 

司会者が一生懸命にポリティカルコレクトネスを発揮しようとするのも皮肉っぽいが、

 

美術ジャーナリストアンがクリスチャンに Camei toe と言って性的誘惑をする。

 

Cameltoe(ワレメ)=Sprit(裂け目)を強調しているかのようだ。

 

英語表現に travel around Europe to the four corner of the continent

 

という表現がある。 the Square を Eu とダブらせるのはそれ程無理筋でもないだろう。

 

この映画は、いつも面白く拝見しているZELDAさんの映画評ブログ「シネマの万華鏡」

に刺激されて鑑賞した。

鑑賞したのはユジク阿佐ヶ谷で7月24日だが、この映画をどう理解するかでやや煩悶した。

加えて、この異常な暑さも気力を阻害した。

尚、この異常な暑さ、皆様も熱中症にはくれぐれもお気を付けください。

 

 

2014年12月にキネマ旬報が「オールタイム・ベスト日本映画男優・女優」を発表。

三船が男優一位。

映画人・評論家・文化人の方々など181名へのアンケートにより、120年に及ぶ映画の歴史の中から、ベストと思われる日本映画の男優と女優をそれぞれ選んでいただき、そのランキングを発表。

株式会社キネマ旬報社のプレスリリースアイキャッチ画像

『キネマ旬報』創刊95周年記念

【日本映画男優】
1位 三船敏郎
2位 森雅之
3位 市川雷蔵
4位 勝新太郎
4位 高倉健
6位 原田芳雄
6位 松田優作
8位 役所広司
9位 三國連太郎
10位 志村喬

【日本映画女優】
1位 高峰秀子
2位 若尾文子
3位 富司純子(藤純子)
4位 浅丘ルリ子
4位 原節子
4位 山田五十鈴
7位 岸惠子
8位 安藤サクラ
8位 田中絹代
8位 夏目雅子

このようなアンケート方式によるランキングは、いつ実施されたかによって、当時の記憶の新しい

 

あるいは鮮烈な記憶に残っている人が予想外にラングアップされることもあるだろう。

 

しかし三船は日本映画史上最高の男優であるという評価は当分揺るぎ無いと思う。

 

このアンケートの視点を少しずらして「最高の映画スター」とすれば、男優では石原裕次郎や

 

渥美清が、女優では吉永小百合がランクインするであろう。

 

その証左に、同じキネマ旬報社が2000年に行った著名人と、映画ファンによる20世紀の映画スター

 

を参考のためにリンクを貼っておく。

 

中学時代に学校を抜け出して観た映画は石原裕次郎で、その後は青春ヒーローものにも、

 

ヤクザ映画などにも大して興味を持てなかったので、足は自然に映画館から遠のいた。

 

大概の人は、映画を誰に連れて行ってもらって見たか、とかたまたま自分を重ね合わすことが出来る

 

存在がスクリーン上に発見できたか、などによって 見た映画も、役者の評価も違ってくるに違いない。

 

隠し砦の三悪人」などは子供のころ見た記憶があるが、そのキリっとした顔と姿態の上原美佐

 

印象に残っているのは芽生え始めたテステストロンの所為か。

 

このドキュメンタリー映画の中で、ペンタゴン・ペパーズ」 のスピルバーグや、「沈黙ーサイレンス」

 

のスコセッシ両監督が、三船の演技をべた褒めしている。(注1)

 

あの「完璧主義者」として知られ、クランクアップは何時になるかわからない、とされた黒沢明監督が、

 

三船には一切ダメ出しをせず、信頼して好きなように演技させたのは、三船の、役に対する理解の

 

深さと、その表現の、黒沢の予想を超えた独創性ー天才があったからに違いない。

 

三船の父は秋田の人、母親は新潟の人、共に雪深い裏日本で両親から「我慢強さ」を自然に

 

受け継いだに違いない。

 

戦争で両親も変えるべき場所も失った三船は、「あの戦争は無益な殺戮だった」と言い切っている

 

自分の出番の一時間前には独り、現場で待機し、出番が遅れても一切文句を言わずに黙々と

 

待っていたらしい。(三船は付き人を持たなかった)

 

それらを重ね合わせる時、三船の「地」にある孤独の陰が、彼の演技に深みをもたらしたに違いない。

 

昭和25年、東宝ニューフェイスの同期生であった吉峰幸子と結婚するが、まだ若く血気盛んな三船は

 

無口なだけに怒りっぽく、何度ぶたれたかわかりません。撮影に入る直前が特に気が荒くなり、(中略)

 

撮影が始まるとケロッとした顔で「ぶったりしてわるかったなあ」といかにも照れくさそうに(夫人に)

 

詫びる」(注2)

 

僕は俳優にはなりません。男のくせにツラで飯を食うというのは、あまり好きじゃない

 

と、ニューフェイスのころ、谷口千吉に出演を依頼されて、断ったエピソードがある。

 

