ということわざがあります。
子どもの頃に形成された性格はその後生涯にわたって続くという意味だと私は理解しています。
このことわざをだから『一旦形成された性格はずっと変えることができないのだ』として使う場合があるように思います。
私自身もそうですけど、一旦身についてしまったことを変えることは大変であることは皆さんもご承知のとおりですけど、だから人は変わらないのだ…とあきらめてしまってはいけないはずです。
何か悪いことをして、受刑することになった人がもし、三つ子の魂百までとするなら、ではその人は一生そうであるのかといったらそうでないことは皆さんもご存知の通りです。
人は強い意志をもってすれば変わることができるという理解はもっともと必要なのだと思います。
人生のいろいろな場面において、自分の弱さ、実力のなさが露呈されることはたくさんあります。
やっぱり自分はダメなのだと諦めてしまったら、もう次はありません。弱さを自覚したうえで、それを強く乗り越えいこうとして努力し続ければ道が開けるのだ
そんなふうに思っていきたいと思うのです。
先輩からすると鼻で笑われるかもしれませんけど、人生80年時代を考えると、45歳を迎えた私はすでに折り返しをすぎてしまいました。
そうなると、一日一日をものすごくシビアに感じてくるようになりました。
気づけば一日、気づけば一週間…気づけば…加速度的に、日々が過ぎていきます。
三つ子の魂は、よわい45になったけれども、それでも何か一つ一つをぶち壊して新たな自分に出会っていきたいと思う今日この頃です。