山陰ちほーで小説書いて暮らしています。ここでは日常のなんでもないことを書き綴っております。
人生で優先していることは?こんにちは、百字八重(ももじやえ)です。今回は、アメブロ公式の診断テストに挑戦。果たして、私の結果は「カカオ95%」。はい。人生で優先していることは、「自分ひとりの豊かな時間>親しい人との時間>お金>その他の人間関係」だったりします。わりとはっきりしてますね。それはさておき。「カカオ」とはCMなんかでも耳になじみがありますが、一体なんぞやと言われると疑問が浮かぶ植物だったりします。原産地はどこなのか、カカオ本来の姿はどのようなものなのか、果たしてその味は苦いのか甘いのかどっちなんだい、などなど。というわけで、GWの暇を持て余していることもあり、ちょっくら調べてみることにしました。まずは品種と原産地。 代表的な品種にはクリオロ種、フォラステロ種、トリニタリオ種の3種があります。(※カカオの品種については、いまだ研究、議論が続いており、今後新たな見解が出てくる可能性もあります。ここでは基本の3品種を紹介します。) クリオロは、ベネズエラやメキシコなど少ない地域で栽培されていますが、病害に対する抵抗力が非常に弱く、栽培が困難な品種。カカオ全体では0.5%ほどの栽培量しかありません。独特なナッティ感(ナッツのような風味)が特徴です。 フォラステロはブラジル、西アフリカ、東南アジアなど広く栽培され、世界のカカオ生産量の80~90%を占めています。渋味と苦味が強く、チョコレートのベースによく使われます。 トリニタリオは、クリオロとフォラステロの自然交配でできた品種とされていて、両方の中間的な性質を持ち、栽培しやすく良質なのが特徴です。トリニダード島で誕生したのがその名前の由来で、生産量は全体の10~15%ほどです。フルーティな酸味を持つものが多いです。 カカオとは。チョコレートの原料、カカオを詳しく解説。 | 基礎知識 | Hello, Chocolate(ハローチョコレート)| 株式会社 明治 - Meiji Co., Ltd.そんなカカオの歴史も調べてみました。原産地であるメソアメリカでは、紀元前1900年頃から利用されていて、折るメカ文明の時代から栽培植物とされていたことが、古代の遺跡から判明しているそうです。すごい大昔から人間と関わってきた植物なんですね!カカオ本来の姿はというと、木になっていて(木の幹になるんですね!)、種がこんなかんじです↓ チョコレートの種類と特徴|原料となるカカオとは?製法や分類についても解説カカオの種って、私、もっと小粒かと思ってました。それこそピーナツくらいの。全然大きくてびっくりしました。しかも中には乳白色のずっしり重そうな中身(なんての)が入っているんですね。そんなカカオですが、一体どんな味がするんでしょうか。気になったので調べてみました。 この白い果肉部分は、チョコレートの苦味とは正反対の、ライチやマンゴスチンのような甘酸っぱくフルーティーな味わいが特徴。現地ではそのまま食べるほか、ジュースやゼリーに加工されることもある、知る人ぞ知る贅沢な果実なのです。 カカオをそのまま食べるガイド!実の味やカカオニブの生での食べ方 | チョコって最高へぇ、フルーティな味わいということですが、実際の味が気になります。いつか食べる機会があれば、ぜひ食べてみたいと思います。さて、そうして収穫されたカカオが、一体どういう工程を経てチョコレートになるのか。気になるところであります。というわけで、調べてみたところ、分かりやすい図が見つかりましたのでのせておきます。↓ チョコレートの種類と特徴|原料となるカカオとは?製法や分類についても解説こちらのサイトには、各工程の更に詳しい手順が載っています。同サイトには、以下のようにも記されています。 チョコレートを構成する主な原料は、カカオマス、ココアバター、砂糖、ミルク(粉乳)の4つ。これらをどのように配合するのかによって、チョコレートの種類が決まります。 なるほどなるほど。なんとなくイメージがかたまってきました。最後に、そうしてできたチョコレートって、いったいどんな栄養があるのか、調べてみました。 ストレス軽減に期待が:1日に40g、2週間食べ続けることでストレスホルモンのコルチゾールの排泄量が減少したことが確認された。 アレルギー反応への期待:カカオポリフェノールは、アレルギー反応のプロセスに作用する可能性があると言われている。 動脈硬化の対策に:カカオポリフェノール500mg含有のチョコレート25gを、食べる前と食べて1.5時間後の血流量を調べたところ、食後のほうが血流が早くなることが確認された。 抗酸化作用:カカオポリフェノールには、酸化すとれすを低減する可能性があることが確認されている。 食物繊維などの栄養素も:ミルクチョコレート25g(板チョコの約1/2)で、約0.98gの食物繊維をとることができる。チョコレートの成分は体に良い?