Gon のあれこれ -21ページ目

Gon のあれこれ

読後感、好きな太極拳、映画や展覧会の鑑賞、それに政治、ジャーナリズムについて、思いついた時に綴ります。

去る24日(月)晴れそうだったので古書市に出かける。

 

後に述べるが主目的はニコンのデジカメが調子が悪いので修理等の相談に新橋(銀座)に出かけることや買い物に行くこと。

 

古書市は20店舗強が出店。

ブレヒト選集があれば、という淡い期待がある。

結果、「石橋湛山ーリベラリストの真髄」(中公新書)250円

「ヘーゲル哲学の真髄」滝沢哲哉著マルジュ社刊1200円と真髄本を二冊。

100円均一本から、「歴代天皇事典」PHO文庫

「古代東北と王権」中路正恒著講談社現代新書の二冊をゲット。

 

ヘーゲル哲学の真髄」は、はじめに、の中で

  家庭教師の地位にいつまでも甘んじてい居られない彼は、哲学教授として大学に職を

  求める事になる。

  国家を私物化することに固執する連中を喜ばす著書を発表しておけば、その地位は容易

  に手に入れることが出来るが、それでは人類史に残る業績をあげたことにならない。

  ヘーゲルは、彼流の用語を使い、回りくどい表現を取り、その結果、難解な文章にして著書を

  発表した(中略)

とあり、池袋西口公園の古書市で「ヘーゲル教授殿の講義による法の哲学」を購入したばかりであるが、上記に引かれて購入。

 

そこから歩いて銀座7丁目のニコンプラザに向かう。

ニコンのホームページでは7丁目であるが実際は6丁目のライオンビアホールの裏手。電話番号も違っていた。実にホームページのメンテが悪い。

 

9月10日自宅のごく近くに落雷があり、停電はもとより有線テレビの中継器も損傷、交換したが、ニコンのCOOLPIXが、セットアップからスタートしないと液晶に画像が映らない。

修理の要不要と修理代の目処を聞くために行ったのだが、2006年プラハの市民広場で盗まれたデジカメの代わりに買ったこの商品は、電子基板が損傷したらしく、もう交換部品もなく、廃品にするよりないとのこと。

 

同時に保管してあったパナソニックのLUMIX100は問題がなかったが、

これを「不幸中の幸い」と片付けるには納得がゆかない気分だ。

 

ルミックスは首から下げて、もう一つはポケットから出して気軽にシャッターを押せるカメラが必要なので、新しくニコンのA900を買うことにする。

 

その後交通会館の紀州館で梅干しの樽を買い、更に御徒町に出て吉池で好みの8割そばや小島屋でクランベリーやプルーンを買って後、昼食。

荷物がとても重い。

このブログを書いた概ね一年後の2015年11月、久しぶりに訪問したかった、ロンドンのナショナルギャラリーやルーブルやオルセーを付け加えて、リスボンンでフェルナンドペソアのゆかりの場所を訪ね、パリではパサージュを駆け足で巡りました。

https://ameblo.jp/gonsun/entry-12094216360.html?frm=theme

現地11月12日、シャルルドゴール空港発で帰ってきましたが、概ねその24時間後にパリのテロ事件がありました。

巴里はとても魅力のある街。

何度でも行きたいですね。

 

 

 

 

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日銀が1987年公定歩合を2.5%に引き下げて金融を緩和、投機資金が不動産と株に流入、バブルが始まった頃、隣の韓国では1979年の軍事クーデターで政権を奪った全斗煥大統領が、対北朝鮮の脅威を楯に1980年の光州事件を武力鎮圧、その首謀者として金大中を死刑判決を下し、自らに有利なように朴の大統領間接選挙制を維持した。

しかし1985年の国会議員選挙では大統領直接選挙制(改憲)を掲げた野党が躍進。民意を無視して護憲措置を発表して国民の怒りをかった。

 

そうしたなか、学生運動家の拷問致死事件が発覚、国民の怒りは頂点に達した。

この映画は拷問致死から、その発覚、民衆の100万人蜂起までを、

全斗煥の赤狩り部隊治安本部のパク所長(キム・ユンソク)と法的手続きを

遵守して所長に対抗する公安部のチェ検事(ハ・ジョンウ)の対立を軸に、

新聞記者の追及と民主活動家の暗躍、カトリック教会の事件暴露といった

事柄を配してテンポよくまとめ、学生活動家イ・ハニョル(カン・ドンウオン)と大学新入生ヨニ(キム・テリ)のラブストーリーを絡ませながらエンターテイメント性にも富んだ映画である。

