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竹馬の友


竹馬は昔の子どもの代表的な遊び道具である。竹馬の友は、共に竹馬に乗って遊んだような、幼いときからの友達を表す。幼なじみ。「あの校長とは竹馬の友で、小さい頃からよく知っている」のように使う。もとは「世説新語・品藻」にある言葉で、原文は、「殷候(殷浩)が免官されて庶人とされた時、桓公は人人に語った。少き時、殷浩と共に竹馬に騎るに、我棄て去れば、すでにすなわち之を取る。故よりまさに我が下に出づべし」(いっしょに竹馬に乗って遊んだが、私が乗り捨てると、殷浩はそれを拾い上げて乗っていた。だから私に頭が上がらないのは当然だ)


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他山の石


『詩経』の一節、「他山の石以て玉を攻むべし」から出たことば。よその山の粗悪な石でも、自分の石を磨く砥石として使えば役に立つ、ということから、他人の失敗やつまらない言行でも、自分を省みて反省したり、自分の知徳を磨き、向上させる助けとすることができる、ということ。手本とする、という意味では使わない。むしろ、逆手本だ。似たような意味のことわざに「人の振り見て我が振りなおせ」があるが、この場合はいい点も悪い点も自分の反省の参考にしろ、ということである。「ライバル社の失敗を他山の石とし、次のプロジェクトを成功させよう」のように使う。


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惻隠の情


「惻」も「隠」もともに「あわれむ」の意がある。したがって、「惻隠の情」は「かわいそうだと思って憐れむ気持ち」ということになる。孟子も「惻隠の心がなければ人ではない、惻隠の心は仁のはじまりだ」と言っている。井戸に落ちそうな子供がいれば、誰でも助けようと思う。そういう気持ちを人間は誰しも持っていて、それが仁へ進む入口だと言うのである。


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