三船の暴力は、俳優としての下地が無かった三船が「ツラでなく、演技力で」評価されるために

 

払われた代償の一部であると思う。

 

一方、「幸子夫人は、三船に何か言われた時、黙って飲み込むことなくすぐに言い返すタイプだった」

 

それが油に火を注ぐ結果になった。と後年、二人の間の次男が述懐している。(注3)

 

後年、黒沢と仲違いし、大手五社の経営危機を救う形でスタートした「三船プロ」も部下の離反で

 

危機に陥り、幸子夫人との離婚訴訟も泥沼化してスキャンダルになる、その間二十年以上

 

続いた創価学会員 喜多川美佳との別居など、晩年は災難、苦難の連続であったが

 

それらの事は三船敏郎の映画人としての評価をいささかも損なうものではない

 

黒沢との確執も「スピーディな演技、それでいて、驚くほど繊細な神経と、デリケートな心を

 

持っているので、荒っぽい役でも、単なる粗暴な性格にならないところが魅力でした。

 

とにかく、僕は三船という役者に惚れこみました」(注4)と黒沢が三船に弔辞を送ったことで融解した。

 

このドキュメンタリーの三船に対する視角は、横文字の「サムライ」であるが、それは彼の生きざま

 

の中に、浪人の気位を重ね合わせたのだろうか。

 

むしろサムライ」の枠「に収まりきらないところが、三船の真骨頂だったのではないか。

 

尚、映画を見た後、フロントで以下の本を買い求め、そこからいくつか引用した。

 

著者は、松田優作夫人の松田美智子氏である。

 

注1:三船の葬儀には シラク フランス大統領を始め、アラン・ドロンやマーロン・ブランドなどから

 

   数多くの弔電が寄せられたスピルバーグは「彼は孤独の人でしたが、何者にもまして、彼は

 

   今の世の中ではまれな何かを持っていました。それは威厳そのものです」同書p12

 

注2:同書p35

 

注3:同書p158

 

注4:同書p270

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は万博が開かれた高度成長真っただ中の日本。1970年。

 

場所は伊丹空港近くの韓国人コミュニティ。 国有地に疎開してきた人たちが住む住まいは

 

木造の掘立小屋で大きな地震にはひとたまりもなさそうだ。

 

ここに焼肉屋を営む龍吉(キム・サンホ)と英順(イ・ジョンウン)の夫婦、3人の娘と一人の息子

 

暮らしている。

 

龍吉は韓国済州島の生まれ。

 

生年は定かでないが、日本の朝鮮併合(1910年)によって日本の二級国民として生まれたのだろう。

 

1937年に日中戦争がはじまると翌38年には「国家総動員法」が、39年には国民徴用令が発動され、

 

朝鮮総督府は日本政府の労務動員計画に基づき毎年、朝鮮人を九州、北海道の炭坑や

 

全国各地の軍需工場などに配属した。

 

余談だが麻生財務相の父太賀吉麻生鉱業人権無視のタコ部屋で朝鮮人を使って大儲けした。

 

この間龍吉は日本内地の工場に動員され、戦争に駆り出されて片腕を失い、結婚して二人の娘

 

を生んだ妻も病死してしまう。

 

一方、龍吉の帰るべき故郷済州島は、戦後李承晩政権が起こした済州島四・三事件 虐殺によって

 

全ての身寄りを失い、同じく済州島出身で身寄りを失った英順と再婚する。英順には娘が一人いた。

 

そして二人の間にはやがて一人息子時生が生まれる。

 

この家族、それぞれが誰かと血がつながっているが全員が同じ繋がりを持っていない。

 

龍吉は一人息子時生を進学校に通わせるが、日本人同級生の酷いいじめに会い、不登校で

 

退学か留年かの岐路に立たされた時、「この子は日本で生きて行かなければならない。イジメに

 

負けるわけにはいかない」とするが、結果は悲劇的な結末になる。

 

残された娘たち3人が、それぞれに曰くのある伴侶を得て去っていく。

 

自分たち二人もまた、強制取り壊しで出立しなければならない。

 

バラバラになっても、わしら家族は繋がっている。それを忘れたらいかんで

 

と英順が去っていく娘たち夫婦に鼻向の言葉をかける。

 

時は桜の散る頃。 はらはらと舞い落ちる花びらに春の陽光がきらめく。

 

こんないい日には、明日が信じられる。

 

昨日がどんな日でも、明日はきっといい日になる

 

と龍吉は妻の英順に語りかける。

 

この映画は、日本と韓半島の歴史に翻弄され故郷を失った物語、としてみることも可能だろう。

 

高度成長期には、韓半島の人たちの苦境には比べるべくもないが、田舎から都会へ、工場へ

 

と多くの若者が移動した。彼らは高度成長の生産を支えただけでなく、その消費も支えたのである。

 

そしてそこで結婚し、家庭を営み子育てをして、気が付いてみると田舎には老親だけが残されている。

 