効果や1日の摂取量の目安を紹介 | からだにいいこと | Hello, Chocolate(ハローチョコレート)| 株式会社 明治 - Meiji Co., Ltd.同サイトに、一日の推奨摂取量も載っていました。板チョコ半分くらいが目安だそうです。記事を書いていて、なんだかむしょうにチョコレートが食べたくなってきました。時刻は10時過ぎ、もうスーパーは空いています。今から買ってこようかな、どうしようかなと心が揺れています。ともあれ、カカオについて、またチョコレートにつぃて、ひとつ知識が増えました。やったね★また時間のある時に、アメブロ公式のお題に挑戦してみたいと思います。今回はいい機会をいただきました。ありがとうございます。みなさまも、よきチョコレートライフを!ではまた。
こんにちは、百字八重(ももじやえ)です。GWも終わりに近づいてまいりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。さて、今回はひとつのアプリをご紹介したいと思います。その名も、「ほぼ日手帳アプリ」。先日Xのタイムラインで広告が流れていったのを目撃したのがきっかけでした。「ほぼ日」といえば、手帳や文具でおなじみのブランド。私も一時期、手帳を使っていたことがありました(高級すぎたことと三日坊主故に使うのをやめてしまいましたが)。そういうわけで、興味が湧いてさっそくアプリを使ってみたところ、これがすこぶる良い。一体、何をするアプリかといいますと、「スマホを持ち歩くだけで、その日の行動記録(位置情報・写真・動画)をすべて自動でひとつのタイムラインに記録してくれ、他にも睡眠時間やメモを残せたり、Aiがコメントをくれたり、極めつけはそれが適度にかわいい日記帳になっている」というしろもの。要は自分だけの日記帳が出来るというアプリです。見た目はこんな感じ↓ほぼ日手帳アプリ - LIFEのBOOK(ダウンロードはこちらの公式サイトよりどうぞ)一点注意点ですが、このアプリで自動記録される写真は、アプリが勝手にリサイズします。使用感としては、私が使っているグーグルフォトでは、一部を拡大して読めなかった細かい文字まで読むことができますが、このアプリで記録された写真はその操作自体ができません。だいぶ解像度が低い状態で記録されるみたいです。個人的には、それがなんだかチェキやアナログ写真みたいで、エモいなと感じました。わたくしごとですが、私は前回の記事で、「チェキ」を買いたいといったようなことを書きましたが、このアプリを始めてからと言うもの、完全にその欲望が満たされてしまい、チェキを購入したいという思いは胡散霧消してしまいました(チェキよごめん)。また、私は10年日記アプリをつけていたのですが、こちらのアプリに同機能が設けられていたため乗り換えることにしてやめてしまいました。そんなこんなで私のデジタルライフを一変させたこのアプリ。どこのまわしものでもありませんが、毎日をちょっと楽しくしたい方にはぴったりだと思います。あなたもこの沼に一緒にはまってみませんか?現場からは以上です。ではまた。
こんにちは、百字八重(ももじやえ)です。このたび、『現世(うつしよ)の君の物語』の042話を公開したので、お知らせいたします。いよいよ日本史レースの伏魔殿に入ってゆく本間と、彼の周辺でそれぞれに立ちまわる人々の思いが交錯します。どうぞお楽しみください★No.042 / ほころび乙 - 現世(うつしよ)の君の物語 | TALES 物語・小説
ゴールデンウィーク前の日曜日、俺は満を持して「むつらぼし昴」の握手会にやって来た。知らない人のために紹介すると、「むつらぼし昴」は、今をときめく超新星アイドルである。今年でデビュー5周年になる彼女は、歌える踊れる喋れるの三拍子そろった無敵タレントでもある。そんな彼女の握手会ともなれば、金額もさることながら、その当選確率はべらぼうに跳ね上がる。そんな超ラッキーな握手券を、俺はこの度ついに、手に入れた。これも毎日、浮気せずに推し続けた結果なのだろう。長蛇の列に並びながら、自分の幸運をこの身に噛みしめ、俺はその時を待っていた。午後14時。いよいよ握手会が始まった。彼女と握手できるのは大体3秒と言われているが、その時に何か気の利いた会話でもできれば、俺という一個人が彼女の記憶に強く残るのだが、残念ながら俺に文才はなく、結局「がんばってください」と月並みな言葉を俺は選んだ。じり、じり、と列が縮まってゆく。一歩、また一歩と、彼女との距離が縮まってゆく。そしてそのとき――。「次のかたーどうぞー」スタッフの呼びかけで前へと進み出ると、「むつらぼし昴」が両腕を広げて俺を迎え入れてくれた。それだけでも感極まるというのに、「今日はありがとうございます!」と言いながら右手を差し出してくるではないか。いや、握手会なのだから当然なのだが、いやしかし、それにしても、だがしかし、俺は混乱してしまい、結局「が、がんばってくらさい」と噛み噛みになりながら決めていた言葉を告げた。彼女は「はい!頑張ります♪」と言って、俺に最高の笑顔をプレゼントしてくれた。その笑顔が最高にかわいかったので、もうその光景だけを思い出にこの世を去りたい気持ちに駆られた。帰りの新幹線の中で、たった数秒の短い幸せを胸に、俺は弁当をかっ食らっていた。少しでもスリムに見せるために食事を抜いて行ったので、おなかがすいていたのだ。唐揚げを食べながら、ふと思う。あと何年、彼女を追いかけられるだろうか、と。俺だって年をとる。彼女だって年をとる。けれど、この気持ちが続く限り、きっと俺は、彼女が死ぬまで追いかけるのだろうな、とひとり静かに確信している。
