7、天海はいったい誰?の真相 天海と春日野局の関係は?
「いつかは天下人」を我が守られし御家柄代々の血筋から。春日局となるお福はまだその時点では23歳でした。
その当時では3人の子を宿し、23歳という年齢は少しおばさんなのかも知れませんが、お福には誰にも負けない武器があったようです。その武器とは、目的のためには嘘を平気で付ける所にあったようです。そしてお福がもっと凄いのは、自分のついた嘘を絶対にブレずに、そして絶対に揺るぎない信念の心を持って本当にしてしまうだけの行動力があった事です。お福は由緒ある旦那の主君が死去した事をきっかけに、旦那が浪人になってしまった時に一番初めに考えた事は、天下人に繋がるであろう子孫が絶えてしまう事です。
いつかは天下人の家系であったはずのお福にとっては最大のピンチです。
そのため、お福は考え抜いた末にある行動に出るのです。それが、一番偉い人、力のある人と繋がる事だったのです。お福はある方の繋がりで京都所司代の板倉勝重と会うことになります。そして、事あるごとに板倉勝重に相談を持ちかけることになります。年の差は親子ほどであった事もあり、お福は板倉氏には娘子のように思われ可愛がられていたようです。お福はその間にも他の名のある武家の方とも会っているようで、女を武器にいろいろと自分の都合のいい方向にその方々を自分の手玉に取っているイメージです。しかし、ある日の事お福は、旦那さま以外の方との交際で妊娠してしまいます。ここまでは過去ブログで書きましたが、実は私の霊視ではこの部分をお福の伝える嘘のイメージをそのままブログに書いたのです。(でも実際はお福は妊娠していなかったようです。)
実はここに真相を伝えるお福の念に近い願かけと言える絶対の部分があったのです。
お福は「いつかは天下人」を我が守られし御家柄代々の血筋から。の目的のために、ある場所に人の目を避けて早朝に願かけをしに行っていたようです。ある日の事、お福が信じ願い続けるその場所に司る竜神様より頭の中にあるお告げがあったそうです。そのお告げが「天より宿りし子が降りたし」でした。お福は自分のお腹に竜神様の告げる宿りし子がいる事を自覚したようです。これが大奥を作り上げた春日野局の神の子を宿りし心となる。お福の想像妊娠ではないのです。お福のお腹には子宮筋腫はあったかもですが、人の子と言う形ではなくお福は自分のお腹の中に、神の子が宿ったと言う確信があったのです。(それほど、妄想とも言えるほど、天下人に繋がる思いが強かったようです。)そして、お福は旦那様の家の名をあげられるようにと思い、名のある武家方の方と接して来ましたが合い間違って妊娠してしまった事を、とても困った表情で板倉氏に相談します。そんなお福に対して、板倉氏はとても親身になって相談に乗ってくれます。そして、出した答えが旦那さまと離縁して江戸に行くという事のようです。
そのため、板倉氏は江戸に手紙を出します。その手紙の先がその当時徳川家康の参謀長管でもあった天海だったのです。天海は最初はお福の事をよくは知りませんでした。しかし、天海がすぐにお福がどんな人物なのか?身辺を調べたようです。そして、出た答えが何と、お福は実は斎藤利三の娘であり、自分の身内であり兄妹だったのです。そうなのです、天海はお福のお兄さんだったのです。天海はお福が天海の血のつながった兄妹である事を知った時に、涙を流し今は亡き自分の昔を懐かしんだようです。そして、過去の記憶として多少自分の武士ではない人生に後悔もあったようです。しかし、天海はある事をすぐに考えたのです。そのイメージが、武、仏、守の3つの力です。
武は武力である徳川家康。
そして仏は仏の精神世界である天海。
その2つの力だけでは、徳川家の権力維持が未来永劫に続く事はなし。そのために考えたのが、子を守る、そして家を守り続けられる女子(おなご)の力だったようです。
天海はその時点で、お福の力を見抜いていたようなイメージです。「このくらいでなければお家は守れぬ」と天海のイメージはそう伝えてきます。天海の中では光秀と交わした約束である、「未来永劫の平和な世」のイメージが、お福の存在でようやく繋がったようです。そのため天海は手紙をすぐに書き板倉氏に使いを出し、お福を徳川家に招き入れる事を伝えます。その手紙に書かれているイメージが
「その女子のお腹に宿し御子は、御大将家康公の御子にあり。丁重に持て成し江戸に迎い入れること重要なり。
されど、御大将家康公の御子であることは内密なり。お福はそのお腹の御子の乳母として上京する事と総意なり」というイメージです。これで、お福は夫と離縁をし江戸に上京することとなります。そして、お福は天海が自分の実の兄である事に気がつきます。
何故、お福は天海が自分の兄である事に気がついたかはですがお福が子供だったころにお福の母親が口癖のように言っていた、「お前の兄は戦いで亡くなったのではない。仏の世界に身を委ねて武士として死んだのじゃ。それもまた人生。主を思う武士として決して恥じる事ではない。」子供心にお福は、山崎の戦いでの兄の死を母親が自分の悲しみを慰めようと、死後の世界の仏の世界に兄は身を置いた事を、母親は言っているものであると勝手に解釈していました。しかし、天界はお福への手紙の冒頭に「我は仏の道に身を委ねし天海なり。その昔山崎の合戦に於いて亡くなりし若者の亡者なり。そんな死者を背負って仏の道にありし仏法相なり・・・」と他の人が見ても解らぬイメージで、悲しみの一文を書いたイメージです。
天海は身分を家族であるお福にも明かさなかった大きな理由が
「我が感情に赴く事は、我が人生の灯へ辿りつく事にはならん事。我が人生。我が生涯は天海の門を叩きし時にすべて捨てたもの。我が幼きし日々を振り返りし感情は、天をも揺るがさんとする邪悪な戦乱の心なり。我が心に偶像となって繰り返し押し寄せる我が武士としての記憶は、我が生涯背負うであろう亡者なり。」天海は御大将光秀との約束である「未来永劫の平和の世」の約束を果たす為に、絶対に揺るぎない仏の道を志し、人間としての心(情)をすべて無にしたようです。(優しく、家族思いだった若かりき日の若者の心、そして記憶のすべてを捨て仏法の道を今は亡き御大将との約束のためだけに歩む天海から伝わって来ますイメージは本当に辛かった部分のようです。)感のいいお福は、そんな天海の心の部分を読み取り兄である事を母親から伝えられたイメージを通じてすぐに察知したようです。
それが、お福と天海が初めて対面したのにもかかわらず、
「お久しゅうございます」というお福の挨拶に繋がっているイメージです。(優しいお兄ちゃんであった若者であった天海もその時ばかりはお福の挨拶にうんうんうなずき感涙したようです。)
にほんブログ村 にほんブログ村 癒し・ヒーリング