過疎化した田舎には、働く場所もなく帰る場所がない。

 

彼らもまた「故郷喪失者」である。

 

現在公開中の映画『焼肉ドラゴン』(鄭義信監督)が、ネトウヨや安倍応援団らから「反日」と攻撃を受けていることを先日お伝えした。

『焼肉ドラゴン』を攻撃しているネトウヨたちは、ただ在日コリアンを描いた映画というだけで「反日」と攻撃しており、そのグロテスクな差別感情には吐き気がする。たしかに『焼肉ドラゴン』は在日コリアン一家が主人公で、差別やいじめを受けるシーンも出てくるが、その主題は社会の片隅に追いやられても生きようとする人間とその家族の絆を描くことであって、ネトウヨたちが言うような「反日」的主張などみじんもない。(リテラ

驚くべきことである。

 

映像芸術に対して「反日」か「親日」かというフレームで判断するバカ

 

がいる。

 

そして彼らは日本と韓半島の歴史に無知なバカでもある。

 

彼らが生業を営む土地は国有地で、龍吉は「醤油屋のサトーさんから買った」と主張するが

 

結局は国に収用されてしまう。森友学園の土地をありもしない「地中のごみの撤去費用」を

 

でっち上げて8億円値引きした、その同じ財務局の役人が、収用に対してわずかばかりのカネを

 

払うことを「世間の人は、盗人に追銭」と言っている、と栄吉に投げつける。

 

この場合の「世間」とは何か。それは韓半島の人たちを除いた世間であろう。

 

今再び若者の間に、狭い世間、その場限りの世間を絶対視する、視野の狭い

 

「コミュ力なるものが蔓延しているらしい。(野口雅弘成蹊大教授

 

学問は何のためにするのか、学問は何の役に立つのか、という根本の問いを考えさせられる。

 

 

 

梅雨時の古書市は、屋内が定番。

 

先週6月25日から30日まで開催された新宿西口交通広場の古書市も屋根付き。

 

実は今並行して読んでいる本が3冊もあって、出かけるかどうか迷ったのであるが、

 

新しい本との出会いがあるかも、、、と思ってつい釣られてしまう。

 

今読んでいる本は

 

ヒトラーと哲学者」(白水社)なじみ深いハイデガーやシュミットが中心の一つだけに外せない。

ハイデガー

カール・シュミット

 

国家社会主義の興亡」(明石書店)かつての日本やソ連の国家社会主義は崩壊したが、

 

中国は健在。東欧諸国は回帰の傾向さえ見られる。権威にすがることは、自分の責任を放棄する

 

「主体性」の問題であるだけではなく、経済的な「貧しいが生活は保障されている」や

 

流動性の乏しい社会のある種の安心感がその底流にあるのだろうか、とも思う。

 

最後はサピエンス全史の著者ノア・ハラリによる「Homo Deus」。(VINTAGE) 

 

 

 

飢饉、疫病、戦争の人類の三大災禍がコントロール可能となった今、ホモサピエンスはゼウスの

 

地位を手に入れたのか、という問いかけ。本文462ページのこの大著を端から端まで読む余裕は

 

無いので、序章と終章の他に数章読んで読了とするつもりだ。尚、多神教の神であるが全知全能の神

 

ゼウスに人間をなぞらえたところが用意周到だ。

 

この三省堂の古書市は毎年安定した出店者で、西武百貨店時代のリブロ古書市から続いている。

 

当日会場で購入した古書は、

 

全体主義」エンツオ・トラヴェルソ著 平凡社新書。国家社会主義の流れで。

 

秦漢帝国」(講談社学術文庫)。所有の「隋唐帝国」と合わせて先の「シルクロードの旅」の余韻。

 

フロイトを読む」リクール著新曜社。リクールはフランス大統領マクロンの哲学の師。

 

例によって、購入した本を手に取って、そのあれこれを楽しみながら西口の「ふくろ」で昼飲み。

 

 

シルクロードの旅 を終えてもう一か月が過ぎようとしているが、この間、

 

映画私はあなたの二グロではない万引き家族、それにプーシキン美術館展 に行ったりして

 

旅行後記を書くのが延び延びになってしまった。

 

後刻、中国シルクロードに行く方が、旅行情報を得ようとこのブログを訪問された時を思い、

 

簡単にウイグル自治区の旅行事情などを書き記す。

(天山山脈)

 

西安では使用できたホテルのWiFi 、もちろんGoogle はメールを開くことも検索もできなかった。

 

hotmail や outlook や Yahoo は使えたから出発前にブラウザーもそれ等にしておく方が安心だ。

 

ところがウルムチやトルファンのウイグル自治区に入った途端、ホテルのWifi があっても通信不能

 

になる。スマホはテレビ画面と連動して使える設定になっていたが、かなりハードルが高そうだ。

 

