かぶり俺でGodhandな「俺」のブログ -40ページ目

秋田弁講座(1)

ついに…秋田弁講座を始めることにした。(爆)
いや、特にきっかけなんてのは無いが、ちょっと思いついて…(笑)
しかも!カテゴリまで作ってしまったからには、いちおうきっちりやってければと思う。
が、今日は記念すべき(?)第1回目。
概論として、そして、これからここに書いていく上での、いや、お読みいただき、実際にマスターしていただく上での注意点、読み方、考え方などを…。
基本的に秋田弁ってのは、「ず~ず~べん」と呼ばれる事が多い言葉である。よって、標準的仮名遣いでは表記不可能(正確なニュアンスを伝えられない)言葉である。したがって、ここでず~ず~べ
んというものの、基礎、発音における注意点をいくつか述べ、その後基本的な活用、そして、実際の秋田弁をマスターしていただけるよう、より分かり易く回折していければと思う。
本日は、まず、基本中の基本。「ず~ず~べん」使用時の注意点と、その正確な発音について。
いわゆる「ず~ず~べん」とされるのは、東北訛り(なまり)だ。なぜか東北6県に限定されて使われる事が多い。
が、実は同じ東北地方でも、「ず~ず~」具合は全く違う。
私が思うには、青森県、秋田県の度合いが強い。そして、山形県が続いている感じ。他岩手県、福島県、宮城県は、そんなに「ず~ず~」している感じは受けない。
そして、なぜに「ず~ず~べん」と言われるかと言えば、おそらく「い」行の言葉を発する時、独特の発音だからだと思う。
ず~ず~べんマスターになるためには、その「い」行の正しい発音を身につけていただくことがとても大切であり、また、必須ともなってくる。
よく「東北の人が物を話すとき、あまり口を開かないのは、寒さのせいで凍ってしまうからだ」なんていう暴論?を言う人が居る。しかし、私が思うにそれは明らかな偏見であり、全く持って承服しが
たい。もしもそうなら、ロシアの極寒地域に住んでいる人や、アラスカに住む人たちの全てが「ず~ず~べん」を話しているはずであり、そうでは無い事を考えると明らかな誤解であると言わざるを得
ない。
さて、発音についてであるが、英語的発音に近いとお考えいただけるとすこし、わかりやすいかも知れない。
下に書く単語をなるべく正しい発音で読んでみていただきたい。
System
Sister

