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くさかはるの日記

くさかはる@五十音のブログです。

漫画と小説を書いて暮らしております。

現在、漫画と小説が別ストーリーで展開してリンクする『常世の君の物語』という物語を連載中。

検索していただくと無料で読むことが出来るので、どなた様もぜひお立ち寄りください。

今朝も朝5時に起きた。

妻が亡くなってからというもの、ひどく早起きになった。

 

起きるとまず、枕元で喉を鳴らしている飼い猫のナミさんに朝ごはんをあげる。

缶詰などの湿った高級ごはんは午後にとっておいて、朝はカリカリの乾いたご飯と決めている。

ナミさんがごはんを食べているあいだに軽く体操をしてシャワーを浴びたら、次は私の番。

タイマーで予約しておいた炊き立てのご飯にインスタントの味噌汁をつけて、主菜はカリカリに焼いた焼き鮭で、副菜は旬の漬物だ。

主菜と副菜は、季節に合わせた器に盛っていただく。

食後には血圧をおさえるための薬を飲むことを忘れずに。

洗い物を手早く片づけたら、玄関に行ってポストから朝刊を取ってくる。

 

新聞を開く前に、まずはコーヒーを淹れる。

豆を手動のミルで挽くところからはじめるが、私は一月ごとに豆の種類を変えて味の違いを楽しんでいる。

フィルターに少し冷ました熱湯をゆっくりと注ぎ入れる。

部屋いっぱいに広がるかぐわしい香りに全身が溶けてゆくような心地を覚える。

そうして、カップ一杯のコーヒーを淹れたら、やっと折りたたまれている新聞を手に取って広げる。

その頃になるとナミさんがかまって欲しそうに膝の上に乗ってくるので、私は片手でその頭をなでながら紙面にざっと目を走らせる。

新聞をあらかた読み終えたら、今度は洗濯物をベランダに干す。

 

妻は亡くなる前に、「私は先に逝くけれど、毎日ちゃんと生きていくんですよ」と繰り返し語っていた。

正直、何が起こってもそれを共有することのできる相手がもういないというのは寂しい限りだが、それでも男ひとり、なんとかやっていけているのは妻のその言葉があったからだ。

妻よ、私はちゃんと生きているだろうか。

ときどきそう問いかけながら、今日も私は生きていく。

窓辺では、飼い猫のナミさんが今日もゆくりとくつろいでいる。

 

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夏休みも終わり、小学校に子供たちの姿が戻ってきた。

そんな子供たちと大きな声であいさつを交わしながら、美智子は門をくぐる。

これまで幾度となく繰り返されてきた朝の光景だ。

けれどこの光景も今年で見納めかもしれない。

 

相場美智子は、23歳の時に就職して以来、ずっと同じ、このあけぼの小学校に勤めてきた。

元々子供が好きだった美智子にとって、小学校の教師は天職だった。

20代の頃は若さ故か、教員同士の人間関係に苦労したけれど、30代、40代と、年を重ねるごとに発言権が増していき、働きやすくなっていった。

 

50代になるとぜひ教頭にと推す声もあったが、美智子はそれを断り現場に立ち続けてきた。

そして今年、美智子は60を迎える。

定年退職しようと思えばできる年齢になり、美智子はひとり悩んでいた。

50歳を超えた頃から体の節々が痛むようになり、もう最近では歩くたびに膝が痛くてたまらなかった。

55歳を超えたあたりから腹に力が入らなくなり、声がしわがれるようになってしまった。

若いころは高音まで出る自分の声を密かに誇らしく思っていたのに。

 

「もう、潮時かしらね」

夫にそう、ぼやいてみる。

美智子と夫は職場結婚だった。

二つ年上の夫は既に60歳で定年退職している。

「今年いっぱいで退職しちゃって、あとは一緒にセカンドライフを楽しもうよ」

と夫は言う。

「セカンドライフって言ったって、一体何をするのよ」

「一緒に小学校のボランティア活動に参加するっていうのはどう?それに習い事を楽しむっていう選択肢もある」

夫の提案に、美智子は悪くない思いがした。

そうだ、定年したって人生は続く。

定年したって小学校と関わり続けることはできるのだ。

それに、今の年から習い事か、なんだかこそばゆい思いがする。

「干支も一周まわるし、新しい人生のスタートをきってもいいかもね」

美智子はそう言うと、子供のように顔いっぱいの笑顔を夫にむけるのだった。

 

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僕は今日で十二歳になる。

それがなんだかとても嬉しくて、僕は朝から手足をばたばたさせて動き回っていた。

ママは「じっとしてなさい!」なんて叱るけれど、だって誕生日なのだ。

仕方がない。

 

学校では朝の会で先生が「今日は酒井良太さんの誕生日です。おめでとうございます」と発表してくれた。

クラスじゅうの視線が僕に集まった。

僕はもじもじしながら「ありがとうございます」と言った。

学校で、僕は一日中特別な人間だった。

 

家に帰るとママがケーキを作っていた。

「ママ、何か僕に言いたいこと、ない?」

僕はもじもじしながら聞いてみた。

「ちょっとあっち行ってて。邪魔だから」

とママは言った。

なんだよ、今日は僕の誕生日だぞ。

特別なんだぞ。

面白くなかった。

ママのいるテーブルから離れて壁をまわったところで、僕は大きな声で「くそばばあ!」と言った。

するとママがケーキを作る手を止めて一目散にやってきて僕の頭を平手で思い切りたたいた。

僕はびっくりした。

だって今日は僕の誕生日なのに。

なんでこんなことが僕に起こるの。

 

