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くさかはるの日記

くさかはる@五十音のブログです。

漫画と小説を書いて暮らしております。

現在、漫画と小説が別ストーリーで展開してリンクする『常世の君の物語』という物語を連載中。

検索していただくと無料で読むことが出来るので、どなた様もぜひお立ち寄りください。

今日をもって、後期高齢者となった。

つまり、今日、僕は75歳の誕生日を迎えた。

この年になると誕生日といっても特別の思いはなく、ただいつも通りの一日が訪れているといった印象だ。

だが、僕はあえてスーパーでショートケーキを買った。

定年退職をしてから調べたのだが、あまりにも変化がなく単調な日々を送っていると、認知症が早く訪れてしまうという。

だから誕生日というイベントを大きな変化としてとらえ、自ら大げさに祝うことにより、認知症防止をはかろうと目論んだわけだ。

特別甘いものが好きというわけではないのだが、誕生日といえばやはりこれだろう、ということで、数あるケーキの中からショートケーキを選んだ。

 

家路につきながら、この十年を振り返る。

65歳で仕事をやめて以降、僕は貯金を崩しながら生活していたが、二か月前にそれも底をつき、先月から生活保護のお世話になっている。

もっと貯金しておくべきだったと思ったが、就職難で一度も定職についたことのない僕だ、こうなることは分かっていた。

老後、贅沢はできないと最初からあきらめていたため、今の生活に不満はない。

むしろ国のお世話になることで、まるで国に守られているように感じられて心強い。

その点、日本に生まれて本当によかったなと思う。

あとは死ぬまでの時間をどう過ごすかという問題が残っているが、僕は本が好きなので、毎日図書館に行ったり本屋に行って立ち読みをしたりして過ごそうと思っている。

それに、今では誰でもネットで文章が書ける時代だ。

死ぬまでの間、暇つぶしに日記のようなものをネットで公開してみても面白い。

こんな僕だけれど、せめて生きた証をネットの海に流そうと思う。

そういえば今日は75歳の誕生日だ。

よし、今日から始めてみるか。

そう思い立った僕は、足腰が弱っているのも忘れて、いつもより軽い足取りで家路についたのだった。

 

 

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真っ白なキャンバスを前に、美紀はうなり声をあげたくなっていた。

場所はとある高校の技術棟2階、美術室の片隅である。

十月に開催される文化祭に出展する絵のテーマが決まらない。

美紀の頭を悩ませているのは、その一点だった。

友人の綾は既に半分ほど描き上げているし、後輩の井上君ももう下書きを終えていた。

一年に一度、一般の人を含めて自分の絵を見てもらえる貴重な機会だ。

手は抜きたくない。

そう思えば思うほど、ますます頭の中が散らかってゆく。

 

家に帰っても、美紀はあれこれと落書きをしては消すを繰り返していた。

そこへ、夕飯ができたと母の呼ぶ声がした。

はぁいと返事をしてリビングへ行く。

夕飯は美紀の大好物のハンバーグだった。

美紀はそれに箸をつけながら、「ねぇ、お母さんが創作で大事にしてることってなあに」と尋ねた。

美紀の母は趣味でハンドメイドをしており、アクセサリーを作っていた。

「そうねぇ、わくわく感かしら」

母の答えに、「わくわく感かぁ」と美紀は曖昧に返事をする。

「じゃあ、お父さんは?」

と、今度は父に尋ねてみた。

美紀の父は建築家である。

「そうだなぁ、実用性、かな」

予想に反して現実的な答えに、美紀は「えー」と曖昧に笑った。

「今度の文化祭の絵のテーマが決まらないんだよね。何かいい案ない?」と、美紀は面倒くさくなり思い切って尋ねてみた。

すると両親は「それは自分で考えなさい」と揃って言った。

「えー」と美紀は不満を口にした。

 

その晩、美紀は夢を見た。

その夢は、わくわくして、でもどこか現実味を帯びた夢だった。

 

次の日の放課後、美紀は美術室でキャンバスに向かっていた。

「あれ、美紀ちゃんやっとテーマ決まったの」

友人の綾が背後から声をかける。

「うん、わくわくして、現実味のあるSF世界の風景を描くことにした」

果たしてこの絵は、「我が家の世界」という題で、文化祭でひときわ人目をひくことになるのだった。

 

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勢いよくガスの抜ける音がして、バスが止まった。

朝の通勤時間帯、バスは満員で、乗客は窓の外に視線をやったり、手元を見たりしている。

それを正面の大きな鏡で確認してから、律はバスを発車させる。

 

律が路線バスの運転手になったのは、この春のことだった。

通常の運転免許を「一種免許」といい、バスやタクシーなど有料で人を乗せて運ぶ際の免許を「二種免許」というが、バスの運転にはこの二種免許が必要で、律は今の会社に入ってから研修を受けて取得した。

本当は高速バスの運転手になりたかったのだが、いきなりはなれず、まずは路線バスの運転手を経験してからでなければいけないらしい。

そのため、律はこうして毎日路線バスを運行しているというわけだ。

 