こんにちは、百字八重(ももじやえ)です。突然ですが、皆さんは今、欲しいものがありますか?私は長年金欠で、月に1万円自由に使えればよい生活を続けておりまして、衣類も新調できず基礎化粧品(化粧水とか乳液とか)もろくに使わない日々を送っていたのですが、最近1,2万円ほど手取りが増えまして、そのぶん欲しいものが増えていたりしております。そんな中で、ちょうど昨日の午後、ふと私の頭に降りてきた「チェキ」について、今回は紹介したいと思います。「チェキ」。聞いたことありますか?私の中では、推しの握手会などで「チェキいいですか?」という会話が展開されるといういにしえの知識があるくらいでした。なんとなく、その場で本体から写真が出てくるポラロイドカメラというイメージ。というわけで検索してみると、「チェキ」というのは、富士フイルムのインスタックスという名のインスタントカメラのことで、日本では「check it」、略して「チェキ」と呼ばれているのだそうです。こちらの公式サイトに色々と詳しいことが載っていたので紹介しておきます。↓チェキ™とは?フィルムのサイズや名前の意味、最新のラインアップなど!「チェキ™」についてのはじめてガイド – 【Cheki Press(チェキプレス)】毎日がちょっと楽しくなる!チェキとの生活を提案・発信するメディア | instax<チェキ>ちなみに、「ポラロイドカメラ」というのは、1947年に発売されたアメリカ発、世界初のインスタントカメラのことだそうで、「チェキ」はそれを更にかわいらしくした1998年日本発のインスタントカメラなのだそうです。ポラロイド - Wikipediaインスタントカメラ・チェキ - Wikipediaで、そもそもなんでそんなものが気になりだしたのかといいますと、私、ほぼ毎日ジャーナリングをしているんですが、「写真も記録したい」という思いが強くなってきたんですね。イメージとしては、ポラロイドカメラから出てきた写真をそのままノートに貼って、思ったことを隣に書き連ねるといった感じ。その行為自体がとても素敵で実現すれば気分が上がりそう!と思い始めたのが、「チェキ」を調べることになったきっかけだったりします。しかし、お金があるっていいですね。私、もともとお金にはあまり執着がなかったのですが、稼げているうちはいいですが、貧乏をして初めてそのことに気づきました。お金があれば、好きなものが買える!当たり前ですが、そのことで得られる幸福感て馬鹿にできないんだなぁと、この年になって思います(42歳)。そんな私のお財布事情ですが、来月はステッパー、再来月はスニーカー、その次はお布団セットと、既に買うものを決めていたりします。手元にまとまったお金があると、将来の支出目標もまとめて立てられて待ち遠しくなって心豊かになるんですね。とはいえ貧乏生活に変わりはないので、実用的なもの以外は縁の無い日々が続きますが、ここへきてチェキという完全に「遊び」の品に関心が向くようになっております。今までは関心すら無かった領域です。お金に余裕が出てくると、それまで関心の無かった領域に関心が及ぶんですね。これは新たな発見でした。まだまだ先にはなりますが、今年中にはチェキ、買いたいなと思っております。生活の中に遊びが増えることで、私のQOLもまた数段階あがるかなと期待しております。現在、私は基礎化粧品を買うことが出来ていて、先日には1000円分の衣類を買うこともできています。まだまだ高い衣類を購入したり旅行などは出来ない状態ではありますが、それでも十分に人並の生活が出来始めているなと感じております。なにより今の私が充実しているのは、周囲の人に恵まれているからだったりします。そこは感謝してもし尽せませんが、一方で物質面で豊かになることも大事。そんなことを考えさせられます。私については、もろもろ、最近人生いい方向に向かっている感があります。そうだといいな。そうでありますように。信じてやみません。そんな弱気な私です。皆さまも、めちゃくちゃな贅沢はできなくとも、ちょっと思いついたときに好きなことができる、欲しいと思ったものが手に入る、そんな豊かさをどうぞ大事になさってください。資本主義の申し子でもなんでもございませんが、お金はあって困ることはありません。お互いに大事にしていきましょうね。お金とよいおつきあいを。そう願ってやみません。ではまた。富士フイルム(FUJIFILM) チェキ スマホプリンター instax mini Link3 クレイホワイト INS MINI LINK3 C WHITEAmazon(アマゾン)