上の場合、スィステム、スィスターとなるが、「ィ」をきっちり読むことはそんなに無い。発音に忠実に書くとすれば「スステム、すすたー」に近い。
その最初の一瞬の「ス」がず~ず~べんにおける「し」となるのである(爆)
とは言ったが全く持って「し」を「す」と置き換える事はできないのが原状だ。「す」にほんのすこしだけ「ぃ」を混ぜた感じ。それが「ず~ず~べん」の「し」となる。
そして…ず~ず~べんにおいて最も特徴的なものとして、濁点がとても多くなりがちだということがある。
なぜか、秋田弁を話す場合、濁点がとても多くなる。そして、その濁点の多さと、上に書いた「ず~ず~」した発音が程よくミックスされたとき!!
それが「ネイティブなず~ず~べん」に聞こえる!!…と思う(爆)
どれだけ秋田県人が濁点を愛してしまってるかと言えば…。
牛→べご
大根→でご、または、でぃぇご
堅い→かで
…こんな感じ。後ろにはなぜかだいたい濁点がついてしまう。もちろん付かない言葉もたくさんあるが、基本的には、ついてしまう事が多い。
そして、秋田弁では、名詞の後に「っこ」がつく事が多い。
水→みずっこ
酒→さげっこ
鳥→とりっこ
…こんな感じ。
そして、これまた特別だとは思うのだが「ん」から始まったり、言葉の間に「ん」として使われたりと、「ん(ん)」の使用頻度が高い。
貴方→あんだ、または、んが
水→水っこ→みんつこ
「まーまー、お座りください」→まず、座れ→まんつ、座れ→まんつかねまれ
では、今日書いてきた事をふまえて日常会話の一つを…。
「いっや~~。よぐきてけだもんだいな~~…」
「なんもなんも、ちょっとよっただげだ!気にすごどねでば!」
「まんつか、なんもねども、ゆっくり(し)てけれ」
「な~んも、かまねんでけれ。」
「さげっこでも飲むが?」
「なんも、いらねでば、もでなすな!」
「んだが?せば、なんもさねばってな?…そ~れに(し)ても、ひさ(し)ぶりだいね~」
「んだな~~…元気(に)(し)てあったが?」
「うんうん。み~んな元気だ…。あんだはどんだの?」
「な~んも、おらだば大丈夫だ。ばがだがら、かんじゅふぃ~だりさねんだよ…あ~っはっはっは」
ちょっと読んでいただけると、訪問した人と、それを迎える人のやりとりだという事がお分かりいただけると思う。
が、標準語に訳しようとすると、実はちょっと迷う。普通に訳すると…
「いっや~~。よぐきてけだもんだいな~~…」→ようこそ、お越しくださいました。
「なんもなんも、ちょっとよっただげだ!気にすごどねでば!」→いやいや、ちょっと寄り道したんですよ。お気遣い無く…。
「まんつか、なんもねども、ゆっくり(し)てけれ」→たいしたおかまいできませんが、ごゆっくりなさってください…。
「な~んも、かまねんでけれ。」→いやいや、おかまいなく。
「さげっこでもどんだ?」→お酒でもいかがですか?
「なんも、いらねでば、もでなすな!」→いえいえいえ!!けっこうです。本当にお気遣い無く!!
「んだが?せば、なんもさねばってな?…そ~れに(し)ても、ひさ(し)ぶりだいね~」→そうですか…では、あれですが…それにしても、お久しぶりですね~
「んだな~~…元気(に)(し)てあったが?」→そうですね…お元気でした?
「うんうん。しんぺさねんでもみ~んな元気だ…。あんだはどんだの?」→ご心配には及びません。みんな元気にやってます。あなたこそ、どう?
「な~んも、おらだば大丈夫だ。ばがだがら、かんじゅふぃ~だりさねんだよ…あ~っはっはっは」→な~に、俺は大丈夫さ。ばかだから風邪など引いたりしないよ…あ~っはっはっは
こんな感じ。
しかし、訳する言葉を変えたりすると、ちょっと微妙な関係にも聞こえてくる。
「いっや~~。よぐきてけだもんだいな~~…」
よく来てくれたね~。ありがと。
「なんもなんも、ちょっとよっただげだ!気にすごどねでば!」
いや、すこし寄り道しただけなんだ…。
「まんつか、なんもねども、ゆっくり(し)てけれ」
今なにも無いのよ…ごめんね?
「な~んも、かまねんでけれ。」
いや、いいんだ…。
「さげっこでも飲むが?」
お酒でも…飲む?
「なんも、いらねでば、もでなすな!」
いや、本当にいいんだ…。ありがと。
「んだが?せば、なんもさねばってな?…そ~れに(し)ても、ひさ(し)ぶりだいね~」
そう?じゃー、なにもしないけど…それにしても、久しぶりね?
「んだな~~…元気(に)(し)てあったが?」
あー。そうだな…元気にしてたのか?
「うんうん。み~んな元気だ…。あんだはどんだの?」
うん。元気にやってるわ?あなたは、どうなの?元気にしてた?
「な~んも、おらだば大丈夫だ。ばがだがら、かんじゅふぃ~だりさねんだよ…あ~っはっはっは」
なーに、俺は大丈夫さ。頭悪いと風邪引かないらしいしな…あはは。
みたいな(笑)
微妙に不倫風(ぉぃ)
「愛」が前面に出るか、「親しみ」が表面に出るかによって、全く別物みたいだから、言葉はおもしろい。
今日は、かなり長くなってしまったが、「基本」という事で…。
では、今日はこれまで…。
「とっぴんぱらりのぷー」