でも僕は泣かなかった。

でも僕はママを絶対に許さない。

だって誕生日に僕の頭を叩いたんだ。

暴力を振るわれたんだ。

僕はママを絶対に許さない。

 

結局、この年の誕生日は夜には機嫌を直してステーキを頬張っていた気がする。

あれから20年が経った。

僕もママもそれなりに年をとった。

僕には今年、娘が生まれた。

僕はあの時のママの平手打ちを今でも覚えている。

だから、自分の娘に手を上げることだけは決してしないでおこうと決めている。

ママは今も、テレビでパワハラが問題になると、パワハラを擁護するような発言をするが、暴力を振るわれた方はいつまでも覚えているものだ。

すやすやと眠る娘をのぞきこみながら、これからやってくるこの子の誕生日が祝福されたものでありますようにと僕は願っていた。

 

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結婚前夜――。

彩音はひとりベッドの中で眠れずにいた。

 

思えば彩音のこれまでの人生は、明日の結婚式のためにあったといってよい。

彩音は、人より見てくれがよかったため、幼い頃よりちやほやされて育った。

それで、自然と他人に好かれるような振る舞いが身についていった気がする。

目を閉じれば、小学校で好きな男の子のことをクラス全員にばらされ泣いてしまった思い出がよみがえる。

勉強が出来ると先生やクラスのみんなにちやほやされたから、毎日頑張ってドリルに向かってたっけ。

中学校の頃は、初めて告白をされたけれど謎の恐怖を感じてしまったために振ってしまったのだっけ。

高校生になり、初めて彼氏ができたんだ。

この頃から将来のことを考え始めて、それなりに勉強を頑張って国公立大学に現役で入学を果たしたんだ。

自分磨きに精を出し、努力の甲斐あって学年一のイケメンとつきあえたんだっけ。

そして、それなりに名の通った大手企業に無事入社して、営業成績一番の今の彼をゲット。

これまでの努力とその成果が華々しく蘇ってきたところで、彩音はぱっと目を開いた。

そんな苦労も明日で一応、区切りがつく。

明日の結婚式を終えたら、あとは夫の手綱をいかに上手く握るかにかかっている。

子供ができても基本的なことは変わらないだろう。

いかに家庭をうまくまわしていくかが勝負だ。

子供のことを考えたら仕事は休むか辞めざるを得ないけれど、それは夫とおいおい相談するとして、目下の悩みは明日のコンディションだ。

一生の記録と記憶に残る大事な結婚式だ。

失敗があってはいけない。

完璧で素晴らしいものに仕上げたい。

で、あるならば、主役の私がこんな夜遅くまで起きていてはいけないだろう。

先のことは今じゃなくても考えられる。

今は明日のために全力で寝よう。

彩音はそう結論付けると起き上がり軽く体操をして、静かに眠りについた。

いつものように、将来に対する一抹の不安を、これまでの自身の努力で打ち消しながら。

小学校の頃に買ってもらった壁掛け時計の秒針の音を、耳に心地よく聴きながら。

 

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「36番」

今日も俺は、いつものコンビニで、いつもの煙草を注文する。

メビウスの10mgソフト。

早速店内のごみ箱前でフィルムをはがす。

そして店先の喫煙所でまずは一本吸うのだ。

うまい。

家に帰って更に一服。

うまい。

これが長年の俺の日課。

だった。

 

そんな長年の俺の習慣を変えたのは、妻の妊娠だった。

なんでも、副流煙はおなかの子供に悪影響だとかで、俺は禁煙を約束させられた。

それでもベランダで吸っていたら離婚騒動にまで発展したので、それ以来、妻と一緒の時には吸わないようにしている。

これがつらい。

どれぐらいつらいかと言うと、襲い来る便意をわざと我慢するほどにつらい。

妻にはニコチン依存症だと言われたが、そんなことは誰も聞いちゃいない。

何の依存症だろうが俺の勝手である。

そういうわけで、妻のいないときを見計らって、俺は以前の倍は煙草を吸うようになった。

 

やがて娘が生まれた。

妻に似て美人の、目の大きな女の子だった。

名前を「彩音」と名付けた。

彩音は一年もすると俺を認識しはじめた。

妻の真似をして片言で「とーちゃ」と呼ぶので、かわいくて仕方がなかった。

二年もすると簡単な言葉をしゃべりはじめた。

するとこれまた妻の真似をしてか「とーちゃん、くさい」と言うようになった。

それで妻を叱ったことがあるのだが、彩音の口癖はなおらなかった。

 

そんな彩音が今度孫を見せに来るという。

「36…いや、92番」

俺は今日もコンビニで煙草を買う。

妻のため、娘のため、それでも禁煙できなかった俺だが、今度は孫のために少し努力してみようと思う。

いきなり禁煙は無理だから、まずは電子タバコから。

はじめての電子タバコは、口に合うだろうか。

俺は真新しいフィルムに爪を立てて勢いよく開封した。

 

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