くさかはるの日記 -4ページ目

くさかはるの日記

くさかはる@五十音のブログです。

漫画と小説を書いて暮らしております。

現在、漫画と小説が別ストーリーで展開してリンクする『常世の君の物語』という物語を連載中。

検索していただくと無料で読むことが出来るので、どなた様もぜひお立ち寄りください。

今年で三十三歳になる娘が、夫と離婚して帰ってきた。

父親の自分としては、ここで厳しく迎えるべきなのか、はたまた、あたたかく迎えるべきなのか、しばし悩んだ。

しかし結局妻の絵里と相談し、特別なことはせずにそっとしておこうという話になった。

そういうわけで、娘が帰ってきたその日の夕食の席では、離婚については一言も触れずにいた。

食卓には気まずい沈黙が流れたが、当の娘は親の心配も知らずにもりもりと好物の唐揚げを口に運んでいた。

孫がいればまた違うのだろうが、完全な独り身に戻り、娘はどこかのびのびとしているようにも見えた。

 

日曜、家でごろごろしていた娘を見かねて、俺は娘を釣りに誘った。

しかし娘の返事はノーだった。

やれ手が汚れるだの、やれ生き物を殺すのはしのびないだのと言っている。

「そんなことだとダメ人間になるぞ」

と、俺は叱った。

娘はそんな俺を見て「別にいいし」と口をとがらせる。

娘とは、一度きちんと話をしなければならない。

俺は釣りを諦めて、「じゃあ散歩でもどうだ。途中、お茶でもしよう」と誘ってみた。

娘は「それなら行く!」と言い、身支度をはじめた。

 

俺と娘は連れ立って、近所を流れる川の土手を歩いた。

まだ蒸し暑さの残る、九月上旬である。

俺と娘は無言で、ときどき前後を入れ替わりながらゆっくりと歩いた。

すると橋の上に来たとき、娘が「ごめんね」とひとこと言った。

俺は間を置かず「別に謝ることじゃない」と返した。

それきり俺たちは何も言わず、ただ連れ立って、ゆっくりと歩いた。

 

それからどれほどの時が経っただろう。

結局、娘は再婚しなかった。

俺は孫の顔を見ることが叶わずこの世を去ろうとしている。

それでも、思い出されるのはあの日、娘と歩いた九月の土手だ。

もう二度と娘と一緒に歩くことは叶わないが、思い出を胸に、俺は今、ひとり静かに人生を終えようとしている。

 

※この小説はyoutubeショート動画でもお楽しみいただけます。

 以下のリンクをご利用ください。

 

「ごめん、もう、無理」

葵がそうきりだしたのは、残暑の厳しい9月はじめのことだった。

いつ頃からだったろうか、たぶん元をたどれば2,3年前にさかのぼる。

最初はささいなすれ違いだった。

夫が仕事の帰りで遅くなるのに連絡を入れなかっただとか、葵が寝坊をして弁当を作れなかっただとか。

そういった日常の細々したことが重なっていって、気づけば修復不可能なほどに二人の溝は深くなっていた。

 

「無理って、それ、俺のセリフだし」

涙目でうったえる葵に対し、夫は視線をそらしながらそう言い、口をすぼめた。

「じゃあ、離婚ってことで、いい?」

葵の中に、夫に少しでも否定して欲しい気持ちがあったことは否めない。

けれど勢い口から出てしまった離婚という言葉を、葵は取り消そうとは思わなかった。

「うん、じゃあ、離婚しよ」

夫の返答はそんなシンプルなものだった。

そうして、葵は夫と離婚することになった。

 

二人のあいだには子供もおらず、共働きのうえ、住宅ローンがあるわけでもなかったため、離婚話は役所に書類を提出するだけという簡単なもので片が付いた。

離婚届けを出したその日に、葵は実家へと戻った。

両親にはあらかじめ話を通していたため驚かれることはなかったけれど、この年になって学生時代のころに使っていた部屋に自分が戻ることになろうとは、葵も予想していなかった。

ベッドにあおむけになり、10代の頃の自分の趣味で彩られた室内を見渡しながら、時間の経過に感じ入る。

「葵、お父さんお風呂あがったから入っちゃって」

階下から母が呼ぶ。

「はぁい」

まるで学生に戻ったかのようで、葵はどこかくすぐったい。

しばらくは両親に甘えて、離婚で疲れた心を癒してもいいかな。

修学旅行のときに買ったキャラクターつきのボールペンを眺めながら、葵はそんなことを思うのだった。

 

※この小説はyoutubeショート動画でもお楽しみいただけます。

 以下のリンクをご利用ください。

 

 

大学3年生の斗真は、この日もスケッチブックを片手に、絵を描いていた。

今年は9月に入っても暑い日が続いている。

学生寮の一室にあって、冷房代を極力ケチりたい斗真は、嫌々ながら窓を全開にして作業していた。

隣の家との間にある土塀の上を、一匹の猫が歩いて行った。

すると、もう少しで絵が完成する、というところで来客があった。

隣の部屋の和也である。

和也は一声かけると斗真の後ろにまわり、スケッチブックの中身をまじまじと見つめた。

そして「やっぱうまいなー」と言うのだった。

斗真が絵を描いている横で、和也は今日あったことをべらべらとしゃべる。

「斗真はさ、まだ諦めてねぇの?画家」

手土産の酒に口をつけながら、和也がたずねる。

斗真は、美大を目指していたが、3浪した末、諦めて今の大学に通っていた。

「ああ、一生追いかけるつもり。大学を卒業したら美術関係の仕事について研鑽を積みたいと思ってる」

斗真はそう言いながら、赤らんだ顔の和也をスケッチしはじめる。

「うらやましいよな、一途になれるものがあるって」

和也はそう言って口をすぼめて見せる。

「沼にはまってる身からすると結構苦しいこともあるんだけどな」

記憶はあまり鮮明ではないが、当時はそんなことを言っていた気がする。

 