実は今回の旅行、出発前からホテルチェックインがとても遅く、しかも深夜になりそうなケースもある、

 

とスケジュールにあったので、出発前から各日の行程とおもな見どころを下書きして置いた。

 

それを修正・付加してアップしたのは、トルファンから高速鉄道に乗って敦煌に着いた日である。

 

その高速鉄道であるが、乗車前のチェックは航空機並みに厳しい

 

まず駅舎に入る前にパスポートチェックと顔写真を撮って入所を記録する。

 

次に待合室に入る前にもう一度パスポートチェック、顔写真を撮り、荷物検査とボディチェックがある。

 

パスポートチェックは降車の時もあるから、完全に乗降を確認していることになる。

 

先ごろ日本の新幹線車内で殺人事件があったが、これを防ぐには航空機並みの安全検査が必要で、

 

あるだろう。 

 

ウイグル自治区の公安(ポリスボックス)も幹線道路の一キロごとくらいにあって、ピリピリした雰囲気だ。

 

スーパーに入る時もパスポートチェックがあるらしく、うんざりしているらしいが、それを緩和するために

 

チェックをする係員はウイグル人が主とのこと。

 

ウルムチは標高1000メートルで軽井沢くらいだが、プラットフォームにはエスカレーターの類はない。

 

重い荷物を持って階段を昇り降りするのは大変だから、ポーターを頼んだ方が良い。

 

ウイグル自治区は民族問題を抱えているだけに、党イデオロギーの宣伝活動もひときわ活発だ。

 

ウイグルだけではなく、西安でも敦煌でも、

 

習近平総書記の「社会主義核心価値」として

 

国家: 富強 民主 文明 和諧

社会: 自由 平等 公正 法治

公民: 愛国 敬業 誠信 友善

 

が至る所、公共施設はもとよりタクシーのルーフの液晶サインにまで掲げられている。

 

国家社会主義国家中国は、民族や男女間の平等実現には功績があるものの、

 

近代的価値である、人権や自由を抑圧する。

 

戦前の日本は、民族差別や男女の不平等の上に人権や自由の抑圧があった。

 

その時代を良しとする日本会議の面々や、ネットに氾濫するネトウヨ諸君は、

 

国家社会主義体制の中では、のけ者の存在になるだろう。

 

なぜなら、国家が定める価値はあくまでも国家主導のものであり、個人の独走や逸脱

 

を許さないからだ。

 

 

昨年5月のサンクトペテルブルグとモスクワの旅行では、プーシキン美術館を見たい、とは

 

ついぞ思いつかなかった。(参照エルミタージュ美術館

 

何よりエルミタージュを見ることが最大の眼目で、モスクワは心中「付け足し」の気分であった。

 

ガイドブックも今は捨ててしまって手元にないが、確かあまり「見るべし」ではなかったように思われる。

 

折角の機会、と思って前売り券は早めに購入してあったけれど、アマゾンでこの美術館の本を探しても

 

はかばかしい結果は得られない。

 

印象派、とは何より風景であり、「光」が印象派のテーマ、と言われることも「風景」を抜きに語れな

 

だろう。 

 

勿論この場合、風景が「地」で人物が「図」であることも、その逆であることも一向にかまわない。

 

少ない美術館の資料の中でようやく発見した本は

 

絶版本らしく、中古でとても高い。

 

よって図書館で借りたのだが、アンリ・マチスやピカソがロシア人後援者シチューキンから

 

彼らの生活が最も苦しい時に助けられた話などが掲載されている。

 

戦前シチューキンに加えてモロゾフが収集したコレクションを、わざわざモスクワ経由で帰国途中に

 

見た宮田重雄(医者として留学したが画家)が書いた一文を孫引きさせていただく。

 

この二人が巴里に来て、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、ルノワール、モネ、ピカソ、ルオー

マチス、マルケ、ドラン、等々と近代作家の作品を買いまくった。

1908年から1913ごろまでの、いわゆるフォーヴ、キュビズム時代の作品を買うということ

は、金があるばかりでなく、よほどの眼識が無ければ出来ぬ。

それをこの二人は熱狂的に買い集めたのである。その御蔭で、今日ソ連には、ほとんど

二十世紀初頭の近代絵画の傑作が集まっていると云っても過言ではない。(同書p12)

(宮田重雄「竹頭帖」文芸春秋社S34年)

近代絵画、といえば真っ先に浮かぶのはパリでありロンドンであり、ニューヨークである。

 

モスクワ、というのは言わば盲点で、これは旧ソ連が自国にある所蔵美術品を、

 

第二次世界大戦終了後のどさくさの「略奪」とそれらの「返還」を恐れて公開を渋っていたせいでは

 

無いか、と秘かに疑っている。

 

だから美術史の本や画家の本を見ても旧ソ連の所蔵作品はあまり見かけない。

 

展示されている作品のなかで気に入った作品の一つは

 

ルイジ・ロワール(1845-1916)の「パリ環状鉄道の煙」

 