 

特筆すべきはキム・ユンソクの演技だろう。

子供のころ北朝鮮で目前で母や妹を惨殺された過去のトラウマを、韓国の体制に対する批判者の苛烈な追及で乗り越えようとする。しかし風向きが変わると簡単に見捨てられて、自分が犯罪者になる。

そのパク所長を堂々と迫力に満ちた演技で悪役を演じている。

 

一方ではこの時代、1983年に全斗煥がミャンマーに赴いた際北朝鮮の工作員による彼を狙った爆弾テロがあり、また1987年には金賢姫(キム・ヨンヒ)による大韓航空機爆破事件が起き乗客乗員115名が犠牲となった。

こうした北朝鮮の暴虐な攻勢にも拘わらず、韓国のジャーナリストや民衆が自分たちの政府の暴虐に対して敢然と戦ったことは称賛に値する。

 

恐らく我が国ならば、こうした対立が激化する局面では、国益や反日などと叫ぶ分子が今以上に幅を利かせ、抗議の声は抑圧されるだろう。

光州事件やこの学生拷問死事件などを通して韓国の民衆は軍事政権を打倒し、民主化を勝ち取った。

その韓国の人たちの芯の強さを思うのである。

去る11日、薄曇りの、絶好の古書市日和、とあって出かける。

読むべき本は山積しているのだが、遅々として進まない。

 

その意味では出かけるニーズは余り無いのであるが、10月下旬にコーカサス三国の旅行に出かける予定なので、関連する書籍漁食の意味がある。


コーカサス関連書は見つからなかったが、煉丹修養に関連して、煉丹は小周天により養うが、身体の気と宇宙の気を統一するためにはより神秘的な術が必要らしい。

 

自分でもまだ十分に咀嚼できていないので、とっかかりとすべく、

「チャクラ」C・W・リードビーター著 本山。湯浅泰雄共訳 500円

 

を1000円で購入。

 

あとは三島由紀夫全集第29巻(不道徳教育講座他)を200円で。

これは掘り出し物、と思うとつい余計なものを買ってしまう。 悪い癖だ。

 

実は早めに済めばこの後、新宿に出て、函館出身の作家佐藤泰志原作の映画「きみの鳥はうたえる」

 

を観賞するつもりであったが、今年の出店は40店舗以上。

11時50分開演には間に合いそうもなくなり、次の機会にした

 

帰りにいつもの「ふくろ」で昼飲みをした後、紀伊国屋で依頼した本

「道徳性の起源」フランス・ド・ヴァール著紀伊国屋刊

「雑誌 世界 岩波10月号」

「フーコー・コレクション6 生政治・統治」ちくま

の三冊を受け取って帰宅。

去る9月4日、ファーストリテイリングが「ユニクロ」の販売動向を発表。

 

国内既存店の客数と単価がともに9年ぶりにプラスとなって、株価は一気

 

に上昇した。(日経9月5日朝刊)

 

従来は客数と客単価は逆相関であった。

 

ユニクロの商品は極暖のトックリのシャツやウルトラライトダウンのベストや

 

ジャケット、パーカなどをそれぞれ数枚ずつ持っているが、主として室内用

 

もしくは旅行用に購入し、それ以外のものはトレッキング用を使用したり、

 

近所のヨーカ堂で揃えているから、機能中心に商品を選択する消費者で、

 

ユニクロ、というブランドには好悪の感情はともにない。

 

しかし社長の柳井氏に対しては、使用人を酷使する人、というイメージ

 

(p113参照)があって、超が付く資産家であるが、尊敬の念は持てない。

 

 

ユニクロ潜入一年 ユニクロ潜入一年
1,620円
Amazon

 

ユニクロは自社が開発した商品を生産を委託した工場から買い切り、

 

店舗で売り切る戦略だから、既に飽和している市場で収益を上げるには、

 

①毎年いかに魅力のある商品を開発して、消費者に旧製品を廃棄させる

 

事が出来るか、他社の製品を駆逐することが出来るか、

 

②その商品をいかに低コストで生産するか、そのための工場生産国選択

 

やそれとの価格交渉。買い切りはその際の有力な交渉カードになる。

 

③売り切るための広告、店舗ディスプレイ、品ぞろえ、人員配置など。

 