あれから20年が過ぎた。

斗真は独身のまま、現在も時間をみつけては絵を描いて暮らしている。

先日、久しぶりに和也と会って話をした。

なんでも離婚して子供とも別居中なのだそうで、大層さみしいと言うから、学生の頃のようにそんな和也をスケッチしてやった。

すると何を思ったか、和也はそれをSNSのトップページにのせた。

モニタごしに自分の絵を眺めながら、少しは上達しているのかな、と思う斗真であった。

 

※この小説はyoutubeショート動画でもお楽しみいただけます。

 以下のリンクをご利用ください。

 

 

私が生まれたのはとある民家の床下だった。

目の見えないうちから五,六匹の兄妹と一緒に母のお乳を競うように吸っていたのを覚えている。

あるとき、人間の女が床下をのぞきこんで何やら騒ぎ始めたかと思うと、母と私たちは、その女によって家の中へと移された。

それから毎日、女は母に食べ物を持ってくるようになった。

女は母とじゃれあいながら、ときどき私たち子猫ともじゃれあった。

最初は警戒していた私たちだったが、女の匂いにもすぐに慣れて、そのうち女の手からやわらかい餌をもらうようになった。

 

転機が訪れたのは、それから間もなくのことだった。

兄妹のうちの一匹が、女によって抱きかかえられたかと思うと、それきり姿を消してしまったのだ。

私は寂しくなって、不安にもなって、にゃあにゃあ鳴いた。

それでも、女は兄妹たちを一匹、また一匹と消していった。

ついには母まで姿を消した。

私は寂しくなってにゃあにゃあ鳴いた。

しかしそれきり、みんな帰ってこなかった。

しばらくして女はことあるごとに私を見て「ミケ」と言うようになった。

 

時間の間隔など分からないが、それからずっと、私は女と一緒に暮らしている。

いつしか、女が「ミケ」と呼ぶのを待たず、私が先に女の目を見てにゃあと鳴くようになった。

女がぴかぴかする板を見ている間、私はいつも女の膝の上で喉を鳴らすようになった。

しかし最近、夜、女のそばで丸くなるときに、まどろみのなかでふと自分の死を思うようになった。

女が寝ている間に私が死んだらどうしよう、と考えるようになった。

きっと女はひどく驚くに違いない。

死ぬときの姿を見せないというのが私たちのさだめだけれど、もう目も見えなくなってきたし、私の場合はどうやら無理そうだ。

女には悪いけれど、死体の片づけを頼むとして、勝手だけれど今夜あたり、死んでしまおうと思う。

長いような、短いような、一生だった。

この女と一緒で、本当に、よかった。

 

※この小説はyoutubeショート動画でもお楽しみいただけます。

 以下のリンクをご利用ください。

 

 

 

今朝も朝5時に起きた。

妻が亡くなってからというもの、ひどく早起きになった。

 

起きるとまず、枕元で喉を鳴らしている飼い猫のナミさんに朝ごはんをあげる。

缶詰などの湿った高級ごはんは午後にとっておいて、朝はカリカリの乾いたご飯と決めている。

ナミさんがごはんを食べているあいだに軽く体操をしてシャワーを浴びたら、次は私の番。

タイマーで予約しておいた炊き立てのご飯にインスタントの味噌汁をつけて、主菜はカリカリに焼いた焼き鮭で、副菜は旬の漬物だ。

主菜と副菜は、季節に合わせた器に盛っていただく。

食後には血圧をおさえるための薬を飲むことを忘れずに。

洗い物を手早く片づけたら、玄関に行ってポストから朝刊を取ってくる。

 

新聞を開く前に、まずはコーヒーを淹れる。

豆を手動のミルで挽くところからはじめるが、私は一月ごとに豆の種類を変えて味の違いを楽しんでいる。

フィルターに少し冷ました熱湯をゆっくりと注ぎ入れる。

部屋いっぱいに広がるかぐわしい香りに全身が溶けてゆくような心地を覚える。

そうして、カップ一杯のコーヒーを淹れたら、やっと折りたたまれている新聞を手に取って広げる。

その頃になるとナミさんがかまって欲しそうに膝の上に乗ってくるので、私は片手でその頭をなでながら紙面にざっと目を走らせる。

新聞をあらかた読み終えたら、今度は洗濯物をベランダに干す。

 

妻は亡くなる前に、「私は先に逝くけれど、毎日ちゃんと生きていくんですよ」と繰り返し語っていた。

正直、何が起こってもそれを共有することのできる相手がもういないというのは寂しい限りだが、それでも男ひとり、なんとかやっていけているのは妻のその言葉があったからだ。

妻よ、私はちゃんと生きているだろうか。

ときどきそう問いかけながら、今日も私は生きていく。

窓辺では、飼い猫のナミさんが今日もゆくりとくつろいでいる。

 

※この小説はyoutubeショート動画でもお楽しみいただけます。

 以下のリンクをご利用ください。