本日の山口県西部、午前中は比較的日差しの多い天候でした。しかし、午後から空は雲に覆われ始めており、明らかに天候は下り坂である事は否めません。
本日の「金沢守クリニック」の外来総受診者数は47名でした。
さて、明日山口県下関市で開催される下関海響マラソン2013に私は出場します。これから前日受付を済ませるために下関市民会館に向かいます。
下関海響マラソン2013公式HP
この大会は、2008年に第1回大会が開催され、その後回を追う毎に出場者の評価も高まり、そのロケーションのよさも手伝って、今年は2時間でネットでのエントリー受付が完了しております。
意外に歴史は浅く、今年が第6回大会です。第1回大会などは、さほど大きな話題にも上らなかったような
気がします。私がランに興味がなかったせいかもしれません。
下のコース図を見ても分かるように、ここまで前半と後半の差が極端なコースも珍しいと思います。前半は天国ですが、後半は地獄が待っている、それが下関海響マラソンです。
![高低図](https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fkaikyomarathon.jp%2Fimg%2Fkouteizu_S.gif)
前半は関門橋などもありますし、沿道の声援も多い場所を走るので、自ずとオーバーペースになりがちです。「マラソンに逃げ馬なし」という言葉を忘れず走りたいところです。
ゲストランナーやペースランナーとして出場するエリート選手ですら、下関海響は30キロを過ぎてから本当のレースが始まるというぐらいです。坂で歩いてしまわないメンタルがあるかどうかが勝負の鍵です。
タイトルに冠しているように、下関海響マラソンは私にとって原点です。この大会がなかったら、フルマラソンに出場する事もなかったかもしれません。
フルマラソンを完走した事がきっかけとなり、トライアスロンやウルトラマラソンへの挑戦に繋がっています。
6時間あれば、長距離走の経験がない自分でも何とかなるかもしれないと思い、走る事に取り組み始めたのが、2009年8月の事でした。
誰に教えを乞う事もなく、ランニングクラブにも所属せず、一人で黙々と走り始めました。故障も色々経験しました。練習方法も全部自己流でした。
当時を振り返って驚異的だと思うのは、月間走行距離などを記録していなかった事、そしてGPS機能付きの
時計など持っていなかったので、キロ何分などを確認する事をレースまで一度もしなかった事です。
大会前にコースの概略図や高低差はみたはずなのですが、真剣にコースを攻略するための戦略を考え始めたのは2回目以降の事でした。
初マラソン前日に当時勤務していた病院の内科の先生の結婚式と披露宴がありました。24時間マラソンという題目で余興をやらせてもらいました。無駄な体力をかなり使ってしまった気がします。
そんな体たらくですので、長州出島から出て間もなく歩き始めています。その後は歩いたり、走ったりを繰り返していますネットでは4時間半を切っていたので、当時は鼻息荒かったですw。
破天荒な初マラソンへの挑戦でした。盲蛇に怖じずと言いますが、これも今の自分には出来ないなと感じます。
以下に初マラソンとなった2009年以降、毎年出場している下関海響マラソンでの私の記録を記します。2回目のフルである2010年大会でサブフォーを達成出来た時、「俺はマラソンに向いてる」と確信しています。
2009年 4時間32分45秒
2010年 3時間48分55秒
2011年 3時間38分00秒
2012年 3時間19分03秒
先週の土日に六甲縦走キャノンボールラン、パワーの部に出場したばかりなので、その疲れがないと言えば嘘になります。10月までトライアスロンに出場したので、マラソン用のトレーニングは出来てないです。
昨年の自分の記録を超える事が出来るかどうか分かりません。
しかし、自分の原点である下関海響マラソンで、今の自分の全力を出さないと、2009年に勢いだけで下関
海響に挑んだあの日の自分に恥ずかしいと思う今日の私です。