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毎日が実験。人の気持ちがわかる人になるブログ

人の気持ちがわかるようになりたい人に教えています。
趣味はビールを飲むことと、和服を着ることと、自分の子を観察すること。
聴くチカラ検定の開発担当。

前回の根っこから楽観=信じるの続きです。


出産でブレイクスルーというか「悟り」のような状態になって、
そのタイミングでいろいろな本を読んだり、
スピリチュアルな言葉を使う人たちと出会ったりして、わかったことなんだけれど、

引き寄せの法則を始め、ビジネス界の成功法則本、認知科学、心理学、スピリチュアル、宗教、
これらの中では言葉は違うけれどみんな一つのことを言っている。
幸福になるために必要なこと。

それは、自分が世界に受け入れられていることを心から「信じる」ということ。
疑わなければ、悪いことは起こらない。

悪いことのように思えることが起こった時は、自分が求めている「学び」を得る機会。
 →あくまで自分が最初に求めている、というところがみそね。

だから、意味もなく悪いことというのは自分の世の中には、ない。
 →「自分の」世の中というところもみそね。

なんかつらつら背景を書いていると、ごちゃごちゃになってくるので、シンプルに。
私は、信じることを選びました。

前提はなんでもいいと思います。
私は「理屈っぽい」のです。
左脳で納得できないことは、感覚的にそんな気がする! と思っても、確信にはいたらなかった。

今は、確信があるので、逆に感覚的に「そうなんだろうなあ~」と思えたことは、
信じられる。


子育てについていうと、
子どもを心配するのが当たり前、という感覚の人はちょっと振り返ってみるといい。
ほんとに、心配って必要?

心配なのよ、って、
「あなたのこと信じていません」というメッセージを顕著に相手に伝える感情です。

子どもを客観視したら、なんでもないことなのに、
ママが心配しすぎていたら、自分で何かできるってことを子ども本人が信じられません。

私は、大丈夫。
子どもも、大丈夫。
そう思ってたら、ほんとに大丈夫なんです。

はらはらすることもいっぱいあるけど、
そこはぐっと我慢。
笑顔で、どーんとかまえていましょう。

まずは、形からでも楽観主義に♪
人生の明るい面、人間の興味深く愛すべき面、だけにフォーカスして生きる。

この選択について一つの記事ではちょっと書ききれる気がしないので、
気長に最初の一歩を書いてみよう。

もともと、
世界はおもしろいし自分は何か、これだっていうことを見つけて存分に生きることができる、
と信じて生きてきたと思う。
いわゆるベーシックトラストが、高めの生育歴。
実母さまありがとうございます。

ま、そうはいっても、
幼少期はそれなりに窮屈だったし、若者時代は葛藤もあったし、
ちょっとここには書けないような危ない橋も何度か渡ったんだけど、

それでも、いつも希望というか、野心みたいなものを持って、
自分の幸せをつかむために自分に向き合うこともしてきた。
たぶん、これが、我ながらタフだったなあと思う一番の関所。

自分に向き合う。

アチャー!! って思うこといっぱいありました。
でもまあ、恥ずかしながらいつも元気に生きております。

今は、あんまり恥ずかしいことはない。
主婦なのに家事能力がひどいとか、
娘の友だちがふいに訪ねてきたら困るほど部屋が片付けられないとか、
ADHD的に物忘れ激しすぎるとか、
そういう”短所”も、あげればいっぱいありますが、

そういう自分を、ほとんどのとき、客観視できてしまう。

主観的に見るから「恥ずかしい」。
もちろん、たまには、私もそういう時ある。

でも客観的には、「人間誰しも完璧じゃないし。片付けられない人、きっといっぱいいるよねー」
苦手なりに最低ラインはキープしようと、ゆるくがんばってます。

自分は世界に受け入れられている。だから何があってもだいじょうぶ。
って信じられてる。
これが楽観のベース。

長くなったから続きは、後ほど。
何もかもうまくいく。
この子も、私も、みんな大丈夫。
だって、一生懸命生きてるもん。

信じるって決めているから、
私は信じる。
子どもをのびのび育てる3つの柱は、私が思うに、

1.観察力をあげる
2.ティーチングスキルを身につける
3.楽観主義になる

ということです。

今日は楽観主義について考えてみたいと思います。

ポジティブシンキングとかいいますが、
本当は心配なのにわざと明るく振る舞う、っていうのとは少し違います。

むしろ、ネガティブな気持ちを「抑えこんじゃう」「ないことにする」と、
疲れます。
この疲れは高じるといろんなゆがみを起こすので気をつけよう。

楽観するというのは、根本レベルの話と、日常の行動レベルの話の二つがあって、
どっちも「楽観」つまり「きっとどうにかなるから大丈夫」という方向に向かっていないと
結局ふりまわされる気がします。

日常の行動レベルでは、客観的に考えればよくない方向に解釈できる可能性は少しはある、
ということをわかった上で、
でも、
明るい見方もできるよね。
と見方を何通りか考えてみる、思い込みのワクを外してみる、裏側の意味を考えてみる、
というリフレーミングを意識してやってみることは、最初の一歩としてできそうに思う。

私も、ふだんあまり心配とかしないのですが、
たまに想定してないことが起こったときはあえてこういうこと考えます。

パパ氏が、長い付き合いだけどそれでもお互い「はあ?!」ということがあって、
イラッとしそうになるのを途中でやめて、怒りにまかせないで、
別の解釈を考えてみるとかね。

だって怒っても仕方ないんだもん。


根本レベルの楽観については、次回に。
このブログは今月、リニューアルして、ママ・ティーチングについて書いていくことにしました。

ティーチングはteaching、つまり教えることですが、
ビジネスコミュニケーションの中では
 ・コーチング
 ・カウンセリング
 ・コンサルティング
 ・ティーチング

と4つに区分されて説明されていたりします。
私も最近、カウンセラー実習トレーナーとしての研修で習ってきました。

定義はいろいろなんですが、
「ティーチングとは気づきを与えることである」というのが私は気に入っています。

子どもが、新しいやり方に気づくのを、一番身近なママが助けること。

もちろんパパだって、きょうだいだって、おじいちゃんおばあちゃんだっていいんです。
ただ、「正しい情報を伝える」という教え方以外に、いろんな方法で子どもたちに気づいてもらう機会は、ママが一番多く持てます。

だから、ママ・ティーチング。
教えたいこと、教え方、このブログを通して考えていきたいと思います。