「ねぇねぇ、阿部定事件って知ってる?」コインランドリーで洗濯が終わるのを車の中で待ちながら、彩音は大輝にそんな話をもちかけた。「なに、いきなり。怖いこと言うなよ」「あ、やっぱ知ってたか。すごいよね、あの事件。いまあの事件のwiki読んでるんだけどさ」「なんで今読むんだよ」「いや暇だったから」車内に沈黙が落ちる。「じゃあ旧日本軍の人体実験の話とか知ってる?」しばらくして、彩音は再び大輝にそんな話をもちかけた。「だーかーらー。なんでそういう物騒な記事ばっか読んでんの」「いやあ、人生、何事も勉強かなーって」彩音は大真面目に答える。「そんな勉強しなくてよろしい」大輝も大真面目である。「ね、ね。当時は世界中で人体実験が行われてたってホントかな」またしばらくして、彩音は大輝にそんな話をふった。「お前まだそんな記事読んでんの?しかも今度は陰謀論じみてんな」「でも特定の国だけがそんなことしてたって明らかにおかしくない?非常事態になったら人間、どこの国でもそういうことってこっそりしちゃいそうじゃない?」昼の十二時過ぎ。さきほど時報の音楽が、近くの公園から流れていた。ゴールデンウィーク前の、おだやかな土曜の昼である。「そりゃあ、多かれ少なかれ、似たようなことはしてたでしょうよ。どこの国でも。ただそれが表に出るか出ないかだけの違いでさ。そう考えるのが自然じゃね?」二人の乗った赤い車が、ランドリーの大きなガラス戸に反射して光っている。「だよねぇ。怖い時代だよねぇ」彩音はそう言うと、「そういやお隣の田口さんとこ、赤ちゃん生まれたんだよ」と話題を変えた。その様子があまりに自然で、あまりに不自然に感じられたため、大輝は笑って「切り替え早ない?」とつっこむ。「あたしたちも、そろそろ第一子、どうよ」と、彩音はスマホを眺めながら言う。「どうよってお前、誰だよ。しかも第一子って。第二子おりこみ済みじゃん」「経済的に可能なら、産むよ?あたしゃ」「たくましいな」狭い車内で、大輝は大げさにのけぞってみせる。「あ、そろそろ終わる頃じゃない?洗濯」「あほんとだ」二人はそう言って車を降りてコインランドリーの中へ入って行った。心地の良い風が吹き、真上からは太陽の日差しがさんさんと降り注ぎ辺りに濃い影を落としている。ランドリーの中では、二人のぶっそうなかけあいが再び始まっていた。
こんにちは、百字八重(ももじやえ)です。今日は、雨の中をてくてくお散歩してきたので、その散歩風景を紹介します。橋の下からの一枚。いつもは土手の上を歩くのですが、今日は趣向を変えて土手の下を歩いてみました。雨の日だから、本当は危ないのかもしれませんが、そんなに水面も高くないし大丈夫だろうとふみました(それが危ないのかもしれません)。少し開けた ところに出たので、ここでもパシャリ。左の坂をのぼり、土手の上に出ます。傘と鉄塔。雨の日ならではなコラボレーションです。水たまりを激写。これも、雨の日ならではな風景ですね。なんか白い花をつけている木を見つけたので、見上げながら激写。影が落ちてみにくいですね。なんの花だろう。また晴れた日にでも撮ってグーグル画像検索にかけたいと思います。シラサギさんが中州でお食事中のところを激写。雨雲たちこめどんよりと暗い景色の中に羽の白が際立ちます。しばらくのあいだ観察していました。橋の上から川を激写。うーん、景色全体がやはり暗いですね。雨の日ならでは。雨の中で満開のツツジを激写。元気いっぱいです。こちらでは土が掘り起こされており、早くも田んぼの準備が始まっていました。ミミズや昆虫を求めてスズメがちゅんちゅん集まっていました。こんなかんじの今日のお散歩でした。皆さまも、雨の日ならではなプチイベントをどうぞお楽しみください。ではまた!
息子の健太が、東京から帰ってきた。「おかえり」と、玄関先で靴をぬいでいた健太の背中に、俺は云年ぶりの言葉をなげかける。「ただいま」健太はうつむき加減で目も合わさず、仏頂面をしたまま、母である直美にうながされリビングへと消えていった。健太がこの家を出て行ったのは、18歳の頃のことである。当時、流行していたロックバンドに影響されて、友人とともにバンド活動をはじめ、ついには「音楽で食っていく」とまで言い出したのがきっかけである。もちろん俺は止めた。一体、世の中どれくらいの若者が、同じやりとりを親と繰り広げているのだろうか。気の遠くなるようなやり取りの末に、壁に一発、拳のあとを残し、健太はこの家を出て行った。それから30歳になるこの年まで、健太はほぼ、音信不通だった。図体だけはでかくなったようだが、一体どの面さげて、この家の敷居をまたいだのやら。親の顔が見てみたい。とは、口が裂けても言えない。俺とは疎遠だった健太も、直美とはそれなりに連絡を取り合っていたようで、今回のUターンも、「もうそろそろ帰ってきたら」という直美の説得を受け入れてのことだった。