律の両親は、律がおさないころに離婚しており、律はほぼ母子家庭で育った。

母はジムのトレーナーをしながら女手ひとつで律を育ててくれた。

そんな母を早く支えたくて、律は大学には行かずに働く道を選んだ。

その選択に後悔はしていない。

人手不足と言われるバスの運転手だが、うちの会社は別で、若い人に嫌われがちな長時間労働というデメリットを、独自のシフト制にすることで改善し、この地域では人気の仕事となっている。

確かに、好きな時にトイレに行けないだとか、常に人に見られるというストレスはある。

しかし、そういうことに目をつむれば、常時空調は効いているし、汚れない仕事だし、いいことはあると思うのだ。

 

たまの休みに母が聞く。

「後悔していないか」と。

律は決まって答える。

「人生なんか後悔ばかりだけど、でも前向きに生きないともったいないからな」と。

そうして母と二人笑い合うのが、律は好きだった。

 

それから40年が過ぎた。

既に母は亡く、ひとり暮らしの律は、今朝もバスを運転するために家を出る。

母の遺影に手を合わせて、笑顔を作ってから「立派に勤め上げてみせるからな」とつぶやく日課をを忘れずに。

 

 

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壁一面に大きな姿見が埋め込まれたスタジオの隅で、カナはひとり振付の同じ個所を練習をしていた。

スタジオでは、今流行りの『漫画インク』という曲が流れている。

今日は1時間も早く来たので、カナの他には誰もいない。

東北の片田舎にあって、ダンスを習うことが出来るのはこの地域にこの教室しかなく、カナは小学生の頃から親の勧めで通っていた。

そのせいか、カナは誰よりダンスがうまかった。

母はいつかプロのダンサーになってよ、などと言う。

まんざらでもないカナは、「えー、なれるかなぁ。競争、すごいんだよ」と返すのだった。

 

高校卒業とともに、カナは上京した。

経済的な理由から大学へは行かず、東京でアルバイトをしながらプロのダンサーを目指すことにしたのだ。

しかし、カナはすぐに壁にぶちあたった。

地方では一番実力のあるカナだったが、東京ではカナ以上にダンスのうまい子たちが沢山いたのだ。

自分は井の中の蛙だったのだと、身をもって知った。

ちょうどその頃、同じダンススタジオの講師と恋に落ちた。

デートの回数が増え、練習の回数は減っていった。

それから一年後、カナはその相手と結婚した。

同時に、カナには子供ができた。

カナはバイトをやめて家庭に入ることにした。

夫は、「いいよな、女は仕事やめれて」と冗談交じりに笑って言った。

この時、カナは夫に違和感を抱いた。

結局、5年後、その違和感が膨らむ形で二人は離婚した。

 

カナは、今、都内のジムでトレーナーとして働いている。

息子を育てながらなので、忙しいうえに生活は苦しい。

ひとりになると、ふいに涙が流れてくる。

多分、そろそろ子どもの父親となるような男性が必要なのだ。

いや、子供は言い訳だ。

何より、カナ自身のために必要なのだ。

マッチングアプリをなぞりながら、カナは電車の中でひとり泣いた。

イヤフォンからは、かつての流行歌である『漫画インク』がエンドレスで流れていた。

幼いころの瑞樹のお気に入りは、両親が買ってくれたおもちゃのピアノだった。

両手を大きく振り上げてめいっぱい叩いても面白い音が出るし、指先でそろそろとつついても面白い音が出た。

幼い瑞樹にとって、音楽は音楽という言葉を覚えるより先に身近にあった。

 

そんな瑞樹は、中学生の頃には独学で音楽理論を学び始め、高校生の頃にはパソコンで自ら作曲するまでになっていた。

女の子にもてたいという動機で楽器をはじめたようなバンド仲間とは異なり、瑞樹は一心に作曲に励んだ。

俺はあんなな奴らとは違うんだ、と瑞樹は思っていた。

そうして『インク』という一つの曲が出来上がった。

しかし、ネットでの反応は思った以上に悪かった。

ある日、「頭だけで作った曲って感じ」という書き込みがなされた。

瑞樹はこのコメントを呼んだ時、見知らぬ誰かにすべてを見透かされたような気がした。

瑞樹はとことんまで落ち込んだ。

それでも瑞樹は曲づくりをやめなかった。

俺には曲を作るうえで、決定的なものが欠けている。

そんな強烈な焦燥感を抱いたまま、瑞樹は曲づくりに励んだ。

そうして出来上がったのが、大学4年生の時の『漫画インク』という曲だった。

この曲をネットで公開したところ、みるみるうちにアクセス数が増え、盛り上がったファンによる応援コメントが山のように寄せられた。

なぜそのような反応が得られたのか、今度はそちら側の理由で悩んだ。

なぜ『漫画インク』は成功したのだろう。

俺が欠けていると思っていたものが、知らない間に身についたのだろうか。

一体それは何なんだ。

瑞樹は自問自答を重ねた。

自問自答をしては一応の答えのようなものをはじき出し、いや違うと思ったら再び自問自答を繰り返す。

そんなことを繰り返していたら瑞樹は知らぬ間に40になっていた。

今や知る人ぞ知る作曲家となった瑞樹は、今日も自問自答を繰り返す。

ときどき、幼い頃に遊んでいたあのおもちゃのピアノを奏でながら。

 

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