今、修士論文を執筆中です。

そのなかで、「『つくる会』に対する批判には~~という観点がなかった!」ということを実証しようとしています。

…でもこれって、ものすごく難しいことですよね。


「ある」ことを証明するのは、そんなに難しいことではありません。

ひとつでも資料が見つかれば、それがどの程度一般的なのかは措いておくとして、少なくともそこにだけは「ある」ということが証明できるからです。

でも「ない」ことを証明するには、関係する資料にすべてあたった上で「ない」といわなければ説得力がありません。

今しらみつぶしに関連文献にあたって、どのような観点から述べられているのかということを表にまとめようと思っているのですが、なかなか骨の折れる作業です。

どこまでやれば「妥当性」が生まれるのか、途方もない感じですが、やるっきゃない。


提出まであと2ヶ月切りました。

がんばります。

中学校の授業では、鎌倉幕府が打倒され、南北朝時代へと突入しました。

この記事をもって、鎌倉スキンは終了します。

アリガトウゴザイマシタ。


ところで先日、本当に秋の鎌倉に行ってきちゃいました。

しかも車で。

紅葉も若干ではありますが始まっていて、ちょっと雰囲気を感じることができました。


私にとって、鎌倉はけっこう思い出深い土地です。

大学時代、かれこれ3回は合宿に行っています。

私が所属していたサークルが歴史のサークルだということもあって、やはり歴史的な素材があちこちにころがっている鎌倉は非常におもしろいところなんです。


そんななかでも、毎回必ず行っているところがあります。

ひとつは切り通し。

鎌倉という街は、三方を山に、一方を海に囲まれた天然の要塞でもあるわけですが、鎌倉に入るための七つの道のこと、これを「切り通し」というんですね。

読んで字のごとく、山のがけを切り開いて造られたような道でして、また真ん中に馬止め用の大石が置いてあったりもし、少ない人数でも街を守れるようになっています。


なかでも「名越の切り通し」は思い出深いですね。

合宿で行った3回とも行ったような気がします。

2年生のときは、オリエンテーションの題材探しのため。えらく道に迷ったなぁ。

4年生のときは、確か日蓮宗のお寺を巡るテーマで、名越の方にそんなお寺が多かったのでそのついでに。

院の2年生のときは、テーマがそのもの「切り通し」で、7つの切り通しを自転車ですべて巡りました。

(化粧坂を自転車担いで登ったのは今でも忘れられません)

「名越の切り通し」は、いろんな切り通しのなかでも、一番雰囲気が残ってると思うんです。

なんだか、鎌倉時代のようすを思い浮かべてしまいました。



inamura もうひとつ思い出深いのが稲村ヶ崎です。

新田義貞の鎌倉攻めの際、海の神様に祈って剣を海に投じると海が引き、そこを通って攻め入ったという伝説の残る地です。

(昨日授業でそんな話をしたらけっこう盛り上がってくれました)

ここもなんだかんだ数多く訪れてますし、海と山の対比がきれいなんですよね。

空にはトンビが舞い、遠くには江ノ島が見える、そんな景色のいいところです。

今回も思い出を懐かしみ、寄ってみました。


turuoka また、案外有名どころをまわってないということもあったので、中2の遠足以来、鶴岡八幡宮にも行ってみました。

この付近に鎌倉幕府の政庁があったと思うと、これまたちょっと感慨深いです。




せっかく車で行ったので、あちこちの思い出深い場所をまわり直してみたり、とっても楽しかったです。

車でまわってみると、あらためて鎌倉は「山」に囲まれた土地なんだなぁと実感しました。

坂がものすごく多いですし、道も狭い。

そんななかに江ノ電が通り、お寺がひっそりとたたずみ、山と海のコントラストが見られる。

本当にいいところだなぁと思います。

ぜひまた来たいと思います。




逗子の高校の非常勤講師の募集がかかってたけど、出願してみるか…!?

先日、大学のサークルのOP会がありました。

(ウチのサークルでは、OBもOGもいるのでOP=Old Personと呼んでいます)


その日はある先輩の結婚式と日程が重なってしまってOPの方の出席率はあまりよくなかったのですが、それでも13人の方が会場へ足を運んでくれました。

一番上の先輩は95年度入学。

今年の1年生は05年度入学。

ちょうど10離れた人たちが、同じ場所に集い、同じ話題を共有できるというのはすばらしいことだなぁと、改めて思いました。


ただ親しい仲間たちと話すだけではなく、OPの先輩方も積極的に若手に話しかけてくださいましたし、若手もがんばってコミュニケーションとってくれていました。

むしろ私が会計やら司会やらでテンパってていろんな人とお話しできなかったのが残念ですし、反省点でもあります。

大学生活4年間という短い時間ではありますが、その時間を共有した仲間や先輩、後輩との「同窓会」、これほど楽しいものはありません。

それに加えて、重層的に広がる知り合いの「輪」がここで拡大していったり、昔の話から刺激を受けたり、現在の新しい活動にうなづいてみたり、いろんなことができる可能性がある場なんじゃないかなぁと思ってみたりもしました。


あんまり気張らず、かといって形式的な「儀礼」にならないよう、これからもこの会を続けていけたらいいなぁと思いました。

昨日、私の大学時代の友人夫妻に、子どもが生まれました。

母子ともに健康、とのことでした。


私の友人のなかでは、初の「子ども」です。

元気に育ってくれることを願ってやみません。

でも、なんか変な感じもしますね。


この場をお借りして改めて、おめでとう!!

家庭教師先の子の家で、すごいものを見つけました。



↓コレ

compass



私が子どもの頃のコンパスは、コンパス専用の芯を使うものでした。

高級品としては、鉛筆をはさめるやつもありました。

でもあれって、すぐ芯が折れちゃって、大事なテストのときに使えなくなっちゃったりして使いづらいですよね。


しかーし!!