妻がかけたやさしい言葉に対し、健太が何といったかは分からないが、リビングで聞いていた限りは、スマホの向こうで泣いていたようである。なんだ、男のくせに、情けない。一筋にサラリーマンを続けてきた俺の堅実さを見習えと言いたい。しかし、同じ男だからこそ、夢やぶれて無様に帰ってきた健太の心の内も、理解できるような気がする。いや、云年ぶりに会った親と目も合わせない今の健太に、そんな同情心は無用か。しかし果たして、何をしゃべればいいのか、どんな話題を提供すればいいのか、俺は迷いに迷っていた。なに、父親なのだから、堂々と普通にしていればいいのだ。俺が気遣う必要はない。気遣えば、受け入れてもらったと思い、たやすい親だと今後調子に乗るだけだろう。夕飯の席で、健太と俺が向かい合う。大きくなった。本当に、大きくなった。しみじみと感じ入るのをこらえながら、俺は「とりあえず飲むか」と酒を指さした。うつむいていた健太は、顔をあげ「うん」と答える。直美はキッチンで揚げ物をしている。男二人の、晩酌がはじまった。しばらくの間は、特別な言葉はいらないのかもしれないな。飼い犬のペロが、そんなことを思う俺の足元でくるくるとまわっていた。
私の時間は有限である。今日、5回目のデートの待ち合わせで、5回目の遅刻をしてきた彼氏を振った。人の時間を何だと思っているのか。本当に私のことを大事に思っているなら、私の時間を無駄にすることなど選択肢にないはずだ。ああ腹が立つ。でもイライラは体の毒だ。人間はイライラするほどストレスがたまり、その分寿命が縮むのだそうな。インフルエンサーがティックトックで言っていた。おそろしい。でも、私は、なんでもかんでもインフルエンサーの言うことを聞くその辺のZ世代とは一味違う。私は、自分で着る服は自分で選ぶし、食べるものだって映えなど気にせず、自分の食べたいものを食べる。そりゃあ、全身コーデや料理の写真を撮ってアップすることは日常茶飯事だけれど、そのぶん、色彩検定やカラーコーディネーターの資格を取ったり、カメラワークの勉強会に参加したりもして、自分なりの力をつけてきた。もちろん、撮った写真を加工したりはするけれど、それだって、自分のセンスに合うものしかアップしてはいない。そこが私が「彼ら」と違うところだ。さきほど、私は時間にうるさいと述べた。けれど、レジで現金の支払いをする人を待っている時や、病院で待たされている時などにもイライラするのかと問われれば、答えはノーだ。待つべき時には、私はおとなしく待つことが出来る。たとえば、スマホをいじったり、鞄に入れていた文庫本を読んだりして。今時何でもタイパタイパで、みんなせかせかしすぎなのだ。大人ならば、落ち着いて、時には待つことそのものを楽しむ余裕を持ちたい。と、最近読んだ本に書いてあり、大いに納得した。こういう点も、私が「彼ら」とは違うところだ。私は、「彼ら」が好んで聞くような音楽に影響されることはない。そりゃあ、流行している歌を聞きはするけれど、それはリズムを楽しんだり話題に乗り遅れないようにするためで、大切な自分の思いを乗せるためではない。私の思いは、何百万人と共有することが前提のコピペ可能な音楽などには、決して重ねられない、唯一無二のものなのだ。そんなことを考えているのも、「彼ら」とは違う点だろう。私が「彼ら」と呼ぶ、同年代の「Z世代」の人々。同時代を生きていくなかで、私たちは「らしさ」を求める。「らしさ」って何?そんなことをAiに尋ねながら、今日も私は最低限の協調性を維持しつつもマイペースを大事に生きていく。
こんにちは、百字八重(ももじやえ)です。今朝もてくてくお散歩をしてきたので、その途中風景を紹介したいと思います。まずは頭上をパシャリ。けっこう厚めな雲が空一面を覆っています。人生初・セブンイレブンのカフェラテ。実は「たいしたことないでしょ」と舐めていたのですが、飲んでみるとコクがあってまろやかでじんわりきいてくる後味ではいすみませんでしたおいしかったです。公園に咲いていたヤマブキ。「山吹色」の語源となっている植物です。『万 葉集』に登場するほど、その栽培の歴史は古いそうです。(wikipediaより)そう思って見ると、趣があるように感じられてきます(単純!)。土手にあがったところからパシャリ。やはり雲が厚いせいか、太陽の光はうっすらとしか届いていません。今日は一日、涼しい日となるのやもしれません。そんなこんなな私の朝でした。皆さま、よい一日を!ではまた。
こんにちは、百字八重(もも じやえ)です。今日は午後の早い時間帯に、いつものようにお散歩に行って来たので、その途中風景を紹介します。空。少し歩いただけなのにもう暑い!バラ科の「カナメモチ」という常緑小高木。建物の垣根に利用されていました。新芽の時期に、葉が鮮やかな赤色になるのが特徴だそうです。また、春から初夏にかけて白い小花を密集させて咲かせ、秋には赤い実をつけるのだとか。秋も楽しみですね。(グーグル画像検索調べ)ツツジに向かって激写。もっとやせようと思いました。川。カンカン照りのなかをてくてくと土手を一周歩いてきました。汗がじんわり。ダイエットになったかな。満開のツツジ!これも建物の垣根に利用されているものです。建物を映さぬよう、垣根だけを激写です。駐車場に私。今年はまじでやせよう。うん。そんなこんなな今日のお散歩でした。皆さまも、よきお散歩ライフを!ではまた。
