この度、長編に時間を割きたいという理由から大幅なスケジュール変更をいたしまして、それにともない平日午後に公開していた『みじかい小説』が今後不定期公開となります。
たのしみにしてくださっていた方々には申し訳ありませんが、今後ともどうぞ応援のほどをよろしくねおがいいたします。
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日本では、11月の土日に七五三というイベントがあるのだそうだ。
夫の翔太からそれを聞かされてウェブで調べてみたところ、小さい子が華やかな着物に身を包んでいるかわいらしい写真がたくさんあがってきた。
「ファンタスティック!」
私は思わず小さな叫び声をあげていた。
「何がファンタスティックだって?」
私の声を聞きつけて翔太がやってきた。
「だってこの写真、とってもかわいいんだもの。ねぇ、エマの七五三もしましょうよ。ちょうど三歳だもの」
そう言って、私は居間で寝ている娘のエマに目をやる。
彼女はブランケットにくるまっていい夢でも見ているに違いない。
赤くふくらんだほっぺによだれが垂れて光っている。
「でもなぁ。アシュリー、君一応クリスチャンだよね?」
翔太が尋ねる。
「あら、今年の初もうでの時に翔太、言ってたじゃない。日本の神道は他の宗教に入ってても大丈夫なくらいおおらかなんだって」
私はそう言って口を尖らせる。
「ええ?確かにそうだけど、俺、そんなこと言ったか?」
「言った言った。その割には日本人って神経質な人多いよねっていう話もした」
「それも間違っちゃいないけど、えー、覚えてないや」
翔太は笑うと八重歯が出る。
私は翔太の八重歯が好きだ。
前の夫のように暴力を振るわないのもいい。
「私、日本に染まりたいの」
私は真面目な顔をして言ってみる。
「それはうれしいけど、あんまり前のめりになるなよ、続かないから」
「『前のめり』って何?」
知らない単語が出てきたので、私はすかさずいつもの手帳を取り出してメモする。
「積極的ってこと」
「あら、じゃあ私は前のめりで翔太のことを愛してるわ」
翔太が失笑する。
「そうは言わない」
「なんで言わないの?」
困る翔太をいじめるように、私はなおもしつこく尋ねるのだった。
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「鶴は千年、亀は万年」
彰が大きな声で繰り返す。
「どれ、じいじにも見せてくれ」
俺はそう言って彰の手元をのぞきこむ。
そこには彰の手によって折られた色とりどりの折り紙が並んでいる。
「これはなに?」
「カエル」
「じゃあこっちは?」
「キツネ」
「うまいもんだ。どこで教わったんだ?」
「学校。友達と休憩時間に折ってる」
そう言いながら彰は黙々と手を動かしている。
「ただいまー」
玄関の方から声がした。
「お、誰かな?」
「ママだ!」
彰はぱっと顔をあげると、一目散に玄関の方へと走っていった。
「ケーキ、一番大きいの買っちゃった」
そう言って彰を半分ひきずりながらリビングに入ってくるのは娘の伊織だ。
その後ろには夫の和彦の姿も見える。
「さあじゃあ準備しましょうか」
妻の和子がそう言ってリビングを片付けだす。
そうこうしていると、息子の智樹とその妻の美香が到着した。
皆がそろい、軽くお茶をした後で、待ってましたと一番大きな部屋に集まった。
「じゃあスタートするよー。みんな中央に寄ってー」
和彦がスマホを設置した三脚の向こうから声を張り上げる。
「おっけー、じゃあいきます。せえの」
「ひいおじいちゃん、お誕生日、おめでとー」
それは和彦の手により編集され、予定通り俺のところへメールで送られた。
次の日、俺はタブレットを携え市立病院の一室に向かった。
「おめでとう、親父」
もう90を超えた父に反応は見られないが、その目に映る約2分半に及ぶ動画を、本人はきっと喜んでいることだろうと思った。
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10月、よく晴れた日の午後のこと、いつものように園子はリビングでパソコンに向かっていた。
