卒業式が間もなくに迫っています。

7年間も大学にいたので、いろんなところでお世話になったこともあって、ここのところ飲み会が続いています。

そしてこれからも。

ほぼ毎日に近いかもしれません…。


肝機能障害を患っている私の肝臓はもつのでしょうか…?



昨日、サークルの追い出しコンパがありました。

7年間も在籍したので、やっぱり感慨深いものがあります。

サークル活動を通じて、やっぱり人間にとって「歴史」って意味があるんだな、とつくづく思いました。

それは教科書に出てくる「歴史」ではなくて、個人の「自分史」にとって意味のある「歴史」であり、サークルにとって意味のある「歴史」であり、そういう意味でです。


詳しくはまた今度お話しする機会があればと。


この場をお借りして、サークルを通じてお知り合いになったすべてのみなさんへ。

本当にたくさんのことを学ばせていただきました。

毎年毎年メンバーが変わるごとに、不易と流行がありながら、いろいろなことがありました。

1年ごと、たくさんの思い出があります。

本当にありがとうございました。

3月は別れの季節。

今年は自分自身が卒業するということもあり、「じゃあ最後に飲みに行こう!」という機会が急激に増えつつあります。

休肝日がなくなりつつあるという…。


しかし何を隠そう、私先日受けた健康診断で発覚した病気が。

「軽度の肝機能障害ですね~お酒は極力控えてください」

病院で医師に言われたヒトコト。

あくまで健康診断だったため、治療に向けてどうこうという話にはならず。


疲れていると肝機能が低下するといいますが、数年前に慢性蕁麻疹で病院にかかったときも肝機能が低下しているということだったので、もしかしたら慢性的なものなのかなぁとも思います。


しかし、学生最後だからいろんな人と飲んでおきたい。

「オラの肝臓、あとちょっとだけもってくれ…。」

先日、現任校の合唱祭に出席してきました。

久しぶりに生の合唱を聞いたような気がします。


いやー、合唱っていいもんですね。

私、合唱聞いていると、背中が「ゾクッ」ってするんです。

いい合唱ならいい合唱であるほど。

感動すると背中が「ゾクッ」とするのかもしれません。


ただ、現任校の合唱祭に疑問もいくつかあります。

最大の疑問は、順位をつけないこと。

1学年4クラスしかないから仕方ないのかもしれませんが、やっぱり1位をめざしてがんばるということも大事なような気がします。

目標があるからがんばれる、目標に向かってがんばるということもまた、教育としてひとつの意味があると思うんです。

現任校の子たちは基本的にまじめなので一生懸命取り組んではいるんですけどね。

なんというか、一生懸命練習して、結果はどうあれ、やりきった達成感のような、そういう雰囲気が全然ないんですよね。

どちらかというと、あー終わった、というように見えてしまう。

また、順位をつけるということは、お互いを思いやることにつながるのではないかとも思います。

1位だったクラスの子は4位だったクラスの子に対してどのように話をするのか。逆もまた然り。

お互いがどれだけ努力しているのかということがわかる分、相手の立場に立った思いやりができるような気もするのです。

聞いていたときも、指揮者が気持ちをこめてオーバーな指揮をすると、子どもたちは演奏中にもかかわらず大爆笑していました。

この辺も、もし順位をつけていたならば、決してできないんじゃなかろうか、と思います。


学校行事って、すごく大事だと思うんです。

目標があって、その目標に向けてクラスが一丸となって、努力する。

このことって、社会科でも総合的な学習の時間でも獲得できない、特別活動だからできる大事な大事な経験であるように思います。

40人からがどうまとまっていくのか、あるいはまとまっていけなかったのかということを経験することは、子どもたちにとって大きな財産となると思うのです。



ちなみに私が中高時代に合唱祭で歌った歌は以下のとおり。(課題曲/自由曲)


中1 夢は大空を駆ける/マイバラード

中2 ?(忘れた)/乾杯

中3 大地讃頌/海・風・光

高1 校歌(なんと5部合唱!)/聞こえる

高2 ?(忘れた)/Hallelujah

高3 青い目の人形/銀の魚、川の祭


懐かしいなぁ。

結構優勝もしたし。

いい原体験です。



いま、学校では授業時数の確保の観点から、学校行事を削減する方向性が強いです。

学校行事だけは、ぜったいに削ってはいけないと思っています。

みなさま、ご無沙汰しております。

怒涛の2月を経て、ようやく忙しさが一段落へ向かいつつあります。

また、こちらのブログのほうも更新していきたいと思っています。


いろいろ書きたいこともあるのですが、まずは今日のことを。



中学校の、評価業務、終了!!