マーケティングやマーチャンダイジングは店舗に商品が到着した段階では

 

既に大半が終わっているから、店舗では商品をいかに効率よく売り切るか

 

が店舗運営の要諦、つまり利益の源泉でもある。

 

④薄利多売、と一言で片付けられるのは面白くないだろうが、アパレル

 

産業全体から見ればそういう位置づけになるから、人件費を含めた

 

コスト削減も生産コスト削減と同様、重要なボトムラインの一つである。

 

以上の経営的手法は、アパレル業界ではともかく一般に珍しくもない

 

から、同社がこれだけの成長を遂げ利益を上げていること自体が、

 

そこに何らかの歪がでることは当然予想できることであり、

 

そのひずみにどう対処するかで経営者としての手腕と人間的器量が

 

問われるわけである。

 

企業やその経営者を中心に据えた本は得てして「礼賛もの」が多いが、

 

実際に生産や販売の現場、最もシビアな面が表出する場に直接取材、

 

潜入して見たこの書はそれだけで希少価値があり、読むに値する、

 

というものだ。

 

ユニクロは、増田氏の2011年文春刊の「ユニクロ帝国の光と影」中の

 

①国内店長が繁忙期に月間300時間を超えて働いた。

 

②中国の下請け工場で10代の女子社員が深夜3時まで残業。

 

という指摘に対して文芸春秋社を「名誉棄損」で訴えたが、2014年

 

最高裁がユニクロの上告を棄却して文春側の勝訴に終わった。

 

その過程で柳井社長が「ユニクロはブラック企業ではない。なんなら

 

ユニクロで働いてみればすぐわかる」と某インタビューで語った(p46)

 

ことから筆者が、妻と一旦離婚して妻の姓に変え、住民票から免許証

 

まで新姓に変えて、ユニクロのバイトに応募して潜入した。

 

面接から、雇用契約、日々の急な出勤の要請や同じ職場の同僚バイト

 

の話、業績の帰趨を決める「感謝祭」、カンボジアでの「ブラック告発」

 

現地取材、あるいはユニクロの体質改善

 

トップダウン経営から、ボトムアップ経営へーの真摯な提言など興味深い

 

内容がレポートされている。

 

読了してのまず感じたのは、採用の際の雇用契約の禍々しさ。

 

時給千円のバイトに、守秘義務を課すのだ。しかも守秘義務の内容は、

 

被雇用者控えもなく、その内容を聞いても答えがないらしい。(P61)

 

なんだか恐ろしいものを誓約させて口封じをしようというのか。

 

読む限り、店舗には守秘義務に該当する様な経営ノウハウはないから、

 

勤務実態などをマスコミにばらされる、ブラック企業のレッテルなどを

 

極端に警戒しての事としかその理由は考えられない。

 

海外生産については、アップルやナイキを始め名だたる世界ブランド

 

搾取工場Sweatshop」の指摘を受けて、委託先の工場の労働条件を

 

改善せざるを得なくなった。

 

ユニクロを含めて、生産を委託する側は強い交渉カードを持ち、価格や

 

納期、品質について指図する。それは当然現場の労働条件にはね返る

 

から、委託側が受託側の労働条件に連帯した責任を有するのは当然

 

だろう。

 

読みながら去来したのは、「富士そば」の経営哲学

 

バイトにも有給休暇やボーナスを出し、売り上げのノルマはなく、

 

職場の雰囲気を大事にする。働く人たちが居心地よければ、利用する

 

客も居心地が良い。従業員は「内部留保」だと言う。

 

 

富士そばの社長は、柳井社長のように年俸2億4千万、所有の

 

自社株の配当が100億、総資産2兆円のスーパーリッチになることは

 

願ってもいないだろうし、また成れないだろうが、半面、部下を叱咤激励し

 

自らもストレスの多い日々を送ることもないだろう。

 

カネも財産も墓場には持っていくことは出来ない。

 

さすれば柳井社長はどのような死生観を持っているのだろうか。

 

最後に増田氏に倣ってユニクロに対する提言

 

店舗は「白」を基調に統一され、カラフルな衣料も映え、

 

清潔感はあるのだが商品を探すのが大変で、近くに居るスタッフも

 

商品の整理に忙しそうだから聞き辛い。

 

男性、女性、キッズなどを縦のカラーラインで、上下などを横のカラー

 

ラインで表示するなどの工夫をすれば、客も目当ての商品を探し易く、

 

店舗スタッフの負担も減るだろう。

 