超ネイティブな年配の人しか使わない(使えない?言葉。昔話の終りや、物語の最後につける。オチをつけるときの「ちゃんちゃん」てきなイメージ。

秋田弁

いきなりだが、秋田弁は、いわゆる「ず~ず~べん」だ。と思う。
昨日ちょっと患者さんと話していた時、秋田弁について再発見があったのでちょっと書いてみたり…(笑)
秋田弁の中には、「ん」から始まる言葉がある。
「あなた」と言うとき、母国語(?)では「んが」と言う。ニュアンスとしては「んが」ってな感じで、「ん」は、控えめに言うのだが、それでもいちおう「ん」から始まる。
「ん」から始まる言葉なんて、俺は、それしか知らない(笑)
また、おそらく「ず~ず~べん」の特徴だと思うのだが、なぜか濁点が好きだ。(笑)
「ばかやろう!!」と言う時でも「ばがやろう」だし、なにかと濁点を付ける。
そして…これは人から聞いた話なのだが、…
クイズ番組かなんかで「さて、問題です。人間の体の部分で、『へ』から始まる部分はどこでしょう?」との出題があった時…
真っ先にボタンを押した人が…「へなが!!」と答えたとか…(汗)
もちろん「背中」がなまった物だが、びっくりだ。もちろんそれは不正解。すると次にボタンを押した人が…「へじゃかぶ!!」と…(滝汗)
「ひざ」→「ひざかぶ」→「へじゃかぶ」
なんてこった!!1回目を方言で間違えるなら、まだ分からんでも無い(?)が、2度までも…(涙)
しかし、本当の事らしいので、なんとも言えないし、母国語(?)ではそう言うので、かなり本当だとも思うが、なにもそんな…(汗)
とここで俺は秋田弁を使わないような書き方をしていても、電話をすれば「もすもす?」とちゃんと?言っている(爆)
年代が近かったりするとそうでも無いが、年配の方と話したりする時は、なるべく母国語(?)を使うようにしている。冷たい印象を与えたりするといけないような気がしたりして…(汗)
俺の知る限り「ん」から始まる言葉も「んが」ぐらいのもんだし、「し」と「す」の境界があれだけ不明瞭な方言もあまり知らないが、なんだかんだ言っても俺は秋田弁が大好き。(笑)
さすがに関西でむりやり使ったりまではしないが、それでも今後秋多弁の良さ?をここで書いて行こう!!カナ?(爆)