こんにちは、百字八重(ももじやえ)です。今日は時間を変えて午後にお散歩してきました。いつものようにその途中の風景を紹介したいと思います。濃い桃色のつつじ。まだまだ蕾も多くて、見ごろはこれからといったところです。白色のつつじ。葉の緑色とのコントラストが美しいですね。鉄塔を激写。曇り空に映える、モノクロ写真のような一枚が撮れました。土手の風景。背の低い草が中州にまで進出していました。草むらで1輪だけ咲いていたチューリップ。水の張られていない田んぼで何かをついばんでいるカラス。今日はこんな感じのお散歩でした。皆さまも、よきお散歩ライフを!ではまた。
営業を担当する社員が持ち帰った受注書を読み込み、泰三はしばらく考えた後、オーケーサインを出した。先代から引き継いだ、この「田島鉄加工」の社長になって三年経つが、これがはじめての仕事である。その日の夜は二階の自宅で、母と美紀がこしらえた刺身料理を囲んで、家族だけのささやかな祝いの席が設けられた。「お前も、社長としてやっと一人前だな」そう言って酒をあおり顔を赤らめているのは、先代、つまり泰三の父の次郎である。「父さんにそう言われると、これからも頑張れる気がするよ」泰三は笑いながら、父の空いた杯に次の酒を注ぐ。「もうお義父さん、あんまりおだてないでくださいよ。この人、すぐに調子に乗るんですから」台所から嬉しそうな美紀の声が聞こえてきた。「そうよ、あなた、お酒もほどほどにね」今度は母の声である。「いいなぁ。僕はまだまだ修行中だよ」息子の淳がなぜだかすねだした。ワン、ワン、と、飼い犬のトラも吠えながら上に乗っかってくる。いつもより豪華な料理が並んでいるとはいえ、変わらずにぎやかな食卓であった。しかし。「なぁ、泰三。おまえ――」と言いかけて、父の動きが止まった。次の瞬間、父は飲み食いしていたものをその場で吐きだし、もがき始めたかと思うと、仰向けになって白目をむいて倒れてしまったのである。「美紀、母さん、救急車!」泰三はすぐさま指示を出し、自分は父の口に手を突っ込んで喉が詰まらないように中のものを指でかきだし始めた。泰三の右手には、小指が、ない。まだ若かった時に工場の機械でやったのだが、障碍者となってからも、泰三は以前にも増して仕事に打ち込むようになり、今では十名いる工場の従業員の中でも一位二位を争う腕の持ち主である。その右手が、今、父の吐瀉物にまみれている。機械とは違う、人間の肉体のやわらかな弾力を感じながら、泰三は冷静に今後のことを考えていた。父が持ち直したとしても、もう今までのようには働けまい。その場合、自分が何もかもを決める立場となる。俺に、出来るか――。やらなければ、生活が、いや会社そのものが立ち行かなくなる。父がこのまま死んでしまっても、同じことが言える。泰三の右手が震える。それは動かし続けていたための痙攣であったか、はたまた武者震いであったか。泰三は、このときはじめて、父の背負っていたものの大きさを知ったのである。
ワクチン接種も完了して、いよいよアンコの散歩デビューの日がやってきた。といっても何のことかピンとこない人は、きっと犬を飼ったことがない人なのだろう。私もはじめはそうだった。私の場合は、幼い頃からペットは禁止で、成人してからは働きはじめて忙しく、結婚して家に入ってからは育児にてんてこまいで、とてもそんな余裕なんて無かった。しかし、子供が独立して数年が経った頃、家で暇を持て余していた私に夫が言ったのだ。「犬でも飼ってみないか」と。最初はためらった。この年になって新しいことを始める、ましてや命を預かるという大変な作業など。しかし、私の運動不足を心配した夫は、なかば強引に生まれたばかりの一匹の黒柴を友人宅からもらい受けることを決定した。夫の持ち帰った子犬の画像を見た私は、そのかわいらしさに一目で沼に落ちた。しかし、犬を飼うからには、「かわいい」だけではいけない。責任感を持って最後まで面倒を見る覚悟と、ちゃんとした知識が必要だった。私は柴犬に関する知識を求めて、ネットで専門サイトをはしごしたり、書店で本を買い求めたりした。子犬は生後数か月かけて、狂犬病対策などの免疫をつけるためにワクチンを数回打つことが義務付けられているということを、私ははじめて知った。そうして、アンコが我が家へやってきた。アンコはすぐに私たち夫婦になつき、甘え、よく吠え、ものすごい勢いで動き回った。そんななかで、私は幼いアンコを連れて、動物病院へと通った。多くのペットと同様に、アンコは動物病院が大嫌いになったが、ともあれ、すべてのワクチン接種を終え、今日、めでたくお散歩デビューとなった。リードをつけ、ほとんど初めて足を降ろすアスファルトを、アンコはどのように感じているのだろうか。私はいつでも抱っこできるように、両手をアンコの上に構えながら、ハラハラしながら見守った。するとアンコは、私の心配など意にも介さない様子で、地面の上をとことこと歩き始めたかと思うと、キャンキャン嬉しそうに鳴きだした。それが、私とアンコのお散歩デビューだった。数年が経ち、今、アンコは成犬となり、堂々とした足取りで私をリードして歩く。死ぬまで一緒にいるからね、よろしくね、と語り掛けながら、今日も私はアンコのあとについて歩いてゆく。春のあたたかな日差しの中で、アンコの尻尾が元気いっぱいに揺れている。
