何年か前、父と少し話をした。
父は、企業のいわゆる偉い人にあたる。
ところが、でてきた質問を聞いてひっくりかえった。
「ユーザってなんだ?」
「カリスマってなんだ?」
「メーカーってなんだ?」
自分を試したのではない。本音で言っていた。
毎日、父は新聞を読むし、今年60になる。
知らないで生きてこれることが不思議だった。
奇跡とでも言えるものだった。
こういうことだ。
父は悩む人であった。
悩む人には二種類あって、問題点をはっきりさせて悩む人と
あやふやな問題点のまま、そこから逃亡しようとしつつ悩む人である。
いいかえれば、悩みながら考える人と、ただ悩み続ける人である。
父は考える人でなく、ただ悩む人であった。
悩んで苦しんでいるだけの人だった。
悩んでいる人はこういう所がある。
何も見ていない。近くにあるのになにも見ていない。
いつも見ているのに、見ていないのである。
悩む人は常に自分の内面のただ一点に固着して
消耗し疲れている。
興味はどこにも向かず、自分が苦しみから解放されるのが
全ての焦点となっている。
自分の内面に関心がいきながら、自分のことも知らない。
悩むだけの人は、ただ時を膨大にロスしているだけである。
その間、彼は全ての対象を愛していない。
完全な孤独である。
悩むだけの人は、その時間だけ人生を棒にする。
そして自己中心的である。