玄関のドアを半開きにしているので、心地よい風が足元を流れてゆく。
「だめだ進まん」
園子は思わずそう口にした。
「今日はもう休んだら?」
背後から声をかけるのはバイトから帰ってきた夫である。
スーパーに寄ってきたらしく、大きなビニール袋を冷蔵庫の前で広げている。
「おかえり直樹」
園子はパソコンを閉じ夫に向き直る。
「ただいま園子」
家族間でも挨拶はおろそかにしない。
このルールを、園子はことのほか気に入っていた。
園子が小説で新人賞をとったのは2年前のことである。
受賞後、次々と仕事が舞い込んだが、マイペースな園子はそれらをほぼ断り、食べていくのに必要なだけの量しか請け負ってこなかった。
この日の午後は、そんな全部で3本ある連載のうちの1本に取り組んでいた。
「今進めてる連載に障碍者を登場させたんだけど、がたんと人気が落ちちゃったのよね。残酷な現実よね」
椅子の背に肘を乗せて園子がぼんやりとつぶやく。
「読者は現実逃避できる虚構を求めてるんだから、あんまり身近な例を取り上げると現実味を感じちゃって嫌になるんじゃないかな」
直樹はいつだって真面目に答える。
「でも読者の共感って、現実味を感じさせることで得られるんだけどな」
園子は口を尖らせる。
「いかにリアルな虚構を構築するかで勝負しないと。現実そのものを書いてどうするのさ」
「なるほどねぇ。てか、直樹が書けばいいのに」
園子の唇はいよいよ尖る。
「はいはい」
直樹は片手にスプーンをはさんで、二つのプリンをテーブルの上に置いた。
「この印税が入ったら、引っ越して書斎を持つんでしょ。頑張って」
園子はプリンに手を伸ばす。
「ありがと」
心地よい風が、二人をつつみ、リビングの中をさあっと流れていくのだった。
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10月になった。
今月も10日が近づいている。
俺はスマホを取り出し待ち受け画面に目をやる。
そこではいつも、愛娘の葵が満面の笑みをたたえている。
葵が10歳になったとき、俺は妻と離婚した。
主に俺の仕事が忙しすぎたためのすれ違いが原因だ。
妻とは喧嘩別れしたわけだが、葵のことだけが気がかりだった。
葵とは、離婚した後も、毎月10日に会うことになっている。
しかし会うたびにどんどん成長していくので毎回驚かされている。
見た目だけでなく、中身もどんどん変わってゆく。
先月にはまっていたアニメが、次の月には推しの歌手に変わっていたりするのだ。
忙しい合間を縫ってそのアニメを見たとしても、次の月には「パパ、古いよ」などと言われたりしてしまう。
まったく、子供の成長というものは。
葵にとって、俺はどんな存在なのだろう。
私を置いて遠くに行ってしまったお父さんだとしたら、多少なりとも恨まれているに違いない。
そう思って会うたびに好きなものを買ってやったり、おいしいものをおごってやったりするが、葵に笑顔は見られない。
そう、妻と離婚してから、葵は俺に対して笑顔を見せてくれなくなったのだ。
妻の前でもそうなのだろうか。
そんなことを考えていると葵からラインが入った。
「彼氏ができた」とある。
俺はため息をついた。
どんどん大きくなり、どんどん遠くなっていく娘を思う。
離婚前なら「今度会わせてくれ」と返信したところだが、今の立場で同じことは言えない。
「そうか、よかったな」と俺は短く返した。
「ところで、10日は普通に会えそうか?」と俺は続けた。
しばらくして「ごめん、彼氏とデート」と返ってきた。
離婚して以来、はじめてのことである。
「そっか、楽しんでこい。またな」と返し、俺はスマホをポケットにしまった。
こうしてどんどん距離が開いてゆくのだろうか。
俺はもう一度スマホを取り出し、その待ち受け画面に目をやるのだった。
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