また企業秘密に関して言えば、本来的には「商品開発」だろう。

 

もう十数年も前「ベネトン」が登場し、このイタリアのブランドは斬新な

 

色使いで消費者を魅了した。

 

しかしどうだろう、もう昔日の勢いは感じられない。

 

それに対しユニクロは「機能性」つまり、極暖やウルトラライトダウン

 

などの分野を切り開くことで、危機ー踊り場を乗り切っている

 

ように見える

 

そうした「機能性分野」というものが、どこまでの地平があるのか

 

今後の、ユニクロの帰趨を決めるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

展覧会主催者のいわば「開会の辞」に当たる部分は以下の

今から約1万3000年前、氷期が終わりに近づいて温暖化が進み、入り江や干潟が生まれ、現在の日本列島の景観が整いました。この頃に日本では土器作りが始まります。縄文時代の幕開けです。

当時の人びとは、自然環境を生かして狩猟や漁撈、採集による生活を営んでいました。彼らが日々の暮らしのなかで作り出した、土器や石器、土偶や装身具などのさまざまな道具は、力強さと神秘的な魅力にあふれています。

躍動感あふれる《火焰型土器》やユニークな姿形をした《遮光器土偶》は、縄文時代の造形美を象徴するものとして広く知られていますが、1万年続いた縄文時代には、まだまだ知られていない多彩な造形が数多くあります。

本展では「縄文の美」をテーマに、縄文時代草創期から晩期まで、日本列島各地で育まれた優品を一堂に集め、その形に込められた人びとの技や思いに迫ります。縄文時代1万年にわたる壮大な「美のうねり」をぜひご覧ください。

 

冒頭からひっかるのであるが、この表現は縄文土器が生まれる前の日本には「人類」は住んで

 

いなかったのであろうか、

 

あるいは土器製作の技術を持った「人類」がどこかから「移住」してきたのであろうか。

 

我々の縄文人のイメージは、子供の時教科書から刷り込まれた

 

「狩猟採集で食を得て平和に、かつ平等に暮らしていた人々、というのであるが

 

もう10年近く前になるが山内丸山遺跡を実見したとき、その集落の規模、建物の規模に驚嘆した。

この櫓の材料は栗の木で、この大きさに、かつまっすぐに育て上げるには120年以上必要らしい。

 

さすれば、この集落の周辺に栗の木の畑を作り、何世代にもわたって育成を管理してきたことになる。

 

そしてこの管理と、奥の方に見える大きな建築物を見れば、労働だけではなく富を蓄積するための

 

組織だった行為が必要であろうし、それは指揮命令系統ー秩序、上下関係があったのであろう。

 

先史時代は「祭祀階級」が最初に出現した階級である文明が多いが、卑弥呼以前にも、卑弥呼が

 

いたに違いない。(以上は吉川弘文館刊、山田康弘編「縄文時代」を参考)

 

 

 

左はゴーグルを掛けている様から「遮光器土偶」と呼ばれる。東北から多く出土し、尻が大きい

 

ことから女性を象った、また足が欠けておりそこに接着剤としてアスファルトを使った形跡のある事から

 

繰り返し使用した、とされる。 確かに眼は異様に大きいが、それと共に頭頂に乗っているのは

 

頭髪を結ったのか、あるいは冠なのか、身体の文様は入れ墨なのか衣服なのか。

 

女性像とは言っても他の土偶に見られるような大きな胸はない。大きな眼から、「太陽」の擬人化、

 

という解釈と、足を着けたり外したりしたことから「日食」の祭禮的再現に使用したのだろうか、

 

などと想像を巡らすのであるが、何の決めても無いようである。

 

右は驚くべき女性像である。

 

眼前に在って、現代作家の作品、と言われてもすぐさま信じるだろう。高さが45センチもあって

 

山形県西之前遺跡出土。「豊穣」のシンボルとそしての女性土偶は、胸も臀部も脚部も太いが、

 

この女性像は「豊穣」とは無縁に思われる。では一体何に使用した、誰の像なのであろう。

 

この展覧会に出かける前に

 

縄文美術館 縄文美術館
2,700円
Amazon

や、山田氏の

 

あるいは同氏の

 

を読んだのだけれど、以前刷り込まれたイメージは粉砕され、様々な疑問は

 

氷解するどころかますます増えた。

 

一万年以上続いた縄文時代とは、それほど多様で豊かであったのだろう。

 