実はこれ、かなりしんどかったです。

わずか1週間で、期末考査の採点、ノートの採点、レポートの採点、提出物のチェック×160…。

鬼ですよ、まじで。

小学校の先生方とはまた違った評価の「大変さ」が中高にはあるのだと、身をもって思い知らされました。


この大変さを味わうと、世の中楽な方に流れていく理由がよくわかります。

評価は試験だけ。試験の内容は記号や穴埋めだけ。

こうすればどんなに楽なことか。


でも、社会科の学力って、そういう断片的な知識だけではかれるものだけではありません。

同じ知識でも、一問一答的な知識と、あることがらを文章で説明するとでは、要求される能力がまったく違います。

本当にそのことの意味を考え理解しているかどうかをはかるには後者のような問題を出題しなければなりませんが、文章で書かせればその解答は子どもによって大きく異なり、より採点が大変になります。

そのほかにも、史料を読み取る能力、歴史的事実を現在とひきつけて考える能力、歴史の授業にどう向きあっているのか、などなど…。


子どもが歴史の授業を通じて学んでいることは、いわゆる「受験」で要求されている能力よりももっともっと幅と個性があるものなのだと思っています。

そういったものを「評価」するためには、試験の問題にも多様性を、そして試験以外の評価対象も必要になってきます。

私はそれをノートやレポートの内容から判断しています。

それぞれいわゆる「四観点評価」の枠組みにはめ、それぞれの判断基準を明確にした上で、子どものかいた「作品」を「評価」するわけです。


この辺についてのこまかなことはまた機会があればお話ししたいと思いますが、ともかく、子どもの能力を「評価」しようとすればしようとするほど、教師の仕事はいくらでも増えていくわけですね。

正直、今の立場だからこそこれだけ時間もかけられますが、来年度以降、同じようにできる自信はありません。

まぁ、やらねばとは思っていますが。


教師の給料は、こういうところでがんばってもほとんど反映されませんから、労働の対価という意味では、易きに流れるのも仕方のないことかな、と思います。

ですが、せっかく大学、大学院と7年間も社会科教育について学び、その課程を終えようとしている今、夢と理想をもち続けられる限り、自分なりに「よりよい」教育のかたちを模索していきたいと、改めて考えています。

いろいろありまして、なんと、とんとん拍子に就職が決まってしまいました。

4月から、千葉県のとある私立高校で世界史を教えることになります。

実家からは2時間近くかかってしまうので、いまさらながら一人暮らしも視野に入ってきています。


とはいえ、まずは論文仕上げなきゃいけません。

詳しくはまた後日。

ひとまず、ご報告まで。

ようやくゴールが見えてきました。

2月20日に論文を再々提出し、どうやらそこがほんとうの最後になりそうです。

それまで、あと1週間ちょっと、がんばらねばと思います。


この1週間、自分としてはかなりの激動の時期を迎えています。

自分が萎えないように、強い気持ちを持って、いろいろなことに取り組まなくてはと思っています。

自分の周りの人を幸せにしてあげられるよう、仕事も、学問も、真摯に、愛をもって。

更新がずいぶんご無沙汰になってしまいました。

申し訳ありません。

自分になかなか余裕がないもので…。


二月も半ばになればもう少しちょこちょこ書けるかなぁと思っとります。

それまでは…ftgyふじこ…って感じです。


復活したら、また見てやってください。

よろしくお願いします。

今日の授業は、中世の農商工業をいっぺんに整理するというかなりの難題でした。

ただ教科書読むだけじゃ面白くないので、教科書に出てくることがらを絵画史料のなかに見つけていきました。



そのなかで、有名な『一遍上人絵伝』の備前福岡の市の場面を取り上げた一幕。

有名な千葉の加藤公明先生の実践でも多くが検討されています。

今使っている資料集にカラーで大きく載っているので、これを使いました。

絵画史料はやはりカラーでひとりひとりの手元にあると、いろいろしっかり読み取ってくれます。

これが白黒だったり、クラスに1枚だったりすると、なかなかうまくいきません。

布や魚、米の売買のようす、舟運や馬借とおぼしき人々、布一つとっても麻や絹、綿の普及、そして商品作物の栽培の話にも広がりますし、銭さしも描かれていて、読み込めばかなりいろいろな歴史像を描くことができます。