最近考えている事

ん~~…。
最近
「人と人との繋がり」
とか
「自分」
とか、そんなことを考えたりしている。
まだ結論できていないし、結論などできるのか?って感じなのだが、自分なりに今思う事をすこしだけ…。
人間は、60兆から75兆の細胞で出来ている。
それぞれの細胞がそれぞれ役割を果たしながら俺と言う人間を形作っている。
俺の内面は
「脳細胞」
が中心になって形成してくれていると思う。
外見は、それこそその他いろいろな細胞が担当してくれている感じ。
細胞がある程度纏まって一つの働きをしているものを「組織」と言う。
その
「組織」
が組み合わさって一つの役割をするってのを
「器官」
と呼んだりする。
そして、その
「器官」
が集合し、一連の作業?をするのを
「器官系」
なんて言ったりする。
俺の生活に即して言うと…
俺(技術者)→1個の細胞
俺と、複数の技術者が集合して出店する→組織
支店の全てを一まとめにし、会社として経営する→器官
マッサージの会社を一まとめにして「マッサージ業界」と呼ばれる→器官系
みたいな感じ。
消化器系と言えば、口、食道、胃、小腸、大腸、直腸など、消化に関わる器官の全てを纏めた言い方になる。
消化器と言えば、胃とか、小腸とか、それぞれの臓器を刺す。
組織は、もっと踏み込んでそれぞれの臓器を構成している物。筋組織、上皮組織など、それぞれの臓器個別にある。
して、話を戻すと…。
きっと俺は俺以上にはなれないし、俺以下でもなさそうだ。(ぉぃ)
と言うのは…。
よく
「多数決」
ってのがある。
ま、かんたんに言えば「数の多い方が民主的だから」ってな理由に基づき、多い方を採用するような時に言われる。
しかし、多数だからって、導かれた結論が絶対に正しいとは言えない。
多ければ良いってもんでは無いはずなのだ。
みんながみんな、同じ事を、同じ思考回路で考え、発言し、少数意見を無視するのは、本来「多数決」とか「民主的」とは言えない。
バックグラウンドが似ている人たちが集まれば、一つの結論に到達するのに、さほどの時間を要しない。
境遇も、価値観も、宗教も…。それぞれ全く別の人間が同じ意見を持ち、支持できうるのであれば、それが最も理想的。
だからきっと「多数決」には、説得力があるのだろうと思う。
また、どうしても一つの結論を導き出せないのであれば、個々の意見を集約し、共通点を探し出す。
それもまた理想に向かう事になろうかと思う。
この場合、最も大切だと俺が思うのが「個」なのだ。
「個」が、集まるからこそ意味がある…。
思考回路が同じ人間を集めて「決議しました」なんて言っても「はぁ、そうですか…」となるのはお約束。
自分の意見を持ち、ハッキリ発言しなければ、自分の思う良い方向には進まないのだ。
そうやって意見を戦わせているうちに、自分の間違いに気付いたり、相手に気付かせたり…。
ある時は全面的に自分の意見が否定されるかも知れないし、またある時は、支持、賛同してもらえるかも知れない。
そうやって、それぞれ独立した
「個」
が在るから、集合体としての機能を果たせるのかも…。
 社会も、人体も…。
また脱線なのだが、脳には大量の酸素が必要だ。
その酸素は血液を介して供給されるため、脳の血流量はとても多い。
なので、脳には大小様々、そりゃもうびっくりするぐらいの血管網が敷き詰められている。
が、実はちょっとぐらい詰まっても平気な構造になっている。
迂回路が整備されているのだ。
血管Aが詰まっても、Bから供給。BがダメならC、D、E…重要なだけあって、バックアップも万全(?)なのだ。
が!
大脳動脈輪という、本当に大きな要所がある。ここで事件が起きてしまうとさすがの迂回路も使えない。
が、いちおうはちょっとやそっと脳の小さな血管が詰まっても、自覚も無く、生活していけるような仕組みになっていたりするのだ。
「脳に血液を供給する!!」なんていう一つの目的のため、太い血管が1本あるだけでは無く、たくさんの細い血管が脳の機能を支えてくれているのだ。
人間が生きていく時でも、似た事が言えるような気がしている。
人は生きているうち、たくさんの人たちと出合ったり別れたりする。
また、一生知らないままかも知れないし、伴侶として共に生きるかも知れない。
だから、出会うって事はとても貴重で、カップルとして「愛し合う」って事も素敵な事なのかも知れない…なんて思ったり。
どうこう言っても最初は他人。
両親はもちろん、育った環境とか、考える事とか、好みとか…。詳しく比較すれば全く違う一人の人間同士が、知り合って、恋をし、愛し合う。
これほどまでに、おかしな偶然などそうそうあるもんじゃ無い気がする。
そしてそこにも「個」だ。
「個」同士だからこそ愛し合ったり、ときには喧嘩するのかも知れない。
どちらかが自分の意見を持たず「はいはい」とやっていれば、喧嘩になどならないのだ。
それが良いか悪いかは、お互いが決める事で、俺がどうこう言える事では無いのだが…。
俺が俺らしく無ければ、俺である必要は無いのだ。
「だれでもいい」って人に選んでもらっても、俺は全然嬉しいとは思えない。
「俺」という一人の人間。俺しか知らない事。俺にしかできない事。俺しか考えない事…そんな「俺」は、自分らしく生きる。
そして、相手にも同じ事を望んでいる。
俺の彼女である前に、一人の人間としてって事。
俺の色。彼女の持つ色。そして、両方を合わせて世界にたった一つだけの色。
そんな恋愛がしていきたい…。
って、俺の理想はさておいても、「個」ってとても大切だと思うし、俺もそれを大切にいきたい。
今日は思ったところをざざ~っと書いたので、普段よりも爆発した内容ですんませんm(__)m