この写真のコンパスは、なんとシャーペンと一体化しているのです!!

これなら芯切れの心配もなく、しかも常にシャープな細い線を引くことができます。

これはすごい。まじですごい。

盲点を突かれた感じで、久々に感動してしまいました。


お子さんをお持ちのみなさま、学校の先生方、一家に一台、ぜひ!

今、中学校では授業で鎌倉時代を扱っています。

ということで、期間限定「鎌倉スキン」でございます。


授業では、鶴岡八幡宮より、銭洗弁天より、大仏より江ノ電より、

何より「切り通し」を見るのがおもしろいんだ!!

と力説してしまいました。


秋の鎌倉も、行きたいなぁ。

今日の授業で子どもに言われたこと。



「先生、一遍に似てるよね」(爆笑)










似てないよね。

似てないよね。

似てないよね。


ippen

私、実は子どもの頃からボーイスカウト活動に参加しています。

ちなみに、わかる人はわかると思いますが、初代のビーバースカウトです。

ビーバーの課程ができてからの一回生なんですね。

もちろん当時そんな意識はありませんでしたが。


さて、ボーイスカウト活動のなかでのひとつのメインに野外活動があります。

なかでも夏のキャンプは最大のイベントです。

大人とは別のテントで、子どもだけで共同生活を送るというのは、今考えてもとてもすばらしい経験でした。

自由に活動をしながら、やるべきことをやっていなければ本気で怒られ、怒られないように工夫しながら楽しんで、キャンプをしていたように思います。

現在は指導者の立場にありますが、そういった経験を今いる子どもたちにもさせてあげられたら、そのお手伝いができれば、と思っています。



キャンプをするなかで、至言だなぁと思うことがあります。

キャンプ中に、リーダーに口を酸っぱくして言われたこと、それが表題にもあるとおり、


「撤営するまでが設営だ」


ということです。



野営地に到着して、テントを張ってかまど(もちろん立ちカマ!)を作って食卓を作って、最低限の生活をできるスペースを作っていきます。

夏のキャンプはたいてい3~4泊なので、そこで長期間生活するわけです。

そのなかで、その初日に設営するものだけではなく、2日目でも3日目でも改善できるところがあれば改善しつづけろ!と言われてきました。

最終日に「撤収!」の合図があるまで、自分の生活環境を改善しつづけるんだ、そういうことを言われたわけですね。

当時は、そんな非効率的な…と思いながらも、3日目に食器棚を作ってみたり、イスを改修したりした記憶があります。

(そうそう、基本的にかまども食卓もなにもかも、竹と荒縄で組んで作ります)



これって、今考えてみると、とても大事なことですよね。

いったん完成したからといってそこで満足するのではなく、最後まで改善の努力をしつづけること。

自分はけっこうなまけものなので、このことを無意識のうちに規範として身につけられたのは大きかったなと思います。



このことを思い出したのは、大学3年の学祭のとき。

私が所属しているサークルでは、毎年学術的な展示発表を行っていまして、その準備に追われているときでした。

そのときの2年生が中心になって進めていたのですが、学祭の前日の夜、いったんできた展示物に明らかなミスが見つかりました。

そのことを指摘すると、ある2年生が、もう時間がないから直さなくていい、と言いました。

私はそのとき、大人気なくも腹を立て、ずいぶんひどいことを言ったような記憶があります。

そのときに思い浮かべたのが、「撤営するまでが設営」という無意識化された記憶でした。


自分が2年生で中心になって進めていたときはぜんぜんそんなこと思わなかったのに、現金なものですね。

でもこのことを思い出して以降、例え展示の最終日だろうが、改善できる点があれば改善しつづけるということを意識できるようになりました。

このことは、ほんとうに人生に通ずることだなぁと、真剣に思います。


今年もサークルでは、学祭の展示の準備に追われています。

大学も7年目になると、あまり口出ししてもどうかなぁとも思うのですが、所属している以上よりよいものを作っていく責任があると思っています。

今は忙しくてなかなか手伝うことはできませんが、自分ができる範囲で最大限のことをしたいと思っています。



「撤営するまでが設営」、この言葉を胸に、大学での残り数ヶ月、最後まで頑張っていきたいと思います。

さっきアイちゃんが寝てたのでクリックして起こしたら、

起きて、眠そうにあくびをして、ひとこと、


「じゅぎょうだ!」


…学生だったのね、アイちゃん…。

ごくろうさまです(笑)

今日、所用があって、JR根岸線に乗っていました。

横浜から桜木町に行く途中、電車が走っていない線路とホームを見つけました。


そう、みなとみらい線ができてから廃止になった、東急東横線の高島平と桜木町の駅です。


おそらく撤去する方がお金がかかるからそのままにしてあるのでしょうね。

でも、数年前まで乗っていた路線が、レールはさび、線路のなかに雑草が生い茂っているのを見ると、なんだか寂しいような、切ないような、不思議な感覚におそわれます。


昔東横線に乗って、ランドマークタワー行ったり、コスモワールド行ったり、中華街行ったりしたのを思い出すなぁ…。

新しいものができるのはワクワクしますが、一方で当たり前にあったものがなくなると、もの悲しいですね。


ぜひ、地下鉄13号線に早く完成していただいて、西武秩父発元町・中華街行き、というのを実現してほしいです(笑)

あるいは、ライオンズvsベイスターズの日本シリーズ、応援列車と称して、西武球場前発日本大通り行き(ハマスタ最寄り駅)とかね。

地下鉄13号線ってなんだ?って方は、http://www.tokyometro.jp/anzen/atarashii/atarashii.html

をご参照下さい。