
23日の村の祭りにむけての練習も佳境に入ってきました。
残すところは、実際に、本殿にむけて、練りこみ(こちらでは地車のことをそう呼びます…)を実際に動かす宵宮となりました。
22歳でこちらに帰ってきて、1年だけ、身内の不幸があったので、喪に服すことがあったけれど、ずっと関わってきています。
昨日の話ではないけれど、限界集落に近づきつつある村では、昔から続いて、村まつりでさえもが維持できない状況になってきています。
ここ大笹も昔は、青年団というか、20代~30代が、練りこみの叩き手として続いていたものが、中学生に変更になるなどしていますが、なんとか昔の伝統を引き継ぎながら永続しています。
みんなあんまり意識はしていないけれど、村にとっての最大の行事である秋まつりは、地域のアイデンティティを維持するためにもっとも重要な行事だと思っています。
最近できたイベントは、拝金主義的というか、地域の経済的な潤いをもたらすという意味あいが強く、そういう意味では悪く言うと目的がぶれている部分があるけれど、村の秋祭りは、村の有史以来延々と続いたものであり、氏神に対して、五穀豊穣に感謝するというごくごくシンプルかつ崇高な理念があります。
この先どんなにイベント予算が削られようとも、村祭りだけは、絶対死守しなければいけないものだと思うのです。
それこそ、生まれ育ったものの責任として、どんなに都会に住んでいようとも、村祭りを継続するためだけに帰ってくることもありではないかと思いますよ。
うちの村も以前に比べると、祭に少し活気を失っているようにも思うけれど、とにかく自分たちの役割を果たすまでです。