会場内には、若い女性も多く、あちこちから「かわいい」という声が聞こえた。

 

女性はいい年の大人の男性に対しても平気で「かわいい」を口にする。

 

ペットやぬいぐるみじゃあるまいし、と聞くと不快な思いがするのであるが、土偶に対して

 

「かわいい」で済ましてしまうと、そこから何の知的好奇心も生まれないだろうと思う。

 

このブログで触れたことがあるが、モンゴルと中国ウイグル、カザフスタンと接するロシア、

 

アルタイ地方のデニソワ洞窟で、100万年くらい前に現生人類から派生したデニソワ人の骨が

 

発見された。そのDNAはモンゴル、中国東北部から日本や東南アジアに広がっているという。

 

そこえ最近、ネアンデルタール人を母としデニソワ人を父とする女性の骨が発見された。

ネアンデルタール人は広く欧州に住んで、ホモサピエンスと混血した、とされるが、これらを

 

併せて考えると、人類はかなり広い範囲で移動し、異なる形質の人類と子どもを作ったらしい。

 

縄文の墓からも装身具は広い範囲のものが発見される。流通や交換もあったのだろうが、

 

遠くから嫁や婿をもらう、ということもあったに相違ない。

 

そして我々日本人もまた、東アジアの吹き溜まりに在って大陸の様々な処から来た

 

ハイブリットである。

 

韓国人や中国人と遺伝的にほぼ同じであり嫌韓や嫌中は天に唾するようなものだ。

 

さて、先に挙げた山田氏の著作「つくられた縄文時代」は、過去の縄文時代のイメージの変遷と

 

その背景にある「史観」を述べているが、最も納得したのは、われわれが「進歩史観」に囚われて

 

いるという指摘だ。

 

我々は生産力ー機械の発達を含めてーを社会の進歩の指標とするが、それは我々の環境に対する

 

適応の結果が社会の変化の要因であって、生産力が、つまりGDPが高い国の順に進んだ国、遅れた国

 

があるわけではないということに思い至らせてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グルジアは東にカスピ海、西に黒海に挟まれた、その東西に跨るコーカ

 

サス山脈の南側にあってアゼルバイジャン、アルメニアと共に、

 

1991年ソ連邦崩壊により独立を果たした。

 

山脈の北側には、チェチェンがありロシア領で、コーカサス三国は南の国境を、トルコ

 

(イスラム教スンニ派)、イラン(同シーア派)両大国と接している。

 

去る21日に鑑賞した「祈り」(1967年)はグルジアの映画監督、テンギス・アブラゼ監督

 

(1924-94)の三部作、「希望の樹」(1976)、懺悔(1984)の第一作であり、

 

三部作ともソ連邦下の、表現の自由が抑圧された時代の作品である事に留意する必要がある。

 

「祈り」の舞台はコーカサス山脈の奥深くキリスト教信者の村に、宿敵イスラム

 

の戦士が侵入する。

 

迎え撃った勇者は、好敵手の戦士に対する敬意から、村の掟である「死者の右腕」を切り落として

 

持ち帰らなかったために、家族ともどもキリスト教の村を追放される

 

一方イスラムの村では、ある男が狩りでキリスト教の村の男に出会い、一夜の宿を提供する。

 

それを知った村人は、宿敵の村の男を殺して生贄として過去戦いで死んだ村の者へ捧げよ、

 

それが村の掟だ、と迫る。

 

イスラムの男は、男との約束に背くので家の中では殺すな、と押し止めるが、結局キリスト教の村

 

の男は男の家を出た後、殺され生贄にされる

 

この粗筋とは別に、「啓示的」としか形容しがたいが、白い衣服をまとった女がキリスト教の村の

 

勇者の前に現れる。

その女は、邪悪な年老いた男と結婚し、村はずれの丘で吊るされるが、

 

夜秘かに誰かが救い出し、その白衣の女は草原の丘を何事もなかったように歩いてくる。

 

それがエンデングだ。

 

白黒のこの映画は、ギリシャ悲劇を連想させる。

 

誰の声ともわからない男の声は、コロス(合唱隊)の長が、ある時は状況を、ある時は当事者の

 

声を代弁する。白衣の女を吊るした台は、マキナ(役者を宙づりにするためのクレーン)のようだ。

 

掟の執行の為に集まってくる村人はコロス(合唱隊)の様でもあり、斜面に並ぶときは観衆

 

の様でもある。

 