こんにちは、百字八重(ももじやえ)です。今朝もてくてくお散歩に出てきたので、その途中風景を紹介します。ソメイヨシノ。もうだいぶ葉桜になっています。青い空に映えますね。散っていった花弁たち。風に吹かれて地面の上をころころと転がってゆきました。儚さと力強さを感じます。遠目になんだか咲き誇っていた桃色の鮮やかなお花があったので激写。「関山(かんざん)」という、サクラの品種だそうです。(グーグル画像検索調べ)桜の塩漬けには、この関 山がよく使われるんですって。気の早いツツジが咲いていたのでこちらも激写。これから見ごろをむかえますよね。楽しみです。フレンチ・マリーゴールド。毛糸の玉みたいで可愛らしいですね。グラデーションも素敵です。シバザクラ。私のなかでシバザクラといえば鮮やかなピンク色だったのですが、白い色のものもあるんですね。さわやかさを感じさせます。暑すぎず寒すぎず、日差しはあたたかい一方で日陰に入れば少し肌寒い、そんなとても過ごしやすい季節になりました。お散歩も楽しくなっちゃいますね。皆さまもよきお散歩ライフを。最後まで見てくださりありがとうございます。ではまた。
真理の機嫌が悪い。こんな時は、強引にキスを奪ったあとで激しいセックスをするに限る。セックスの後、いつも真理は泣いている。「あたしの気持ち、分かる?」などと聞いてくる。めんどくさいので、そろそろ別れ時かとも思うが、真理の見た目はかわいいし、セックスも悪くはない。そういうわけで、ずるずるキープしてもう一年になる。が、マジでそろそろ切ってもいいかなと思っている。真理の部屋を出て、ぷらぷらファミレスで朝食をとる。最近、野菜を食ってねぇ。体の中がギトギトしてドロドロになった感覚を覚える。店を出て、コンビニに寄って栄養ドリンクを一気飲み。連日続く二日酔いに、もはやその効能は全然役目を果たさない。スマホをいじって片っ端からかけてみるが、先輩も卓也もヨージも啓介も淳もあっくんも美咲も綾も加奈子もつかまらない。空は快晴。太陽がさんさんときらめいて、桜の見ごろを過ぎた四月の町をありありと照らしている。その明るさに気圧されて、俺はよろめきながらビルの日陰に入る。ひんやりと冷たい春の日陰に包まれて、俺の頭痛は幾分か和らぐ。そういえば、家に帰った時に不在届がポストに入ってたっけ。発送元を見ると、十年は顔を見せていない実家からだった。また野菜やら手作り料理やら、余計なものを送ってきたのだろう。そういう、家族だの絆だのいう、田舎者のダサい感覚には唾を吐きたくなる。さて、今夜は出勤だ。俺を目当てに沢山の女が来店するだろう。そんな彼女たちに、俺は今夜も「ブラックプリンス・古紫」という名詞を配る。毎晩浴びるように飲む酒で体はとうに限界を迎えているが、弱音を吐いている場合でもなく、悠長に病院に通っている場合でもない。俺は夜の帝王。それくらいに自分を鼓舞して、稼いで稼いで稼ぎまくる。使って使って使いまくる。「この先に何が待っているのかは分からないが、ああ、神様どうか、俺を見捨てないで」最近はよくそんな歌を聞いている。
こんにちは、百字八重(ももじやえ)です。春らしい春もすっかり過ぎ去って、なにやら夏を感じさせる今日この頃ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。さて、今朝も30分ほどお散歩に出てきたので、その風景を紹介します。天気は快晴!肌寒さの残る風は吹いているものの、歩いていれば汗ばむ陽気。絶好の行楽日和です。ホームセンターのそばを通りかかったので、入ってみることに。意図せず、木の板がたくさん立てかけられているコーナーに入り込みました。木の香りって最高に心地いいですよね。本棚でも自作できたらかっこいいのですが、大体失敗したり出来がよくなかったりするので、家具は買うと決めています。ともあれ、よい香りを胸いっぱいに吸い込んで店をあとにしました。土手を逆行で激写。てくてく歩いている人がいたり、自転車をかっ飛ばしている人がいたり。みなさま思い思いに休日を過ごされているようでした。しばしまったり。ふと足元を見れば、多肉植物が植えられておりました。エケベリア属の「ブラックプリンス」という名前の植物なのだとか。(グーグル画像検索調べ)ブラックは葉が黒っぽいところに由来しているのだとは思いますが、何がプリンスなのかは分かりません笑でも、そんな名前がつくと、なんとなくかっこいいですね。和名は「古紫」といって、何やら古風な印象を受けます。「ブラックプリンス・古紫」なんて、どこか源氏名のようです。家に帰ってきて、出る前にいれていた冷めきったコーヒーを飲みながらこの記事を書いていますが、時刻はまだ朝の9時過ぎです。一日が始まりますね。お仕事の方もそうでない方も、みなさま、どうぞよい日曜日を。ではまた。
