6、天海大僧正はいったい誰?の真相 斎藤福という人物(春日野局への導き)
次に天海が誰であったのかを解き明かすイメージとしてですがいろいろな説はあるようです。
そんな中でも、天海の没年齢が108歳であることと、春日局(かすがのつぼね)が天海と初めて会ったにも
関わらず、「お久しゅうございます」と春日局が天海に挨拶した事です。ここに天海が誰であったのか?に繋がる霊視的なイメージが強くあります。
では春日局はどんな人物だったのでしょうか?
そこに大きなヒントが隠されているイメージですので、春日局の人物像を霊視してみたいと思います。春日局の本名は斎藤福(1579年生まれ)という名前で、父は明智光秀の重臣である斎藤利三です。父の斎藤俊三は1582年の本能寺の変の後の山崎の戦いで、秀吉の家臣に捕まり処刑されています。しかし、斎藤福は女性であったため、秀吉から追われることもなく、母の親戚にあたる公家に育てられます。そして、稲葉正成の後妻となり3人の子供を産みます。斎藤福の夫である稲葉正成という人物は、関ヶ原の戦い(1600年)において主君を説得して、小早川軍を東軍(家康軍)に寝返らせ、徳川家を勝利に導いた功労者だそうです。しかし、1602年主君が死去して小早川氏が断絶すると、浪人となってしまったようです。
これが、福にとって最大のピンチだったイメージです。
お福のそれまでの人生は自分では何も考えなくても、周りに任せてさえいれば安泰というイメージで、自分の生まれた血筋から自分で考えなしでもいつかは天下人に繋がると何の根拠もなくプラスに考えていたようです。これはお福の幼少期に母親とその親族のこだわりがかなり影響を与えているようで、やはりお福の母親やその親族にとって明智光秀、そして斎藤俊三が無念の死を遂げている事に悔しさが消えることはなかったようです。お福の幼少の頃の影響を与えていますエネルギーに、先祖代々の栄光がこの代で絶対に朽ちるものかというようなイメージを先祖エネルギーが伝えてきます。このエネルギーは斎藤利三の妻の親族にあたる方のエネルギーで、末代までの栄光をという強い怨念に近いイメージを持たれていたようです。それほど、その当時武士の家系として先祖代々を守りながら、斎藤家の誇りと末代への安泰を強く考えておられた方々は、斎藤俊三の無念の死が悔しかったものと思います。
お福の母方の親族のイメージは、
「斎藤家は由緒ある御家柄。その祖先は天下をも取ろうであろう大武将。その祖先の名において斎藤家代々の血を絶えることは決してあってはならぬこと。斎藤家に生を受けた女子(おなご)に出来る事は子種を絶やさぬこと。由緒ある御家柄の子種を絶やすことは天下に泥を塗るようなもの。由緒ある代々の家系に女子として生まれた事に誇りを持て。そして先祖代々に恥じる事の ないように、女子として生涯を成就すること」というイメージを伝えてきます。お福はそんな母方の斎藤家代々の怨念に近いイメージをもろに受けて成長をしているようですが、お福自身はとても明るい性格で、好奇心も旺盛で強い意志を持った前向き思考のイメージも方だったようです。お福はそんな性格イメージで我が生涯の未来に「いつかは天下人」という無意識に近い考えをいつも抱いていたようです。しかし、お福が23歳の時に無意識の中の天下人に導くであろうはずの相手方が浪人になってしまったのです。お福はそれまでの「いつかは天下人」という想像の中の楽天的な居城は、非現実的な何も根拠もない想像の世界であった事に気づいてしまうのです。そのためお福は自分自身をそれまで支えていたものがすべて崩壊状態に陥り、究極とも言える窮地に立たされてしまったようです。そして、夫の不甲斐なさを憎むでもなく、子供たちの未来を嘆くでもなく、自分を支える心の中の居城である「いつかは天下人」を支えるために自分を維持するのが
精一杯だったようです。そのため、お福が取った行動は自分の想像の中の居城を妄想の中で支える事です。お福の居城の妄想イメージに入って行きますと、かなり完璧主義で自分の願いは絶対に叶えなければ気が済まないイメージの方です。(この時点でのお福と言う人物から感じられる心理的な一面として完璧主義の頑固とも思える部分に、自分の予想を超えた外的トラブルによる神経症が発症してしまったり、そのままほっておきますと、精神分列病(統合失調症)のような病気に発展する可能性があるくらい、後の大奥でもイメージされるような粘着性のあるしつこい性格の一面もあったようです。)
しかし、そんな人生最大のピンチであってもお福はすぐに現実回避の行動に出て行ったようです。お福の凄い所は迷いのない前向きな行動力です。そして、幼少の頃よりの由緒ある先祖代々に恥じる事のないよう誇りを持って家系に天下人に繋がる揺るぎない意志を持った先祖代々を引き継ぐ女子として生きる。そんな「ゆるぎない意志」でもある心こそがお福の大奥へと繋がる最大の武器だったようです。(何が何でもというイメージです。)
お福はある日
「天下に通じる、天下にその名を轟ぐ子を軟弱な我が意志に強いるためには、強く揺るぎない意志を持った強い男の存在が必要であろう。我が意志の赴くままに、母という感情の心(夫、家族を思う心)はまだ幼き我が子の心に捨てて行く。」という事を決断したようです。そして、お福はまだ小さい自分の子供を抱きしめながら「母として、我が一時の安堵のために我が心をここに置きし日の後悔は、我が生涯の道にあらず。めごい子供を抱きし母としての喜びはお福として我が生涯の最高の幸福なり。されど、この子の生涯の道は見えぬけり。我が生涯がそこに照らす一粒の希望の光として在るならば、この子の未来への光と引き換えに鬼にもなれようぞ。母として終るのではない。斎藤家の誇りを持って女子としての生涯、まっとう出来る所に我が安堵の魂の存在がそこにあり。そんな母親であろうことをお許しくだされ。」
涙ながらにお福は自分の心に強く誓ったようです。そして、乱世の世に生れし天の導きを全身全霊で受け止めた女子として、お福は自分を支えている心の中の居城でもある「いつかは天下人」を実現するためにある行動に出ます。その行動が、その地域で一番偉い方、力のある方と接する事だったようです。
そこに出て来たのが、京都所司代の板倉勝重です。
板倉勝重は福を家光の乳母の選考で任命したとされる人物です。ここでいったいお福と板倉勝重の間で、どういう事が展開されたのでしょうか?
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