明確なストーリーラインは無く、暗示的、啓示的だ。

 

全体主義国家ソ連の言論の自由、表現の自由が抑圧された中での製作であるから、

 

明確な批判は反体制と受け取られて上映できない恐れから、そうならざるを得ないのだろう。

 

また、白衣の女性が登場した時、男が「長い間想像していた」女性をその中に見るが、それは

 

ギリシャ哲学のプシケー(生命、魂、霊魂)の様でもあるが、ユングの言う

 

アニマ(男性の中にある女性性の理想像)の様でもある。

 

「掟」とは、人々が集団で暮らすときの諍いや緊張、ストレスを減らすために始まったものだ。

 

しかしその「掟」が人々の上に君臨し、逸脱を許さず、ついには「殺せ」と

 

命ずるとき、人々の中に本来ある「善良なもの」、他人に対する敬意と

 

か、親切とか、同情心などが抑圧され、抑圧されればされるほど、

 

残酷なものに変形する。

 

それらを全体主義体制下ソ連の人々の姿、とダブらせてみる時、

 

われらを試みに遭わせず、悪より救い出したまえ」とひたすら神に祈る

 

だけでは、救いようのない絶望が去来するのである。

 

果たしてテンギス・アブラゼ監督は無神論者であろうか。

 

グルジア映画はグルジア出身の映画監督、オタール・イオセリアーニ「皆さま、ごきげんよう」

 

見たのがきっかけで、「汽車は再び故郷へ」もみて身近に感じる。

 

最近の関心は、先の旅行「シルクロード」の先、中央アジアからカスピ海、黒海と射程が伸びて

 

遂にはグルジア、アゼルバイジャンに至っている。

 

しかし信頼に足る資料としては、

 

が2008年刊行で、これが最新、ということで乏しいのが現状である。

 

グルジアは旧ソ連邦ではあるが、黒海をウクライナやルーマニアの東欧と、あるいはトルコのボスボラス

 

海峡を通してエーゲ海、ギリシャに、そして地中海へと繋がっている。

 

そういえばハンガリーからオーストリアそしてドイツにつながるドナウ川も黒海に注いでいる。

 

キリスト教国であることも相まって、心はヨーロッパへEUへと向かうのは地政学的必然、と

 

思われる。

 

この地政学的差が、カスピ海周辺の旧ソ連邦国家に取り囲まれているアゼルバイジャンとの違いでも

 

あるだろう。

 

追記:「祈り」は古い映画でかつ字幕のコントラストが充分ではなく、字幕がところどころ

 

読み取れなかった。

 

そのため大きな読み違いがあるかもしれないが、そこはお許し願うよりない。

 

 

去る13日、新橋で用を足した後、御成門から地下鉄神保町経由で渋谷に出る。

 

この神保町経由、というところで心が揺れる。

 

ここで下車して古書を漁る方が釣果は上がるのでは、とふと考える。

 

しかし岩波ホールに用もある事だし別の機会があるだろう、と渋谷まで行くことにする。

 

地下から出ると誠に分かりづ難いのが渋谷。ということで一旦地上のハチ公前に出る。

 

昨年も感じたのだが、この古本市、池袋三省堂本店の古本祭りに雰囲気が似ている。

 

帰宅後確認したら、出店社のダブりは殆どないのだが、どうやらレイアウトが似ているので

 

そう感じるらしい。

 

一周して、哲学を専攻した仏蘭西マクロン大統領の師、ポール・リクールの「時間と物語」

 

山本七平の「日本資本主義の精神」、、フクロウの本「バルカンの歴史」の三冊を取ったのだが

 

考えてみると、「時間と物語」は積読(つんどく)の可能性が高いので、戻しに行ったのだが、

 

その同じ棚に「ヘーゲル教授殿の講義による法の哲学Ⅱ」を発見。

講義録は、受講生の関心のベクトルや知識レベルなどが概ね共通しているので、講義する方も

 

割と簡潔に話すせいか、読んでいて理解しやすい。

 

勿論話し言葉だから、一文の長さも限られるので構文的にもシンプル、というせいもあるだろう。

 

ということでこちらに乗り換える。

 

この第二冊の内容は、例えば中公クラシックスの「法の哲学Ⅱ」にパラレルなのでその点も便利だ。

 

リクールの導きで良い本に巡り合えた、と喜ぶ。

 

尚帰宅後この古めかしい「ヘーゲル教授殿の方の哲学Ⅰ」を別途注文した。