本日の日本経済新聞では、片山元鳥取県知事の寄稿で、地方創生について『名前こそ耳慣れないが、やろうとしていることは決して目新しいことではない。国も地方もそれらの施策に熱心に取り組み、巨費を投じてきた。その揚げ句が今日の地方のありさまである。』と憂いておられました。
地方の首長として、地方の発展を願って全身全霊を傾けて、行政運営をされた片山さんの本音だと思います。
今回その違いを出せるかどうかは、私達住民の意識と行動にかかっていると思います。
これは私見ですが、以前の地方では、圧倒的に国というものに頼ってきていたし、また国もそれを受け止められるだけの財政力がありました。
だから、陳情スタイルが横行し、自立ということをあまり真剣に考えてこなかったと思います。
地方自治体はおろか、国もない袖がふれなくなった。もういくら陳情しても、もう出なくなったのがいまではないかと思います。
もう本当にどんなに歯を食いしばってでも自分たちの足でたつようにしなくちゃならない、がけっぷちの状態が今回の地方創生だと思うのです。
危機意識だけをあおりまくって、動機づけさせるようなことになっているふうもありますが、親が子供のためなら命をはって守るように、そんな気持ちで、地域を守っていく覚悟を一人ひとりがもつようにないといけません。
簡単に解決できるものは何一つないはずです。そんなことならとっくに危機から脱しているからです。
しかし難しい問題にあえてチャレンジしていく、そんな気概をもたなくてはいけません。
特に青年世代は、自分たちがもっている若いエネルギーを、未来のために発揮していきましょう。
自分の娯楽のためにエネルギーを使うことを否定するわけではありません。数パーセントでいい、地域のためにみんながそのエネルギーを町にむけることです。
片山さんは、国に対して『隗より始めよ』といいました。
私はそれは、青年自らであると思います。
『青年よ、先ず隗より始めよ』