今回初めて名前を知ったがとても雰囲気を掴むのが上手な画家だ。

メトロポリタン(1899)プラハ国立美術館

 

冬の日のNeuilly通り(1874)

 

風景と雰囲気と言えば、中国絵画の山水画を直ちに想起するのであるが、神羅万象にある「気」

 

の形象化としての自然をいかに現出するか、あるいは自己の「気」心象風景をいかに現出するか

 

がテーマである中国絵画と、「光」を捉える印象派との間にそれ程の差はない、と言えば大胆過ぎる

 

だろうか。

李成(唐代)の作品と言われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「映画がかつて『国益』や『国策』と一体化し、大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば、公権力とは潔く距離を保つというのが正しい振る舞いなのではないか」

と安倍政権、林文科省からのカンヌ映画祭最高賞の受賞に関しての祝意を断った是枝監督。

 

是枝監督は、HPに「『祝意』に関して」と題した文章を掲載。今回の受賞を顕彰したいという自治体など

 

からの申し出を全て断っていると明かした上で上記のように記した。(毎日新聞より抜粋)

 

オリンピックなどの大きなイベントの、例えば演出や記録映画の製作などの「利権」を巡って

 

甘い蜜に群がる映画人や芸能人、広告コピーライターは多い。

 

それを餌に憲法改悪などの動員に彼らを利用しようとする安倍官邸との相関図は醜く、

 

とてもグロテスクだ。

 

そんな中での是枝発言は一服の清涼剤。清々しくも心強くもある。

 

まずはストーリーから

東京の下町。高層マンションの谷間に取り残されたように建つ古い平屋に、家主である初枝の年金を目当てに、治と信代の夫婦息子の祥太信代の妹の亜紀が暮らしていた。彼らは初枝の年金では足りない生活費を万引きで稼ぐという、社会の底辺にいるような一家だったが、いつも笑いが絶えない日々を送っている。そんなある冬の日、近所の団地の廊下で震えていた幼い女の子を見かねた治が家に連れ帰り、信代が娘として育てることに。そして、ある事件をきっかけに仲の良かった家族はバラバラになっていき、それぞれが抱える秘密や願いが明らかになっていく。(映画.com)

妻の信代は「もう少しカネに成るもんを拾ってきなよ」と言うが、その女の子ゆり 一旦は親元に返そう

 

とするが、その窓辺で母親がゆりの事を「産みたくて生んだんじゃない」と叫ぶ声を聞いて引き返す。

 

ある日ゆり信代の腕にも自分に似た傷跡を見つけ、擦って癒そうとする。

 

圧倒的に記憶に残るシーン。  この時二人の間に往来した「共感」が親子の絆を超える。

 

子は親を選べない。その中で 親子の情は本来的にあるものとされるが、そうだろうか。

 

あなたがあなたの家に生まれた子を育てるのは、自分の子供だ、と言う理由が唯一無二だろうか。

 

その子への愛情は本能として生まれるものだろうか。

 

 東京都目黒区のアパートで両親に虐待された末に死亡した船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5歳)は、ひらがなの書き取り帳に「反省文」を残していた。

 もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんからきょうよりもっともっとあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします

 ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおします

 これまでどれだけあほみたいにあそんでいたか あそぶってあほみたいなことやめるので もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいぜったいやくそくします

 

子を虐待し、あるいは子を捨てる親は、その子を拾ってこっそり育てる人より罪が軽いのだろうか。

 

家族、とは一組の愛情で結ばれた男女を核に、二人の間に生まれた子供を養育することが

 

当然視されてきた。 しかし、人生は絵に描いたようにはいかない場合がたくさんある。

 

夫の暴力や妻の不倫、性格の不一致などから離婚を選択した母子家庭や父子家庭は

 

家族モデルから逸脱したものとして時に白眼視され、何の援助も受けられないのだろうか。

 

白眼視、とはオーバーな、と思われるなら、ではその人たちに対する援助を拒んでいる社会の眼は

 

なんだろうか。十分な養育環境に、あるいはまともな教育も受けられずに「なりたい自分になる道」を

 

閉ざされた子供たちを放置しても良いのだろうか。

 

ピョートル・クロポトキン(1841-1921)はダーウインが「種の起源」(1859年)の次に著した

 

「人間の由来」(1871年)において、

 

『人間は、肉体的形態、心的能力、知的能力、道徳的性質のすべてにおいて「下等動物」と連続性をもっている。そして、お互いに助け合い、守り合う「種」こそが「存続をめぐる争い(生存競争)」を生きのびる。』

 

と言う面に注目し、動物進化の極く遠い時代、群体時代に相互扶助・相互支持の起源がある

 

として、「万人の万人に対する闘争」「弱肉強食」を根幹とする俗流社会進化論を退けた。

 

例えば「弱肉強食」 

 

個としての人間は、虎よりもライオンなど、大型の捕食獣より明らかに弱い。

 