時計が止まった…

今日…俺が愛用している腕時計が止まった。
実は、俺の職場は時間で料金を設定している。なので、時計は何度も確認する。
視覚障害者が使う時計には、大きく2種類がある。
1. 音声で時間などを知らせてくれる物。
2. 時計のガラス部分を開けて、直接針に触れる物。
俺は直接針に触れる物を使っている。
慣れるまである程度の練習が必要だ。なんせ乱暴に触ると針がずれてしまう。そうなれば、時間が不正確になり、それは時計として機能しなくなる。
軽く針を押さえるように触れると、針が動かない。
そして、患者さんを治療中、時間を気にし過ぎて嫌な思いをさせなくてもいい。
5分ごとに「14時18分です」なんてチェックされていたのは、患者さんはきっと落ち着けない気がする。
そういう理由から、俺は針に直接触れるタイプのを使っているのだ。
音声ガイドのある時計の電池寿命は、やく1年。俺が使っているような針に直接触れるタイプのは、やく10年だ。
そして今日…。
俺の時計の電池が切れて、止まった…。
それに気付いたのは施術中。
患者さんに理由を説明し、施術を1分ほど中断。ケータイ電話をポケットに入れて時計の代わりにした。
「すみません。時計の電池が切れてしまいまして…時間がすこしアバウトになりました…」
と説明すると…
「お~…電池切れたんか…大変やな…てきとうにやってくれたらええで?」
と優しい言葉をかけていただいた。
そして
「いや~…10年持つ電池の予定だったんですけど、思ったより早く切れちゃって…」
と俺が言い訳がましい事を言うと…
「いや~…気にせんでええがな。そしたら、今日は10年に1度の日やねんから、ええ日やな…あっはっは」
とフォローしていただいた。
俺も柔軟な思考ができるつもりで居たのだが、さすがにそこまでは考えてなかった。
素直に「なるほどな~~…」と思った。
そう、今日は10年に1度の日。
ま、10年にはなってないけど…。
でも、やく10年同じ時計を使い続けてきた事は確かだし、今時同じ時計を10年…と思うと、なんかびっくりするような、不思議な感じだ。
明日早々に電池交感に行くのだが、もう10年…。頑張れ時計!ってな気持ち。
これまでず~っと寝る時も一緒だった時計。俺の仕事を陰から支えてくれている時計に感謝する一日だった。
俺がこの時計を購入した時は、「ゴッドハンド」なんて呼ばれていなかった。
入社して間もない頃で、ひたすら頑張っていた記憶がある。
そして今。
俺は60人中上位にランクされるようになった。
一部の患者さんは、俺を「ゴッドハンド」と呼んでくれるようになった。
仕事も、入社した頃より好きになり、指名してくださる患者さんの量も増えた。
髪型や体型も変化し、同僚も退職したり入社したりとずいぶん変わった。
ほとんど全ての物が変化した中で、時計だけはやく10年一緒に働いてきてくれた。
時計をしている俺自身だって、技術も気持ちもすべてあの頃とは比べられないほどに変わっている。が、それを知ってか知らずか、時計は同じ時間を刻み続けてくれていた。
そこを考えると、変化し続け、向上し続けるって事の難しさ、じっと変わらないでいる難しさ…を感じた。
前に進むだけが良い事では無い。同じように、同じ事を繰り返すってのも、とても大切な事。
改めるべきところは改め、変化すべきところは変化し、キープし続けるところはしっかりキープしていきながら、今よりもっと良い仕事をしていきたい。

列車事故(2)

今日は、前の記事にも書いたが、本当に大惨事になってしまった。
言葉も見つからないし、正直ニュースを読む気にもならないような感じ。
俺が住んでいる所は、兵庫県の近所。
あと一駅行けば「尼崎」に入る。
現場からすこし距離があるとは言っても、本当にすこしだけだ。
そして、俺もたまに乗る路線な。ちょっとやそっとの事で恐怖したりしない俺だが、さすがにしばらくは怖い。
再発防止に真剣に取り組み、今後に生かして欲しいと強く思う。
最後に
怪我された方々の一刻も早い快復と、亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りしたい。