私は耳が聞こえない。
これは生まれつきなのだけれど、生まれつきだからこそ、私は音を知らずに生きてきた。
多くの人に聞こえている「音」ってどんなだろう。
音楽に合わせて踊っている人を見ると、独特のリズムがあるのが分かる。
けれど健常者の妹によると、音楽の持つリズムと、人がしゃべっている時のリズムは種類が違うということだ。
ふうん。
どうせ聞こえないから興味ないけど。
私が障碍者だとわかると、人は困った顔をする。
扱いに困るのだろう。
それまでしゃべっていた口を閉じ、スマホでのコミュニケーションをはかろうとする人もいた。
それはそれで親切だとは思うけれど、スムーズでなくてもよいなら私はしゃべれる。
ただ耳が聞こえないだけで、声は出るのだ。
私は普通に接してほしいだけなのに。
でもそれも無理な話だ。
多くの人が当たり前のように使っている声を、私は拾えないのだから。
そうして私はひきこもるようになった。
それが10代の頃のこと。
しかし転機が訪れる。
20歳になった頃、今の夫と出会ったのだ。
夫も、耳が聞こえない。
私たちは地域の手話サークルで出会った。
お互い耳が聞こえないものだから、手話での会話など、健常者の人より相手のペースが読みやすい。
それで、何度か交流を重ね、デートを重ね、逢瀬を重ねていき、昨年、結婚に至った。
私と夫に子供はいない。
二人で話し合い、持つことをあきらめたのだ。
私は何度も泣いた。
悔しかった。
そのたびに夫がなぐさめてくれた。
そのおかげで、今この年になるまで夫とはラブラブである。
私たちの世界に音はないけれど、それでも世界は鮮やかに語りかける。
せめてその色を、振動を、思い切り感じて生きていこうと思う。