虎もライオンも絶滅が危惧されているが、人間はますます地球上に蔓延っている。

 

それは弱い子供や、肉体的に劣る女性や老人を集団内に抱えていたからであり、

 

万人の万人に対する闘争」では絶滅の道に繋がることを察知したからこその繁栄ではないか。

 

建設現場で働くが怪我をして収入もなくなり労災も出ない。一方信代は洗濯工場を首になり、

 

一家にとって、初枝の年金だけが頼りの生活に追い込まれていく。

 

その初枝がもし死んでしまったら一家の生活はどうなるだろうか。

 

本来ならば、このような場合には「生活保護」を支給すべき時であるが、事情を抱えた家族には

 

不可能な話。

 

どのような事情を抱えた家族や人に最低限の生活保障をする仕組みーそれは

 

現金給付ばかりではなく、食事や住居、医療の現物給付を含めて考えられるべきであり、母子家庭

 

などでは就労支援ー託児施設を含めて考えられなければならないが、上は国会議員から、窓口の

 

地方自治体職員に至るまで、生活保護申請者にネガティブな現状こそが問題の解決を妨げてい

 

 

ある日翔太ゆりが駄菓子屋で万引きをしたとき、駄菓子屋の老爺が翔太を呼び止め、「妹にまで

 

万引きをさせるなよ」といって翔太に菓子を握らせる。これが伏線となってある事件が起き

 

一家は崩壊に向かう。

 

ネタばれをせずに書いていくのは、隔靴掻痒も甚だしいが、信代が罪を責められて

 

叫ぶでもなく、忍び泣くのでもなく、ただあふれ出る涙を素手で拭っていくシーンは圧巻だ。

 

その時 彼女に去来する心情を思う時思わず涙せずにはいられない。

 

そして最後に翔太と対面するときの信代の美しい顔

 

まるでそのアングルをこのシーンの為に取って置いたような気がする。

 

映画を見終わって直ちに思い出したのはクロポトキンの「相互扶助論」。

 

日本は「世間体」が人と人の間に壁を作る「冷たい社会」である。

 

愛や同情や、犠牲は、われわれの道徳感情の進歩発達に、確かに重大な役目をなすものである。

しかし社会が人類の間によってもって立つ基礎は、愛でもなく、また同情でもない。

それは人類共同の意識、(中略)相互扶助の実行によって得られる勢力の無意識的承認である。

各人の幸福がすべての人の幸福と密接な関係のあることの無意識的承認である。

また、各個人をして他の個人の権利と自己の権利とを等しく尊重せしめる、正義もしくは平衡の精神の無意識的承認である。

この広大かつ必然的な基礎の上に、さあに高尚な幾多の道徳的感情が発達する。

(相互扶助論17p)

世間体が作る壁によって、各人の幸福がすべての人の幸福と密接な関係のある、という意識が

 

遮られ、生活保護費が最低賃金を上回る事をもって、引き下げようとする。

 

本来ならば最低賃金を上げるべき方向が、それに向かうエネルギーが分断され、生活保護費が標的と

 

される。これはいったい、温かい社会、正義もしくは平衡の精神に基く社会だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バラク・オバマ

 

黒人大統領を生み出した米国は、一見、人種差別から自由になったように見える

 

しかし警官の潜在的な黒人差別から発する過剰反応、過剰暴力は後を絶たず、

 

スターバックスの外で友人を待っていた黒人に対し警官を呼ぶというような日常ありふれた

 

それだけに見逃されがちな事件をみると、その根深さが、その深刻さがわかる。

 

トランプを大統領に押し上げた白人労働者階級は、その相対的貧困を「自分のせいでは無い」

 

とするためにその原因を東部エリートや、中国や、移民などに求め、社会的弱者つまり黒人や女性に

 

対する偏見を強化する。

 

黒人差別は今なお米国が抱える問題なのだ。

 

この、「マルクス・エンゲルス」の監督でもあるラウル・ベックによる作品のイントロダクションがある。

 

少し長いが引用させていただく。

2017年初頭。トランプ政権がスタートしたアメリカで、一本のドキュメンタリー映画が異例のヒットを記録した。アメリカ黒人文学を代表する作家、ジェームズ・ボールドウィンの原作を映画化した『私はあなたのニグロではない』。本作は、ボールドウィンの盟友であり、30代の若さで暗殺された公民権運動のリーダー―メドガー・エヴァース、マルコムX、キング牧師の生き様を追いながら、60年代の公民権運動から現在のブラック・ライブズ・マターに至るまで、アメリカの人種差別と暗殺の歴史に迫る。