こんにちは、百字八重(ももじやえ)です。今日の山陰は、お散歩するにはかなり暑い気候となりました。少しずつ、夏の気配が近づいています(まだ4月なのに!)。それでは今回も、道端に咲いていたお花たちをご覧ください。こちらは「オステオスペルマム」という名前のお花だそうです(グーグル画像検索調べ)。舌を嚙みそうな名前です。2,3度繰り返し読みました。春から秋にかけて、氷のようなすずしげな青色や白に近い淡い色の花を咲かせます。細かく重なった花びらが印象的ですね。こちらは「アリッサム(ニワナズナ)」というお花。以前にも同じお花の写真を撮っていますよね。人気なんでしょうか、またまた出会ってしまいました。こちらは「アッツザクラ」というお花。南アフリカ原産の球根植物で、キンバイザサ科に属します。アリューシャン列島のアッツ島とは関係はないとされています。なんだか、以前撮ったお花とかぶってしまいましたね。まぁいいのです。ほかでもない、「今日の私の目に留まった」ことが記念になるのですから。同じお花を何度も撮っているなかで、お花に詳しくもなるでしょう。そんな言い訳をしつつ、今日もスマホ片手にお散歩に繰り出します。しかし、たった数十分ほどの日もあったり、はたまた1時間ほどの日もあったりしますが、体重は一向に減りません笑万年ダイエッター百字、今年の目標は2kg減/月だったりします。予定では、あと4日で1kg減。無理ですね。予定の方を書き換えたいと思います。夏も近づいてくるし、肌の露出も多くなるし、大人女子といたしましては減量は喫緊の課題であります。皆さまも、暑くなってきましたのでどうぞ健康にお過ごしください。ではまた。
こんにちは、百字八重(ももじやえ)です。今日もお散歩途中の風景を紹介します。スイートアリッサム(ニワナズナ)。白くて小さな花がかわいらしいですね。シバザクラ。植え替えられて間がないためか、お花がしおれ気味です。これからぐんぐん元気になると信じています。ツルニチニチソウ。綺麗な青紫色のお花です。しろいふちどりのある特徴的な葉も素敵ですね。夕方の空。人 工物のシルエットが夕日に映えます。これぞバエ!!そんなこんなで今日も気持ちよくお散歩させていただきました。てはまた!
休みをとって、今年33歳になる娘といっしょに、滝を見に来た。この滝は「竜頭の滝」といって、日光の有名なものとは比べものにならないくらい小さいのだが、それでも数十メートルの高さはあって、もちろん水も流れていて、立派に滝の形をしている。なぜ今日、この滝を見に来たのかというと、私の定年を前にして、ちょっと一休みして自然に触れたかったためだ。私ひとりでも平気だったが、一人で行くのは危ないからと、娘まで休みを取ってこうしてついてきてくれた。この滝は地元の山奥にある滝で、地元では有名だが、ひとたび県外に出ると誰も知らないといった程度のものである。そのため、今日だって私と娘以外に観光客はおらず、私たちは滝という非日常を前に二人してテンションが高まり、女ふたりキャッキャとはしゃいでスマホをかざして写真を撮ったりした。私は、あまりにも滝に近づきすぎたため、大量の水しぶきが顔にかかり、その冷たさにますますはしゃいで娘を笑わせた。「そろそろ、お昼にしようか」どちらからともなくそう口にして、私たちは滝が臨める小高い岩の上に陣取り、持ってきたお弁当に箸をつけはじめた。おなかもいっぱいになって、ぼんやりと滝を眺めていて、ふと、人生とは滝のようなものかもしれない、と思った。一瞬で落ちてゆく水そのものが、私たちの人生なのだ。落ちてゆく、その一瞬のうちに、必死にもがいて何事かを成す。最後にはみんなまとめて「歴史」という名の、くらい滝つぼに飲まれてゆく――。そう思えば多少適当に生きたって、どうせ最後には死んでしまうのだから、いいじゃないか、という気がしてくる。けれど、律儀な私は、目の前に人がいればにこやかに対応するし、困っている人がいればとりあえず声をかける。仕事は義務とは思わずに趣味などの延長と考えていて、責任感を持ちながら日々楽しくこなせており、幸いにもそれで結果も出せていて、定年後も働いてくれと声をかけられている。そんな私の人生は、未来において、いや、今このとき、他人の感性に刺激を与える一滴になりえるのだろうか。まさにさきほど私の頬にかかった、ひんやり冷たく感じられた、あの一滴のように。「お母さん、定年後も働こうかな」滝を眺めながら、気づけばそんなことを口にしていた。娘は、「いいんじゃない?お母さんの好きにすれば」と言って笑顔でこたえてくれた。