今年で三十三歳になる娘が、夫と離婚して帰ってきた。
父親の自分としては、ここで厳しく迎えるべきなのか、はたまた、あたたかく迎えるべきなのか、しばし悩んだ。
しかし結局妻の絵里と相談し、特別なことはせずにそっとしておこうという話になった。
そういうわけで、娘が帰ってきたその日の夕食の席では、離婚については一言も触れずにいた。
食卓には気まずい沈黙が流れたが、当の娘は親の心配も知らずにもりもりと好物の唐揚げを口に運んでいた。
孫がいればまた違うのだろうが、完全な独り身に戻り、娘はどこかのびのびとしているようにも見えた。
日曜、家でごろごろしていた娘を見かねて、俺は娘を釣りに誘った。
しかし娘の返事はノーだった。
やれ手が汚れるだの、やれ生き物を殺すのはしのびないだのと言っている。
「そんなことだとダメ人間になるぞ」
と、俺は叱った。
娘はそんな俺を見て「別にいいし」と口をとがらせる。
娘とは、一度きちんと話をしなければならない。
俺は釣りを諦めて、「じゃあ散歩でもどうだ。途中、お茶でもしよう」と誘ってみた。
娘は「それなら行く!」と言い、身支度をはじめた。
俺と娘は連れ立って、近所を流れる川の土手を歩いた。
まだ蒸し暑さの残る、九月上旬である。
俺と娘は無言で、ときどき前後を入れ替わりながらゆっくりと歩いた。
すると橋の上に来たとき、娘が「ごめんね」とひとこと言った。
俺は間を置かず「別に謝ることじゃない」と返した。
それきり俺たちは何も言わず、ただ連れ立って、ゆっくりと歩いた。
それからどれほどの時が経っただろう。
結局、娘は再婚しなかった。
俺は孫の顔を見ることが叶わずこの世を去ろうとしている。
それでも、思い出されるのはあの日、娘と歩いた九月の土手だ。
もう二度と娘と一緒に歩くことは叶わないが、思い出を胸に、俺は今、ひとり静かに人生を終えようとしている。
※この小説はyoutubeショート動画でもお楽しみいただけます。
以下のリンクをご利用ください。