差別はどうやって
作られたのか。 
誰が差別を必要としたのか。

60年代と現在を交互に映し出す映像に、アメリカの現状を嘆き、鋭く批判するボールドウィンの言葉が重なり、50年経った今でも人種差別を巡る状況が変わらないことが明るみに出る。テレビCFやハリウッド映画が大衆に刷り込む「正しく美しい」白人の姿と歪められた黒人のイメージ。証言や豊富な記録映像を交え、強制的に作られた黒人への偏見の歴史、無知や先入観が引き起こす"差別の正体"を解き明かす様は衝撃的だ。
 
映画のラスト、「差別とは何か」を語るボールドウィンの、火のように熱く激しく、知性的で明瞭な名スピーチは、オバマ前大統領やマドンナらが演説で引用するなど、今なお困難と闘う人々の心を揺るがせ、深い感銘を与えている。不寛容が広がり、分断が危険なまでに深まる時代。この映画はわたしたちに、よりよい未来へと歩む道しるべを与えてくれる。

非暴力の黒人公民権運動の指導者であるキング牧師(1968年4月暗殺)とは違い

 

攻撃的指導者であったマルコムX(1965年2月暗殺)は、当時必ずしも人気のある指導者では

 

無かったように思う、がボールドウインは二人の立場は徐々に近づいていった、と言う。

 

この映画を見る時、見る人個々の目線はどこにあるだろうか。

 

無意識に「白人目線」になっていないだろうか。

 

根深い差別を受ける彼らの目線で観れるかどうか。

 

戦後イエローモンキーと蔑称され、例えば日本の不動産バブル時代80年後半に

 

ニューヨークの高層ビルを買収した前歯の出っ張った日本人の戯画が米国の新聞に踊った

 

事を想起すべきだろう。

 

今なお沖縄での米兵の犯罪に人種差別の痕跡はないだろうか。

 

また、「私はあなたの二グロではない」と言う時、それは奴隷制度の「所有格」ではなく、

 

あなた方白人の醜い暗部を糊塗するための「都合の良い」黒人ではない

 

と言う含意がある。 

 

シドニー・ポワチエの苦悩がそれとなく理解できる。

 

ポワチエの演じる「黒人」像とは、あくまで白人が望む「素直でおとなしく、礼儀正しい黒人」だった。

 

最後に、「リベラル」であること、真のリベラルであることの困難さを突き付けられた

 

ボールドウインの言葉を掲載させていただく。

 All of the Western nations have been caught in a lie, the lie of their pretended humanism. This means that their history has no moral justification, and that the West has no moral authority. "Vile as I am," states one of the characters in Dostoevsky's The Idiot, "I don't believe in the wagons that bring bread to humanity. For the wagons that bring bread to humanity, may coldly exclude a considerable part of humanity from enjoying what is brought."

 

追記:scriptから

You cannot lynch me and keep me in ghettos without becoming something monstrous yourselves.
And furthermore, you give me a terrifying advantage.
You never had to look at me.
I had to look at you.
I know more about you than you know about me.
Not everything that is faced can be changed,
but nothing can be changed until it is faced.
History is not the past.
It is the present.
We carry our history with us.
We are our history.
If we pretend otherwise, we literally are criminals.
I attest to this.
The world is not white.
It never was white,cannot be white.
White is a metaphor for power, and that is simply a way of
describing Chase Manhattan Bank.
I can't be a pessimist,because I'm alive.
To be a pessimist means you have agreed that human life
is an academic matter,so I'm forced to be an optimist.
I am forced to believe that we can survive whatever we must survive.
But...the Negro in this country...the future of the Negro in this country...
is precisely as bright or as dark as the future of the country.
It is entirely up to the American people and not representatives.
It is entirely up to the American people whether or not they are going
to face and deal with and embrace the stranger they have maligned so long.
What white people have to do is try to find out,in their own hearts,
why it was necessary to have a "nigger"in the first place, because I'm not a nigger,
I'm a man.
But if you think I'm a nigger,it means you need him.
The question you've got to ask yourself,the white population of this
country has got to ask itself,
North and South,because it's one country,and for the Negro,there is no difference between the North and the South...
it's just a difference in the way they castrate you,
but the fact of the castration is the American fact.
If I'm not the nigger here and you invented him,you the white people
invented him,then you've got to find out why.
And the future of the country depends on that,whether or not it's able
to ask that question.


今日は観光最後の日。この旅行の目玉、莫高窟の見学がある。

 

見学に当てられた時間は4時間。

 

見学後は中国東方航空MU2216便で西安へ。

 

西安は泊まるだけで明日28日は西安発7時30分発で、再び上海経由で成田へ。

 

ここも接続が悪く成田到着予定は夜9時。一応成田のホテルを予約してある。

 

莫高窟については少し長くなるが、Wikipediaより引用する。

敦煌市の東南25kmに位置する鳴沙山(めいささん)の東の断崖に南北に1,600mに渡って掘られた莫高窟・西千仏洞・安西楡林窟・水峡口窟など600あまりの洞窟があり、その中に2400余りの仏塑像が安置されている。壁には一面に壁画が描かれ、総面積は45,000平方メートルになる。敦煌石窟・敦煌千仏洞と言った場合、広義ではこの全てを含むことになるが、歴史・規模・内容全てに渡って莫高窟が圧倒しているために敦煌石窟・敦煌千仏洞と言った場合でも莫高窟のことを指すのが普通である。

