本日、カーネリアン8面体、シングルポイントペンダントのお問い合せをいただきました。
ヒーリングバザールのサイトでは、現在掲載していないので、どのページをご覧になったのだろうかと様々に検索すると、なんと「癒しフェア特別セール > カーネリアン8面体、シングルポイントペンダント」のページでした。
この「癒しフェア特別セール」シリーズは、現在非表示の設定のはずなのですが、過去にアップロードしたページが残っていることがわかりました。
そのページの写真がきれいなので、ここにUPします。
このペンダントのお値段は、癒しフェア特別価格 4,700円のままでした(汗)
このペンダントの上代は 8,640円です。
かつて1ケ月限定の特別大割引45%OFFの値段が、まだネット上に残っていたなんて(大汗)
早速このページを削除しなければ・・・と思いつつも、他の仕事に追われているので、そのままです。
実は、このペンダントは、かつて100本ほど作り、まだ数十本残っているのですが、情けないことに、その在庫が、いまだに段ボール箱の中に入っていて見つかりません。
こんな情けない事ばかり書いていると、ヒーリングバザールのお店自体の信用が無くなるのではなかろうかと思われる方もいるかもしれませんが、そこは大丈夫です。
温かい皆様方のハートのサポートで成り立っているお店です。
インドに行く時は、毎回、温情熱い方が、ご希望の石のご注文をくださいますし、ネット上では未掲載の石でも、在庫があるかと問い合わせてくださる方もいらっしゃいます。
本当に、涙が出てきます。
私は、今年の誕生日で65歳になり、いよいよ国民年金をいただけるようになるのですが、国民年金って、一年間で総額60万円未満です。一か月5万円を欠ける金額です。
この国民年金だけでは食べていくことができませんので、私は、80歳まで働こうと思っています。
そんな私にとって、このカーネリアン8面体、シングルポイントペンダントは、「愛と勇気」を与えてくれるのですが、本当は、クリスタル13面体、シングルポイントペンダントを一緒に持った方が順風満帆の人生を進むことができるのですが、その話は、この次にします。
もちろん、クリスタル13面体、シングルポイントペンダントも当店で扱っています。
かつて、200本ほど作り、まだ在庫が数十本ありますが、これも情けないことに段ボール箱の中です。
このペンダントとほぼ同じものを、1万3千円でご購入されたという方に、池袋のミネラルショーでお会いしたことがあります。
13面体クリスタルは、30年ほど前に、ネイティブアメリカンの人たちがヒーリングに使っているということで、マイナーで一大ブームになったものなのですが、今では、知る人ぞ知る程度の状態です。
今日は、非表示のつもりでいたネット上のページを見てお問い合せをいただくという、生まれて初めての経験をしたうれしさで、とりとめもなく書きました。
会社のブログに、自分の年金の話などを書くべきではないと言うクレームが来そうな文章ですが、たまにはお許しください。
最後に、Wikipedia から、「ナポレオンの印章」をコピペします。
ナポレオンの印章は、八角形のカーネリアンなのですが、当店がナポレオンの印章と同じ八角形のカーネリアンのペンダントを作った時は、まだ、Wikipedia には「ナポレオンの印章」の項目はありませんでした。
Wikipedia には、いつもとてもお世話になっているので、毎年きっちりとドネーションをしています (エヘン!)
それ故、遠慮なくコピペさせていただきます。
その前に、応援クリックをしていただけましたならば幸いです。
いつも応援ありがとうございます。
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【 ナポレオンの印章 】
ナポレオンの印章(ナポレオンのいんしょう)とは、フランスの軍人、政治家であったナポレオン・ボナパルトが愛用していた印章のうち、養女で弟の妻オルタンス・ド・ボアルネ、その三男ルイ・ナポレオン(ナポレオン3世)、その嫡男ナポレオン・ウジェーヌ・ルイ・ボナパルト(ナポレオン4世)の4代に渡って護符として引き継がれたもの。
紅玉髄(カーネリアン)製の八角形をした印章で、印銘には「しもべアブラハムは慈悲深き神に身をゆだねる」とアラビア文字が刻まれていたとされる。
ズールー戦争の際、ズールー族によってナポレオン4世の亡骸から略奪され、現在は行方不明。
逸話
紅玉髄は、中近東で指導者にふさわしい石として知られていた。カスティリヤ王アルフォンソ10世が宝石の効能に関するアラビア語の文献をまとめた『宝石誌』には、紅玉髄を身に付けると雄弁になり、勇敢で恐れを知らなくなるとある。特に紅玉髄にアラビア語で聖なる言葉を刻むと、邪悪な企みや嫉妬から身を守るとされた。安価で加工が容易なため、印章として一般に広く使われ、特に「信義を守る」石とされて公証人が好んで身に付けた。
読書家であったナポレオンはこのような書物にインスピレーションを得て、自らの印章を紅玉髄で作らせたと考えられている。ナポレオンは離婚に際してジョゼフィーヌに高価な宝石類のコレクションの一部を贈るなど高価な宝石の収集家であり、当時、街の公証人達でさえ当たり前に身に着けていた安価でありふれた紅玉髄の印章に興味を示した理由はこれら古書の記述に従ったためであった。ナポレオンの甥で伯父に心酔していたルイ・ナポレオンは、ナポレオンがエジプト遠征に際して両手でこの印章を掲げ、肌身離さず身に付けていたと語っている。
ナポレオンは血の繋がらないジョゼフィーヌの二人の連れ子達を愛し、その一人養女オルタンスを彼の最愛の弟オランダ王ルイ・ボナパルトに嫁がせた。オルタンスはルイ・ボナパルトと離婚してからも流刑地から帰るナポレオンをテュイルリー宮殿で迎え、多くの不義理な血縁者たちと異なり最後まで養父に忠実な愛情深い娘であった。ナポレオンは自らの紅玉髄の印章をオルタンスに与えた。つまり、忠実な養女の三人の息子のうち、唯一母の手元に引き取られたルイ・ナポレオンが彼の印章の正当な相続者となった。
ルイ・ナポレオンは投獄や亡命を経験したのち、敬愛する伯父と同じくフランス皇帝ナポレオン3世となった。伯父よりも臆病で迷信深い所があったナポレオン3世は、伯父から贈られた印章を護符として時計の鎖に付け、片時も手放すことがなかった。ナポレオン3世は妻の2度の流産の後にようやく授かった皇太子ナポレオン・ウジェーヌ・ルイ・ボナパルトを深く愛した。そして、「息子よ、私が時計鎖につけて身に着けていたこの印章を護符としなさい。」と言いつけて我が子に伯父の遺産を託した。
ナポレオン・ウジェーヌ・ルイ・ボナパルトは父の言いつけを守り、印章に紐を通してネックレスにした。悲運の皇太子を亡命先のヴィクトリア女王は大切に扱い、彼をルルと愛称で呼んで可愛がり、女王の最愛の夫との最後の子にして最も寵愛深い末娘ベアトリス姫と婚約の話も持ち上がった。しかし、1878年にズールー戦争が起きると女王への恩義を返したいとイギリス軍に志願、1879年に6月9日ズールー族の襲撃を受けて戦死した。父から託されたナポレオンの印章はズールー族によって戦利品として持ち去られ、奪還されることはなかった。
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ヒーリングバザールでは、かつて、セット販売を企画したのですが、