あるクラスで、履き物を売っている商人に注目した子がいました。

そのなかに、不自然に下駄の歯が長いものが描かれています。


geta (ちょっと見えづらいですね…すみません)



これ、なんに使うかご存知ですか?




実は、人糞尿を肥料として使うという、室町時代の農業の話と関連があります。

人糞尿を肥料にするためには、それをためておかなくてはなりません。

ということで、はじめてトイレができます。

それまでは固定的なトイレというものはなく、まあその辺で用を足していたわけです。



そこで登場するのが、この高下駄です。

そのまんましたら、跳ねちゃいますからね。

だからこんなに歩きづらそうな下駄が売っているわけです。

(加藤公明『考える日本史授業2』1995 地歴社 を参考にさせていただきました。)




こういう話をさせたら、自慢じゃありませんが私は天下一品です。

きっと顔を輝かせながら話をしていたことでしょう。

ちょっと引いた女の子の顔が忘れられません(爆)


…事実だからね。事実だから、仕方なく説明したんだからね。


と言い訳してみる。





とどめに、舟運や馬借の話をして、


「海運や陸運が当時かなり発達していたわけですね。

今日の話は『ウン』ばかりでしたね


多くの子どもが爆笑しているなか、確実に引いている数人の女の子たち…。





ごめんなさい。

もうそうそうこんな話はしませんから。


今日、修士論文の指導を頂きまして、どうやら最終的な締め切りは2月8日になりそうです。

なんだかんだ、それまではすし詰めになりそうです…。


ふぅ…まだまだ先は長い…。



もうちょっとまじめな話は、書くのに体力使うんで、あと1ヶ月ばかしお待ちくださいませm(_ _)m

といってもバルサのエトーじゃないですよ。

江藤智選手のお話です。


そう、ちょっと前の話ではありますが、ジャイアンツの江藤が我がライオンズに移籍することにあいなりました。

FAの豊田の人的保障ですね。

まさかこんなビッグネームを補強するとは思ってなかったんで、ちょっとびっくりしました。


江藤は、ここ数年こそ出場機会も結果も出ていませんが、環境が変わればまたいい成績を残してくれそうな予感がします。

今のライオンズの補強ポイントとはちょっとずれてる感もありますが…(豊田、森が抜けたので、やはり救援陣の整備が急務と思われ)。

おかわりくんこと中村剛也選手と新外国人のリーファー選手と、うまく競い合いながらチームがいい方向に向かってくれればと思います。


昨シーズン、実力はもちろん、人気やファンサービスの面でロッテが一気にブレークした感があります。

ライオンズも、所沢や西武沿線を中心にトークショーやイベント参加などして、今オフはいろいろやってるみたいなんですが、なんというかやっぱりスケールが小さいというか…。

こういう地域密着の取り組みが大事なのはもちろんですが、そういうことをベースにしながら、同時に全国区へのアピールもして欲しいです。

一気に欲張りすぎでしょうか。


そういった意味では、知名度のある江藤選手を引っ張ってきたのはファインプレーかな、と思います。

今のライオンズで全国区の知名度があるのって、松坂と和田、西口ぐらいでしょうかね。

中島、赤田、中村、栗山、う~ん、若手の活きのいいのはいるんですけどね。

こうした選手がロッテの西岡や今江みたいにブレークして欲しい。

そのためにも、現状で知名度と話題性のある江藤選手の存在は大きいような気がします。

お互い高めあっていい結果が出るといいなぁ。


一昔前の、強いライオンズ、人気のあるライオンズが復活、いや、それ以上の存在になってくれるよう、一ファンとして願っております。