作られ始めたのは五胡十六国時代に敦煌が前秦の支配下にあった時期の355年あるいは366年とされる。仏教僧・楽僔(らくそん、僔は人偏に尊)が彫り始めたのが最初であり、その次に法良、その後の代に至るまで1000年に渡って彫り続けられた。現存する最古の窟には5世紀前半にここを支配した北涼の時代の弥勒菩薩像があるが、両脚を交差させているのは中央アジアからの影響を示している。それ以前のものは後世に新たに掘った際に潰してしまったようである。窟のうち、北部は工人の住居となっており、ここには仏像や壁画は無い。

壁画の様式としては五胡十六国北涼、続く北魏時代には西方の影響が強く、仏伝本生譚千仏などが描かれ、北周時代になると中国からの影響が強くなり、『釈迦説法図』などが描かれるようになる。期間的に最も長い唐がやはり一番多く225の窟が唐代のものと推定され、次に多いのが隋代の97である。北宋から西夏支配期に入ると、敦煌の価値が下落したことで数も少なくなり西夏代のものは20、次の元代の物は7と推定されている。この頃になると敦煌はまったくの寂れた都市となっており、特に1372年に完成した嘉峪関を設置以降、関の外に置かれた莫高窟は忘れられた存在となる。

この莫高窟が再び注目を浴びるのが、1900年王円籙敦煌文書を発見したことによってである。

莫高窟の象徴的存在の「北大仏殿」

 

館内は撮影禁止、

 

莫高窟指定の案内人が付く。 ふくよかな美人で声も美しい。

 

指定された箇所は、見学順に148、103,244,249,61,57,16,17.

 

このうち57窟は「特別窟」で美人菩薩で名高いそうだ。

 

写真は探したが撮影禁止もあってか良いものがない。

 

官製のビデオがあったので貼り付けた。 最初に鳴沙山が出てくるが莫高窟は

 

この美しい砂山の西側にある。

 

莫高窟最高の美人は唐代の作。清代に修復されているそうだが、6分ごろに登場する。

 

画像は全体に白っぽく、きれいな藍色が出ていないのが残念だ。

 

案内の女性に「モデルはいたのか」伺うと、居たが特定は出来ていない、とのこと。

 

この旅行のハイライトの一つであったが、来た甲斐があった。

 

見学を終えて帰りに関連書籍や絵ハガキ、模写絵など販売している「図書館」に寄る。

 

この莫高窟がそれ程観光化されていない時に模写を始めた画家 常書鴻氏の娘で、

 

父に同行して10歳ころから手伝った 常沙娜さんの書を案内の女性に探してもらい購入。

 

題名は「黄沙与藍天」 常沙娜人生回顧 2013年精華大学出版社

 

沙娜さんは1931年の生まれ。この書の出版当時、中央工芸美術学院院長。

 

回顧録で両親と一緒に撮った写真から、東京芸大の100周年に招かれて平山郁夫氏と

 

共に撮った写真もある。

 

2011年、12年と北京体育大学に中国武術の個人レッスンを受けに行くために

 

多少中国語を学んだ程度で読解力が充分ではないが、大意は掴めるだろう。

 

旅はこの後、飛行機で西安に飛び、そこで夕食を取ってホテルにチェックイン。

 

翌29日月曜日は、4時起床、4時50分ホテル発。

 

ホテルで朝食のボックスを受け取って、7時30分西安発上海行。

 

上海で乗り継ぎは7時間後の16時55分発成田行き。

 

中国東方航空から80元のミールクーポンが支給される。

 

これで搭乗待合室の韓国料理店でビールに豆腐チゲを頂く。

 

上海出発は、なんと定刻通り。成田には定刻より30分弱早く到着。

 

入国審査、手荷物受取もスムーズにいって宅配にスーツケースを預け、

 

成田発21時12分のスカイライナーに間に合って、自宅には連れ合いに22時30分に

 

迎えに来てもらって帰宅後シャワーを浴びて少し飲んで就寝。

 

ホテルチェックインが深夜に近い日が多い、きつい旅行であったが

 

無事に終えることが出来た。

 

後記:昨日の火曜日は休養。今日はいつも通り早朝のスロージョギング、ウオームアップ、

 

功夫をして朝食。午前中はジムでいつものメニューをこなした後温泉入浴。

 

午後はフレッツ光からau光への変更工事があって、無事インターネットの接続を確認。

 

そしてこうしてブログをアップした次第。

 

なお成田のホテルは、今回の旅行のために会員になった東横イン。

 

スカイライナーの車中から、早く着いたので自宅に帰る旨話して解約すると、気持ちよく受けてもらった。